■1.993L/1,275kg-1,725kg/F kg-R kg
■L4,211/W1,734/H1,425
魂を買いました。
いわゆるブリティッシュフォードとは、フォード・モーターがかつて傘下に置いていたイギリスおよびアイルランド法人。フォードであっても、あくまで欧州車そのものである。
そのイギリスフォードがWRCのホモロゲーションモデルとして送り込んだ伝統のRSの名を冠するエスコートRSコスワース。2段に渡る巨大なリアスポイラーを始め、エアロをまとったそのアピアランスは完全武装のラリーカーの趣で、縦置きに積まれたコスワースチューニングのBDA直径のターボユニットと4WDドライブトレーンにより、まさにWRCでの雄姿をイメージさせるモデル。
リア左側のRS COSWORTHエンブレムは、F1直系のエンジンビルダーとして名高いコスワースの手によってチューンされたエンジンを搭載している事の証明。頑丈な鋳鉄ブロックを持つコスワースYBTの中でもこの「ブルーヘッド」はWRC参戦の為に必要なホモロゲーション取得を目的とした初期型にのみ搭載。ちなみにホモロゲーション資格を満たした後に販売されたものには「シルバーヘッド」が搭載されています。エンジン右側上部に設置されたギャレット製タービンも競技使用が前提の大型のもの。
本来横置きFFレイアウトのエスコートに、縦置きFRレイアウトのシェラからコンポーネンツを移植したRSの駆動系。ミッション後端のセンターデフで駆動力を前後に振り分けて、ミッションに沿うように前に延びるプロペラシャフトで伝達。フロントセクションの前部にはアルミ鋳物のゴツいメンバー。リブがしっかり立つように肉抜きされて強度と軽量化を両立。
86年。相次ぐ事故が発生したグループBカテゴリーに替わり、翌87年からWRC(世界ラリー選手権)はグループAをトップカテゴリーとして争われることになった。
グループA初年度、このカテゴリーに合った競争力のあるマシンを用意できたのは、ランチア、アウディ、マツダ、フォードくらいである。
ランチアはコンパクトなボディに2リッター・ターボエンジン、4WDシステムを搭載したデルタHF4WDで選手権を制圧。アウディはパワフルな2.1リッターのターボエンジン持ち、4輪駆動であったが、200クワトロのボディは重く、大きすぎた。マツダ323(ファミリア)は1.6リッターという小さな排気量がネック。
フォードは旧式のOHV2.8リッターV6を搭載する4輪駆動のシエラXR4と、後輪駆動ながらもコスワースチューンの2リッターターボエンジンを搭載するシエラRSコスワースをイベントごとに使い分けるという始末だった。
ランチアデルタHF4WDにも様々な問題があったものの、当時最も恵まれた成り立ちをもつマシンと言えた。
グループAというカテゴリーでトップを争うのに必要なもの。
それが2リッターターボエンジン、4WD、コンパクトなボディであることは誰の目にも明らかである。フォードは80年代後半、この理想的なパッケージを持つラリーカーの開発に取り掛かった。
それと同時に89年にはシエラRSコスワースの4輪駆動バージョンとも言えるシエラ・サファイアRSコスワース4×4を発表、90年フィンランドでWRCにデビューさせる。
このシエラ・サファイアRSコスワース4×4は最高出力220ps、最大トルク29.5kg-mを誇るコスワースYBエンジンに4輪駆動を組み合わせ、瞬く間に人気を博した。
FRベースの4WDならではの高い運動性能、おとなしいエクステリアを纏った「羊の皮を被った狼」シエラ・サファイアRSコスワース4×4には特にイギリスで現在も多くのファンが存在するという。
「次世代ラリーカー登場までの中継ぎ」と考えられていたシエラ・サファイアRSコスワース4×4は、WRCにおいてもそのあなどれない戦闘力は十二分に発揮され、ターマック、グラベルを問わず、時には王者ランチアやトヨタも脅かす速さを見せた。
しかしながら、全長4495mmホイールベース2610mmという大柄な4ドア・ノッチバックセダンボディや後輪駆動のシエラRSコスワースから受け継がれたセミトレーリングアーム形式のリヤサスペンションが足を引っ張り、ついにWRCの総合優勝を成し遂げることができなかったのである。
92年。フォードがWRCを制覇するために満を持して発表したクルマがエスコートRSコスワースだった。
エンジン及び4輪駆動システムはそのままに、できるだけ全長とホイールベースを短縮し、ボディ形状の変更が許されないグループAカテゴリーに合わせ、ラリーフィールドで必要な要素をできるだけ盛り込んだボディデザインを施すことが開発のテーマだった。
この次世代ラリーカーに5代目エスコートが選ばれたのは、最も重要な課題であったサイズの問題をクリアする全長約4.2m、ホイールベース2550mmというコンパクトなボディ、そして「エスコート」というフォードのラリー活動において極めて重要な名称を復活させたことにも大きな意味があっただろう。
5代目エスコートは横置きFFのCセグメントに属するクルマであるが、良好な重量バランスやクーリング性能、整備性などを考慮し、熟成されたシエラ・サファイアRSコスワース4×4のコンポーネンツを受け継ぐ縦置きエンジンレイアウトを採用しているのが重要なポイントである。
エンジンはシエラから継承された「コスワースYBT」と呼ばれるユニット。イギリスの名門コスワースがチューニングした名作「BDA」の血統を持つ1993cc直列4気筒DOHC4バルブターボエンジンである。
ターボチャージャーはギャレット・エアリサーチのT3/T4Bと呼ばれる大径ターボを採用している。この大型ターボの採用は欧州ラリーでのSSで最も多く使われる速度域での速さに焦点を当てたためだと思われる。
なお、94年3月のマイナーチェンジにおいてエンジン形式名が「コスワースYBP」に変わっているが、ターボチャージャーが小型化(ギャレット・エアリサーチT25)され、ECUもウェーバー・マレリ製からフォードEEC製になるなど、扱いやすさを大幅に向上させた。
カムカバーのデザインと色も変更され、前期型は通称「ブルーヘッド」後期型は「シルバーヘッド」と呼ばれている。
尚、ホモロゲーションは大径ターボ(T3/T4B)のコスワースYBTで取得している。
両エンジンとも水冷・空冷併用のツイン・インタークーラーを採用し、227ps/6750rpm(YBP:5750rpm)と30.98kg-m/3500rpmを発生する。
4輪駆動システムもシエラからのキャリーオーバー。ビスカスLSD装備のプラネタリー式センターデフと、リヤにもビスカス式のLSDを備え、前後のトルク配分はF34:R66というリヤ主導で、ベースが後輪駆動であることを物語っている。FRの自然な回頭性と強力なトラクションを両立させた。
そして、エスコートRSコスワースの大きな特徴が風洞実験で磨かれた大胆な空力フォルム。当時のラリーマシンの中では最高の空力性能を持っていた。フロントの可変式チンスポイラー、ステーで支える必要がある程巨大な2枚羽のリヤスポイラー。リヤスポイラーは市販ロードカーとして初めてポジティブ・ダウンフォースが与えられ、160km/hで200kgを超えるダウンフォースを生み出すという。また、当時のグラベルラリーの映像を見てもらえるとわかるが、走行中のエスコートRSコスワースの後方5~6mには埃がほとんど立たない。このリヤスポイラーはダウンフォースだけでなく、整流効果も考えられていた
ようだ。
またトレッドが大幅に広げられ、幅の広いタイヤを納めるための張り出したブリスターフェンダーも大きな特徴と言えるが、これらは全てモノコックにスポット溶接するという手法が採用されているため、極めて高いボディ剛性を実現している。
足回りも基本的にシエラから流用された。サスペンション形式はフロントにマクファーソン・ストラット、リヤにはセミ・トレーリングアームが組み合わされた。WRCベース車両にふさわしいセッティングが施され、限界特性が極めて高いものとなっており、アーム類も大幅に強化されている。
そして、同時代のライバルのホモロゲーションモデルであるスバル・インプレッサWRX-RA、三菱・ランサーエボリューションRS、トヨタ・セリカGT-FOUR RCに較べて圧倒的に優位に立つ部分がホイールとタイヤサイズであった。
エスコートは8J-16インチという大径ホイール、225/45VR16タイヤを履くことができたが、ライバルは6J-15インチのホイール、195~205幅のタイヤしか履くことができなかった。
グループNではホイール・タイヤのサイズ拡大は認められていない為、セミスリックタイヤと組み合わせるターマックラリーで、エスコートはライバルを寄せ付けない速さを見せたのである。もちろんブレーキのサイズもライバルより大きかったのは言うまでもない。
デリバリーされたモデルにはモータースポーツベース仕様とラグジュアリー仕様の2つの仕様がある。前者はその名の通り競技ベース仕様、後者はパワーウインドウ、電動ミラー、サンルーフを装備し、レザーシートやエアコンもオプションで選択できた。また、94年モンテカルロラリー優勝記念「モンテカルロ・スペシャルエディション」など、限定モデルも存在する。こちらは280psの専用エンジンを搭載し、OZのホイールを装備、ワインレッドの特別色を纏っている。
尚、94年3月に行われたマイナーチェンジでYBPエンジン搭載に合わせてドアミラー、フューエルフィーラーキャップ、ドアノブ、エンブレムも変更されている。
インテリアはスポーティング・フォードの伝統の則り、ビジネスライクでチープさが漂う。専用の小径スポーツステアリング、専用ホワイトメーター、センターに追加された電圧計、ブースト計、油圧系、助手席側インパネの「COSWORTH」バッジ、レカロ社製フロントシートが装備される。
フォード・エスコートRSコスワース。ラリーを戦う上で命題となっていた要素を全てクリアしたラリーカーとして誕生したこのクルマは、「WRCで勝つ為」のパーパスビルドカーと言っても過言ではない。もともとFFしかラインナップしていないエスコートにシエラ・サファイアRSコスワース4×4の縦置きエンジンレイアウトを強引に詰め込む手法・・・これはまさにグループBカーに限りなく近い手法で造られた車であり、当時のフォードがいかにWRC参戦に意欲的だったかを窺い知ることができる。
ラリーに「たら」「れば」は禁物だが、もしこのエスコートRSコスワースが2年早くWRCに投入されていれば、ランチア・トヨタの時代はなかったのかもしれないのだから。