皆様、大変永らくお待たせしました。(え? 待ってない?)
ピアノ組曲『展覧会の絵』でございます。
先にお断りしておきますが、今回のブログは長いので、
何回かに分けてご紹介することにいたしました。
さて最初なので、この曲の成立などについて述べてみたいと思います。
この曲は19世紀後半のロシアで指導的役割を果たしたロシア国民楽派の作曲家、
モデスト・ペトロヴィッチ・ムソルグスキー(1839~1881)が作曲したピアノ組曲で、
彼の代表作であるだけでなく、ロシアにおけるピアノ曲の最高峰の一つといわれるほどの作品です。
ここで、ムソルグスキーについて忘れてはならない国民楽派について少し説明を。
19世紀半ばから20世紀にかけて、民族主義的な音楽運動を起こした作曲家たちを言います。
政治的な運動もありますが、音楽的にはそれまでのドイツ・オーストリアの器楽や、
イタリア・フランスの声楽など、人間的な感情表現に重点を置いてきたロマン派に対し、
自国の民謡や民族舞踊の楽式、音楽形式を重視するとともに、
その地方に伝わる民謡や史実を題材として交響詩やオペラを作曲しました。
主に東欧・北欧・スペイン・ロシアなど、ドイツ・フランス周辺国で隆盛しましたが、
この国民楽派の先駆として「ロシア五人組」が上げられます。
今回取り上げるムソルグスキーはこの中の一人で、他の4人(リムスキー=コルサコフ、
ボロディン、キュイ、バラキレフ)に比べてもっとも民族色が強く、
後のドビュッシーに多大な影響を与えています。
さて、話を本筋に戻しましょう。
この『展覧会の絵』は、友人の建築家・画家ヴィクトル・アレクサンドロヴィッチ・
ガルトマン(1834~1873 ドイツ名ハルトマン)の突然の死を悼んで、
2人の共通の友人である美術評論家ウラディーミル・ヴァシリェヴィッチ・
スターソフ(1828~1918)が催した遺作展で絵画と設計図など約400点が展示され、
その作品と芸術観を偲び、ムソルグスキーにより作曲されたものです。
そのため、この曲集は始めは『ハルトマン』と呼ばれていたそうです。
ハルトマンはロシア様式をその作品に取り入れており、
ムソルグスキーのロシア的な芸術観と共通する部分があったのでしょうか、
2人はよき友人として、親交を深めていたそうです。
最後に2人が会ったとき、ハルトマンは途中で気分を悪くしてしまい、
ムソルグスキーはその時、「どうしたの。少し休もう。」と言葉をかけました。
しかしその後まもなくハルトマンは動脈瘤で亡くなってしまい、
もっと気をつけてやれば良かったと、悔やんだそうです。
(1873年8月2日スターソフに宛てた手紙より)
そういった心情なども、この曲に表れているように感じます。
もともとピアノ組曲として作曲されましたが、一般的にはラヴェルのオーケストラ版でよく知られています。
これは指揮者でコントラバス奏者のクーセヴィツキーの委嘱により1922年に編曲されたもので、
それ以前にも、さまざまなオーケストラ版が編曲されましたが、
もっとも有名で演奏される機会の多いものが、このラヴェル版でしょうか。
また、ムソルグスキーの音楽はこの『展覧会の絵』に限らず、直接的で覚えやすいため、
映画やテレビなどに用いられ、また、さまざまな分野にも影響を与え、アレンジがなされています。
私の手元にあるものとしては、オーケストラが先のラヴェル編曲(以下R)版はもちろん、
ピアニストであり最近は指揮者・作曲家としても活躍している
ウラディーミル・アシュケナージによる編曲(以下A)版。
これは本当に偶然手に入れたCDなんですが、個人的にはラヴェル版よりも好きです。
オリジナルのピアノ(以下P)版ではアシュケナージ演奏のものと、
ラザール・ベルマン演奏のもの。
それからプログレッシブ・ロックの分野で、エマーソン・レイク&パーマーのもの(以下E版)。
こちらは以前
お友達がブログで紹介して下さって初めて知ったものですが、
聴いてみるとアレンジの仕方がとても面白いです。
富田勲さんのシンセサイザーのものよりも好きですね。
また、14年ほど前になりますでしょうか、NHKの番組で、
この曲集の基になった絵を探すというものがあって(「NHKスペシャル 革命に消えた絵画」)、
その取材結果をまとめた本も手元にあります。
これは作曲家の團伊玖磨さんが中心になって取材、編集されたものですが、
こちらもなかなか興味深いものです。
これらの絵に関してですが、『展覧会の絵』とはいえ、あくまで、
ハルトマンの絵からムソルグスキーが着想を得て作曲したものなので、
実際に曲と同じタイトル、内容の絵があるわけではありません。
どんな絵かも分かっていないもの、発見されていないものもあり、
参考までに絵のほうも
こちらにUPしてあります。
よろしければ併せてご覧下さいね。
では、上にあげたCD及び本を比較・引用しながら、解説・感想など
述べていきたいと思います。
感想に関しては、いつものように私個人の見解で、P版のほうで書いていきますので、
ご了承ください。
プロムナード(Promenade)
冒頭8小節は5拍子と6拍子が交互に入れかわり、やがて6拍子に落ち着きます。
この変則拍子はパッと聴きでは判りませんが、ロシアの農村に古くから伝わる土着の民謡は、
こういう風に1小節ごとに拍子の変わっているものが多いらしく、メロディーと言うよりは、
語り継がれてきた言葉の抑揚やイントネーションを楽譜にするとこうなる・・・
みたいな感じなのでしょうか。
ロシア的情緒を感じさせる旋律が次第に和音の厚みを増し、
次の『こびと』へとそのまま進行していきます。
E版は、編曲せずにそのままシンセサイザーのみで演奏しています。
シンセとはいえ、オーケストラ版に近い感じで、違和感なく聴けました。
ピアノで弾く場合は、ピアノがよく鳴る中音域を使うので、右手の薬指、小指で
メロディー音を響かせ、明白に浮かび上がらせるのが難しいですね。
参考までにピアノ譜とオーケストラ譜を
こちらに載せてあります。
よろしければご覧下さい。
第1曲 こびと(Gnomus)
ロシアの物語に出てくる地底の宝を守る無数の怪奇なこびとが突然現れ、
曲がった足でグロテスクに動きまわったかと思えば、
周りの様子を伺うかのようにじっと息を潜め、そしてまた動き始めると言った感じの曲です。
常に地底の暗闇の中で蠢き、あるときには静まり、そして最後には散り散りになる・・・・・
しかし、これに当てはまる絵は発見されていません。
NHKの取材によると、ロシア美術アカデミーの研究者がスターソフの書簡などから、
これだと断言した絵は
こちら(No.1)だそうです。
およそこの解釈に当てはまらなそうな絵。
ここから團伊玖磨さんは、興味深い解釈をされています。
「最初のプロムナードは、彼ら2人が目指していた芸術への力強い道。
そこへ突然現れるこびとの威嚇的とも取れる音楽が表すのは、
ハルトマンの突然の死を聞いたムソルグスキーの衝撃とそれに続く悲しみ・・・・・」
この解釈だと、このあと何度か出てくるプロムナードにも何かしら意味があるように思えます。
結構メリハリの利いた曲なので、各部分をきちんと分けないと、
とりとめのない曲になってしまうのと、
冒頭では長く伸びる音が減衰して聴こえなくなるまで自分の耳で捉えることが難しいですね。
ピアノ弾きは、この減衰する音を最後まで聴くという事が苦手だったりします。
ここにはP版、A版には「その音を充分のばす」という意味の記号がついていますが、
R版にはありません。
この解釈からは離れますが、E版は殆ど原曲をそのまま用い、
それにドラムが加わっている感じです。
このドラムの音、歯切れのよさが私は好きですね。
日頃、ジャズやロックなどを聴くときには、何故かドラムの音だけ拾って聴いてしまいます。
第2曲 古城(Il vecchio castello)
『こびと』の世界から抜け出て、静かで穏やかな場所に来たかのようなプロムナードを経て、
イタリアの古い城の情景へと場面は変わります。
何故イタリアかというと、この曲のタイトルがイタリア語で書かれているからだと言われています。
中世の吟遊詩人の物悲しいノスタルジックな旋律の歌を思い起こさせる曲です。
この曲は、左手に同じ音が最後まで一定のリズムで刻まれます。
専門的な説明はここでは省きますが、この音は音楽理論的に重要な音です。
この音の連打には和声的に曲が落ち着いていくというイメージがあるのですが、
私は実際に弾いていて、単に落ち着くのではなく、
吟遊詩人がこの場から離れたいのに離れられない心残りのように感じました。
こちらの絵(No.2)をよく見ていただくと、中央にはっきりと人間に描かれてはいなくて、
影のように描かれています。
吟遊詩人は、死してその肉体が朽ち果てても、魂はこの場から立ち去れないのではないか、
立ち去らなければならないことはわかっているのに、それほどまでに強い心残り。
メロディーは中音域から始まって上行(=昇天?)しかけるのですが、
高音域に到達することなく、また中音域へ戻ってきてしまう。
それならばと、色々な和音、サウンドで響きを変えてみる。
でも相変わらず鳴り続ける低音から解き放たれることはできない。
そして最後には諦め、ため息と、叫びのような和音で曲を閉じます。
R版とA版では、メロディーを受け持つ楽器が違っています。
E版では、『古い城』というタイトルの曲は、原曲のコードを使って
自由なメロディーになっているように思いました(コピーしたわけではないですが)。
ある曲のコードをそのまま使って別のメロディーを乗せるというのは、
確かベートーヴェンだったか、バッハだったか(はっきり憶えていませんが)にもあったと思います。
もう1曲『ブルーズ・ヴァリエーション』という曲があって、こちらは、
原曲のメロディーをテーマにしてジャズのようにアドリブ等の演奏になっているようです。
P版は、この組曲の中では弾き易いですが、解釈という点を含めると色々考えさせられてしまいます。
第3曲 テュイルリー(Tuileries)~遊びのあとの子供たちの喧嘩
絵の中の古城から離れ、現実の城のような重厚さを持ったプロムナードが少しだけ現れ、
やがて子供達の遊ぶパリのテュイルリー広場へと移っていきます。
広場で思い思いに遊んでいる子供達。
寄ったり離れたりしながら楽しそうにおしゃべりする子供達がいるかと思えば
喧嘩を始める子供達もいて、向こうにいる子供たちのはしゃぐ声が聴こえて来たり・・・
テュイルリー広場を所狭しと駆け巡る子供達の様子が描かれています。
この曲は、実際に広場を舞台とした絵があるわけではなく、
何人かの子供を描いた絵が、数枚あるだけです。
数が多くて載せられませんでした。
P版では手の届かない所があるので、それをどう工夫するかが難しい所ですね。
テクニック的には頑張れば何とかなるかも・・・って感じです。
さて、第1回目はこのくらいにして、次回は『第4曲 ビドロ』から始めたいと思います。
オリジナル(ピアノ)版は
こちらで試聴できます。
関連URLでは、エマーソン・レイク&パーマー版が試聴できます。
ご興味がある方は、お聴き下さいね。
参考資料
クラシック音楽辞典(平凡社)
ピアノ名曲辞典(ドレミ楽譜出版社)
その他参考資料は
こちら