
最愛のお婆ちゃんが亡くなりました。
96歳の大往生でした。
その前日には、父親の親戚も亡くなり…。
わずか2日間で二人も親族が…今は心がからっぽ。
お婆ちゃんは働き者で、苦労を苦労と思わずに、
一生懸命働く人でした。
困る人がいれば放っておけず、 手を差し伸べる優しい性格でした。
話を聞くと、働いても働いても親族の面倒を見ていて、
右から左にお金が出ていく生活もしていた時期もあったそうです。
体も信じられないほど頑丈でした。
全身麻酔を3回経験し、大病も何度か患いました。
寝たきりに近いことも一時期はありました。
しかし、その全てを撥ね退け、お婆ちゃんは還ってきました。
そして命数をすべて使い切り、旅立ちました。
お婆ちゃんが96歳まで頑張れたのは、献身的な叔父一家のおかげです。
従妹達が、お婆ちゃんの面倒を見てくれていました。
ある日、従妹が笑って言いました。
「まさか俺が、お婆ちゃんおんぶする日が来るとは思わなかったよ」
いつの間にか、立派になっていたんだな。
お恥ずかしい限りですが、自分では
あそこまで婆ちゃんの面倒を見てあげれなかったと思います。
娘であるオカンも、何度も見舞いに行きました。
痴呆も進んでいたお婆ちゃんですが、母と会ったときに
記憶が完全に戻っていたことがあったそうです。
「好きなお店のグラタンが食べたい。」
「姪っ子をお風呂に入れてあげたい。」
そんな事を話したとか、
母と娘ゆえに話せたこともたくさんあったのでしょう。
そして、6/25の朝、眠るように婆ちゃんは旅立ちました。
息を引き取る瞬間、左目からポロリと涙が一粒零れ落ちたそうです。
その一粒の涙には、どんな思いが込められていたんだろう。
婆ちゃんは今頃、28年ぶりに爺ちゃんに会っております。
待たされ続けたせっかちなお爺ちゃんは、
お婆ちゃんが来たら有無を言わさず、
あの世でもお蕎麦屋と不動産を始めるのでしょう。
でもそれが、働き者の婆ちゃんにとって一番幸せなんだと思います。
せっかく28年ぶりに二人きりになれたのです。
若い者が、邪魔をしちゃいけません。
残された僕らは、少しでも長生きしてやろうと思います。
婆ちゃんも、おじさんも書きたいこと沢山あるんだけど、
それはまたの機会に。
マーチに乗ってくれた時は
「孫に運転してもらえるなんて、長生きするもんだ」
と言ってたね。
スカクーにも乗せて、みなとみらいや海ほたるへも行ったね。
ありがとう、お婆ちゃん。
本当に有難う。
**********************************************************
「どうしました」
「なんで、イリューシャが死ななきゃならないんですか。
もう会えなくなるなんて。神様は残酷だ」
「コーリャ。僕も別れはつらいです。
でも、死によってコーリャがいなくなるわけではありません」
「気休めは聞きたくありません」
「二ヶ月前のことです。僕の師であるゾシマ長老が亡くなりました。
最初は僕も長老の死を受け入れることができませんでした」
---------------------------------------------------------------
「アレクセイ。悲しむことはない」
「長老。帰っていらしたのですね。また導いてくださるのですね」
「いいえ。私の教えの魂は、すべてお前の中にある。
お前の良心の輝きは何よりまぶしい。私の魂はお前とひとつだ。
お前が喜ぶときに私も喜び、ともに泣き、ともに笑う。
忘れてはいけないよ。私はお前と一緒に生きている」
---------------------------------------------------------------
「夢の話でしょう」
「夢かもしれない。しかし、長老から託された魂は、
確かにここにあるのです。
あなたにもあるはずです。
イリューシャから貰ったものが。
イリューシャの誇りと勇気。優しい心。
あなたの中にイリューシャは生きるのです。
あなたとともにこれからもずっと」
「……」
「ごらん。コーリャ。
星たちはいつでも同じように美しく輝いています。
僕たちはそこに神秘を感じます。
過去も未来も遠く離れた人も、
同じ星空を見て、 同じ事を考えるのでしょう。
神秘とは何も特別なことではないのです。
ふとした瞬間に僕たちは気づかされます。
かけがえのない大切なことに。
忘れないでください。みんな一緒に生きていくのです」
<ドストエフスキー作 「カラマーゾフの兄弟」より>
今日の1曲:川の流れのように(美空ひばり)
Posted at 2011/07/04 01:51:45 | |
トラックバック(0) |
日々是決戦 | 日記