
最近、よくテレビCMでも流されるので、ご存知の方も多いだろう。ディアゴスティーニが、パートワーク方式で組み立てるモデルカーとして、1988年のF1マシン、マクラーレンMP4/4を発売している。細部に至るまで緻密に再現されたメカのディテールは、クルマ好き、F1好きにとっては、とても興味があるものだろう。
CMでは、アイルトン・セナがレースで戦ったGPマシンのモデルカーであると宣伝している。コクピットにおさまったセナの写真と、疾走する実車の映像も出てくる。しかし、よく見ると、このモデルカーは実際にGPを戦った仕様とはなっていないのだ。
近年、ますます激しさを増す、反タバコの風潮。健康害や嫌煙者のバッシングから、喫煙者にとっては肩身の狭い世の中になってきている。まるで社会悪のごとき扱いである。この風潮から、タバコの広告/宣伝は、厳しく制限され、現在となっては、映画などから喫煙シーンを排除する動きもあるほどだ。
タバコ会社から、過去、多大なスポンサードを受けてきたF1の世界でも、ご多分に漏れず、80年代頃から規制が始まり、現在では、いっさいのタバコ関連表示は見られなくなった(フェラーリだけは、表示露出はしていないが、Marlboroとのスポンサーシップを続けている)。
反タバコの風潮時流からは、こういったことは仕方がないことだと思う。しかし…。
自主規制なのだろうが、過去にタバコ広告が許されていた時代のレーシングカーの模型なのに、モデルカーにするならばタバコ関連表示を抹消するという事態が起きている。過去の歴史を、模型として再現し楽しむモデルカーの世界にまで、このような規制が及んでくるのは、さすがに、いきすぎではないだろうか?
もちろん、ディアゴスティーニだけではない。現在では、あらゆるメーカーのモデルカーがそうなってきている。この問題は、模型業界、全てにおいて言えることだ。あくまで、その一例としてディアゴスティーニのマクラーレンMP4/4を検証してみたい。
まず、冒頭に記した「実際にGPを戦った仕様ではない」という点である。では、このモデルカーは、なにを再現しているのか。それは、実車の現在の状態である、タバコ関連表示規制に配慮したカラーリングに化粧直しした「動態保存展示用/デモ走行用現存仕様」である。

動態保存展示用/デモ走行用現存仕様のMP4/4の特徴は、Marlboroの文字と、パッケージ模様が全て、ないところである。しかし、ボディ全体にわたる赤(実車では、赤というより蛍光ピンクに近い)と白の塗り分け自体がパッケージ模様になってしまっているので、三角頂点部分を丸く変更修正してある。実際に1988年を戦ったものを引退させて、そのように化粧直ししてあるので、マシン的にはドイツGP以降の後期型である。ちなみに、前期型にはサイド・ポンツーン上にシュノーケル状のターボ冷却用ダクトがある。話には関係ないけど、この映像のリア・ウイングにつけられた黒い箱のようなものはなんだろう?(笑)
このような規制への配慮は、実車と模型では意味が違ってくる。なぜなら、実車は、現在でもイベントなどがあれば、大衆に公開するかたちで展示やデモ走行をさせることもあり、広告/宣伝にあたる場合もあるからだ。しかし、模型はそうではない。基本、個人的に楽しむためのものとして販売されるのだ。
いずれにせよ、このようなモデルカーを購入する人は、セナが実際に乗ってGPを戦った仕様のモデルカーが欲しいのではなかろうか。CMだって、セナが乗って戦ったマシンのモデルであるという売り文句だ。のちに化粧直しした動態保存展示用/デモ走行用現存仕様であるとは言っていない。
ホンダV6ツイン・ターボ・エンジンを積んだマクラーレンMP4/4は、1988年のF1全16戦に、アラン・プロストとアイルトン・セナをドライヴァーに擁し出場した。このMP4/4はゼッケン・ナンバーが12であるので、この年にチャンピオンを獲得したセナのマシンであることがわかる。

F1の記録映像を見てみると、まだタバコ規制の緩かった1988年のF1では、実に、全16戦中14戦でフル・ヴァージョンのタバコ関連表示がマシンを彩っている。マクラーレンに関して言えば、第8戦イギリスGPと第9戦ドイツGPのみ、タバコ規制に配慮して「Marlboro」の文字部分が、黒ライン状模様に変更されている(リア・ウイング部分ではMarlboroの文字は消されているが、そのかわり両端にパッケージ模様をつけている)。つまり、この動態保存展示用/デモ走行用現存仕様のように、タバコ関連表示部分が完全に抹消された状態のマシンは、GPには出ていないのである。

CMには、コクピットに収まったセナの写真が出てくる。このセナが乗るマシンには、黒ライン状模様が描かれているので、イギリスGPもしくはドイツGPのときの写真であることがわかる。このセナのヘルメットの額のマールボロ模様三角頂点部分は修正されていないのはなぜ?

その直後に、黄色いヘルメットのドライヴァーが運転するMP4/4の映像が出てくる。セナの写真の直後なので、セナが運転している当時の映像なのかと思わせるが、よく見るとvodafoneのロゴが入ったヘルメットである。このドライヴァーは、セナではなくルイス・ハミルトンだ(ハミルトンはセナに憧れて、セナのものと似た、黄色が基調のヘルメットのカラーリングにした)。メルセデスのロゴ・マークがついたヘルメットのまま、ホンダのマシンに乗っている(笑) 当然、この走行映像のMP4/4は、タバコ広告部分が全て抹消された現存仕様である。

次に出てくるのは、商品に添付される解説冊子を開いてみせる映像である。そのページは日本GPのページで、セナが運転するMP4/4の写真などが載っている。驚くことに、この冊子の写真は修正されている。実際の商品では、どうなっているのかはわからないが、少なくともこのCMでは修正されている。MP4/4はフル・ヴァージョンのMarlboroのタバコ関連表示が消され、三角頂点部分も丸く修正されている。セナとプロストのレーシング・スーツのMarlboroも消されている。チーム・スタッフ(ロン・デニスか?)のシャツからもMarlboroが消えている。

最後に、商品と組み合わせてパッケージの写真も出てくるが、このパッケージに印刷されているセナのレーシング・スーツのMarlboroも消されている。
このようなことは、第二次大戦のドイツ軍の戦闘機のモデルなどにも見られる。尾翼に入っているはずのハーケンクロイツ(鉤十字)がない。これはヒステリックな歴史の歪曲ではないのか。歴史とは、いいことばかりではないはずだ。戦争を含め、悪いことだって歴史である。模型の文化とは、いわば、過去にはこんなことがあったんだという歴史を再現し、そのままの姿を見ることにより、いろんなことを思い考えるということである。決して、忠実に再現することが、その姿に記された何かを支持するという意味ではないはずだ。あまつさえ、タバコをナチスと同様に扱うなんて、完全におかしい。
モデルカーがこのようになるということは、これからは、過去のレースの映像は見れなくなるのだろうか?ボカシが入れられたりするのだろうか?テレビ放映はなくなるのだろうか?

今に、ウチの飼いネコの額の三角頂点部分にまで、どこかの誰かが修正を入れに来るような気さえしてくる(笑)
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2012/09/16 10:53:03