第3回目は『第8曲 カタコンブ』からですね。
前回までと同じように、ピアノ(以下P)版、ラヴェル(以下R)版、
アシュケナージ(以下A)版、エマーソン・レイク&パーマー(以下E)版を用いたいと思います。
第8曲 カタコンブ
カタコンブとは古代ローマ時代、パリに作られた地下墳墓で、キリスト教公認前の
ヨーロッパ各地で、密かに信仰を守り抜いた信徒たちが眠っているそうです。
強弱の変化が激しく、地下の暗闇で何処からともなく聴こえる音、
例えば染み出た地下水の滴る音、壁から土の欠片が崩れる音、
どこかから入った風のうなる音などが、幽かではあるがあちこちに響き、
反響を重ね、音色を変え、壁に吸い込まれて消えていくような、
長く伸ばす和音で構成されている曲です。
この曲には、実はピアノでは物理的に演奏不可能な箇所があります
「譜例№3」 なのですが、
このcresc.はピアノではできません。電子ピアノや他の楽器なら可能ですが・・・。
ここは解釈が分かれるところなのですが、単に「これはピアノでは弾けない。
だからオーケストレーションを始めから意識して作曲した」と言ってしまうのではなく、
減衰せざるを得ない音を、次の音に向かって力を溜めていくかのように
聴かせなければならない、つまり人間の耳には音として認識できないけれど、
三半規管の奥でうねりとして残るような、そしてそのうねりが次第に増していくような
状態が求められているのかなぁ、と思ってしまいます。
弾き手としては非常に難しいことなんですが。
この曲の自筆譜の余白に、作曲者自身の手で
「ラテン語のテキストの方がよいだろう:
死せるハルトマンの独創的精神が私を髑髏の方へと導き、髑髏に呼びかける。
それから髑髏はゆっくりと輝き始める。」と書かれています。
ここにある髑髏というのは、
こちら(絵№6)では少し見難いですが、左下の隅に描かれているもので、
ムソルグスキーはこれをハルトマンの言葉に見立てたのでしょうか、
髑髏が一瞬強い光を放つような和音と、その光が弱まっていくのを感じさせる音の減衰で、
次の部分へと進みます。
死者の言葉による死者との対話
この曲はプロムナードを変奏させたメロディーとなっています。
カタコンブの静寂の中で、どこからともなく死者ハルトマンと
生者ムソルグスキーの対話が聞こえてくるような曲です。
幽かではあるが永遠に続くようなトレモロは、先の髑髏の放つ光でしょうか。
そして変奏されたプロムナードが、死者ハルトマンの言葉。
生者であればきっと、プロムナードそのままのメロディーで表わされるのではないでしょうか。
ここで二人が何を話したか。
それは最後の2つの曲について、なのではないかなと思っています。
第9曲 鶏の足の上の小屋(バーバ・ヤーガの小屋)
ロシアの伝説に登場する魔法使いの老婆、バーバ・ヤーガが
箒に乗って空を飛ぶ様子を表しています。
このバーバ・ヤーガは鶏の足の上に立つ小屋
「絵№7」に住んでいると言われています。
最初は遠くから気配だけが感じられ、それが次第に近付くに従い切迫感が増して、
魔女が箒に乗って飛んできたかと思うと、急上昇そして急降下するように聴こえます。
この辺りは、P版では中低音域で両手のユニゾンでジグザグした動きを
結構なテンポで弾いたかと思うと右手が高音域まで跳躍し、
そこからまた中音域まで降りて来る、非常に慌しいというか忙しいというか、そんな感じです。
まるで魔女が地上にいる人間をからかって、鼻先すれすれの所を飛び廻るような感じですね。
ここでやっと魔女の姿をはっきり捉えられたかと思うと、またすぐに上昇したり下降したり・・・。
このあとの部分は昔、どこかの局のニュース番組のテーマ曲になっていましたね。
確か番組と番組の間でやっている4、5分のローカルニュースだったような記憶がありますが。
これについて覚えておられる方は、是非お知らせ下さいませ。
こういう事って気になりだすと、わかるまで気持ち悪いんです。
E版では、ここまでが「第8曲 バーバ・ヤーガの小屋」となっています。
これに続く部分は、それまでの空を飛びまわり、人をからかって楽しんでいるような
魔女ではなく、少し不気味な空気を醸し出す魔女になったかのようです。
暗闇で息を潜めてこちらの動きを窺っているような魔女でしょうか。
暗闇のどこに何がいるかわからない状況って、怖いものですよね。
しかも、何処からともなく音だけが聞こえてくる感じ。
その音は次第にはっきりしたものになり、再び冒頭と同じ部分が繰り返され、
そのまま魔女の箒に乗せられ、最後の曲の舞台、キエフへと連れて行かれます。
E版では、中間部分は「第9曲 バーバ・ヤーガの呪い」となっていて歌詞がつけられています。
この後の再現部分は「第10曲 バーバ・ヤーガの小屋」となっています。
第10曲 キエフの大門(ボガティル門)
ロシア(ウクライナ共和国)の古都キエフ。
ロシアに始めて統一王朝ができたときの都で、9世紀から東西交易の拠点としてさかえ、
10世紀末、キエフ大公ウラジーミルがキリスト教を国教とし、
ロシアとその文化の礎をこの地に築きました。
11世紀のキエフ市街は城壁と5つの城門で囲まれ、
特に黄金門は都の象徴として威容を誇ったといわれていて、
ロシア民族にとって重要な意味を持つ門だそうです。
現在この門は、1982年に復元され11世紀のままの姿となっていますが、
ハルトマンが生きていた頃は、破壊され荒れ果てたままになっていました。
こちら(絵№8)は黄金門の再建のために描かれたデッサンで、
ロシア正教とロシア民族の誇りを示しています。
あいにく門の建設は実現されること無く終わりましたが、
彼の作品の中ではもっとも大きな評価を得ています。
冒頭のメロディーは、和音の響きに支えられた線の太いロシア的旋律で始まります。
P版ではピアノが良く響く中低音で描かれていて、門の壮大さを表しているかのようです。
そんな門を見ていると、どこからとも無くコラールが静かに聴こえてきます。
コラールというのは、本来はドイツ・プロテスタント教会の讃美歌を言いますが、
ロシア正教の場合はなんていうんでしょうか? ここは、あまりツッコまないで下さい。
門の存在とロシア正教のコラールを繰り返していると、
次は、門の上部にある鐘が鳴り始めます。
この鐘の音、オーケストラではもちろん鐘を使っていますが、ピアノで弾いても
それとわかる音色になるので、弾く側としては個人的にはすごく好きな部分ですね。
鳴り続ける鐘の音に、プロムナードのメロディーが今度は華やかに重なっていきます。
音域が広がり、和音の厚みと空間の広がりは更に増し、最後に門のメロディーが奏でられ、
この組曲全体を締めくくるのにふさわしい雄大さとなっています。
R版では、特に最後はとにかく全部の楽器を派手に鳴らそうって感じになっていますが、
それはそれでよいかと(鳴らし過ぎだ、って言う人もいますが)。
A版では、R版では殆ど聴き取れない低音で弾く装飾音をかなり聴かせています。
この装飾音については、番外編の方で書かせて頂きたいと思います。
E版では、メロディーに歌詞がつけられていますが、殆ど編曲なしで演奏されていますね。
これで全曲の紹介は終わりですが、次回またまた番外編として参考にしたCDや、
その他私見を述べさせていただきたいと思います。
本当は、今回で全部まとめようと思ったんですが、
やっぱり長くなってしまったので次回持ち越しさせて頂きます。
今回も読んでくださった皆様、お疲れ様でした。
オリジナル(ピアノ)版は
こちらで試聴できます。
関連URLでは、エマーソン・レイク&パーマー版が試聴できます。
ご興味がある方は、お聴き下さいね。
参考資料
クラシック音楽辞典(平凡社)
ピアノ名曲辞典(ドレミ楽譜出版社)
その他参考資料は
こちら