をっ。珍しい犬だねぇ ...
混雑する幕張PA、
話しかけてきた団塊紳士はだけどもしかし、
犬のムスメを話題にしたのは僅かに、30秒ほど。
視線はその背後、僕らの乗ってきた MINI にあった。
ミニですな?
えぇ、そうです。新しい ...
そう言いかけて僕は、続ける言葉に悩む。
ミニという言葉から連想されるクルマは団塊世代の場合、
オリジナルの mini - Austin Design Office 15 - であろうし、
新しい MINI といっても僕のは最新型ではない R53 だから
新しいミニですが、旧型なんですと言うのもなんだか、
まどろっこしい。
実は、私も。欲しいと思ったんですがねぇ ...
そう言いながら団塊紳士は、脇に駐まる自分のクラウンを指さす。
12代目にして初心に戻ったという、ZERO CROWN 。
そう僕は認識したが、もしかすると。ゼロクラウン第二章(13代目)なのかもしれない。
ニッポンの王道を知ってはいてもその実、細かいことは知らない僕だから、
キープコンセプトなモデルチェンジの結果を見ただけでは判断できないのであり。
その意味では言いよどんでしまった
新しいけれど旧型のミニ、つまりはR53だとか、R56だとか
なんてのは、この御仁にとってどうでもいいことだったのかもしれない。
クラウンを買ってしまいました
未練の念を少しばかり込めながら団塊紳士の話しは、続く。
定年を迎え、第二の人生を迎えるにあたり、今までとは違う何かを。
長年勤め上げた自分への褒美、持て余す一日という時間、退職金というまとまった資金。そうだ。
クルマを買おう!、と。思ったわけですよ
いつかはクラウンが描くサラリーマン社会を知る自分だから、最初に訪れたのはトヨタであり、
見るはクラウンであった、という。そしてクラウンは、素晴らしかった。
見積の勤勉さが購入意欲を加速させる中で、でも。
もう一台、気になるクルマがあった御仁は、MINI のディーラーへも足を運んだ。
で。どうでした?
いいと思いました。ただ、踏み切れなかった
コンパクトで、スポーティで、プレミアムであった MINI は、団塊紳士のハートを掴んだけれど。
外国製への漠然とした不安、商売熱心とは思えぬ担当者、友人知人家族の意見が。
クラウンを選ばせた、と。
それは僕にも思い当たる節がある。
初めての英国車に乗ろうとしていた
あの頃、やはり。
同じように考え、同じように感じ、同じように忠告された。
機械としての信頼性、もてなす心を知るディーラー、親切心がカタチを変えたナショナリズム。
総じてベクトルは国産の方角を示す日本のクルマ社会で、輸入車に乗るための第一歩は
その商品価格よりも高い壁を乗り越えなくてはいけない。特に、クラウン世代にとっては。
だからアナタのような(MINI に乗る)方を見ると、話しかけてしまうんですな
トヨタが創り上げたサクセスストーリーを現実のものとした喜びは確かにあっても、
乗り越えられなかった壁の向こうにいたはずの自分を見知らぬ MINI オーナーに求めてしまう。
そんな団塊紳士の戸惑いはもしかすると、
僕に
話しかけてきたあの方にも共通した想いであろうか?
でもなぜそれが、ニッポンの老舗ブランドに乗られる方々なのか?
生活と密着するBセグメントに場違いなプレミアムを持ち込んだ BMW MINI の存在は、
従来型の自動車ヒエラルキーを壊すほどのパワーを持っているのであろうか?
とすれば。
Old mini が残した
価値観を破壊する文化は、New MINI にも受け継がれたと言えるわけで。
ピラミッド構造を最良とするトヨタでは開発し難いモデルではあるなぁ、MINI って

Posted at 2008/06/01 16:37:54 | |
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