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2006年03月12日 イイね!

LAP10 トラブルー2

砕け散ったデフギヤ!仰天する部品価格!
そのとき脳裏に浮かんだのは、
請求書を見て腰を抜かす社長の顔でも、
目ん玉ひんむいて怒るカミサンの顔でもなかった。

やると決めてからは早かった。
リジットラックに載せられたマシンからカウルを剥ぎ取る。
メンバーが手際よく足回りをばらす。
プロペラシャフトとの連結が外れた頃に台車に載って
新品のデフ様30万円ナリがご到着だ。
そのころ自分はレーシングスーツのまま積載車に飛び乗って
山を下ったレーシングガレージに。
同じフォーミュラを走らせているこのショップの店長が
親切にデフオイルを見繕ってくれる。
「でっ、何秒出てんの?」
うっ、あんまり聞かれたくなかった。
サーキットに戻ったらマシンの周りに人だかりが!
練習走行を終えた周りのチームが、みんなで手伝って
くれているのだ!
誰かが言った。
「ようし、だんだんレースらしくなってきたぞ!」
このセリフ、これから先うちのチームではトラブルが
起きるたびに繰り返し語られることになった。
これは、「なんとか直して走るゾ」という合言葉なのだ。
(この後少々、使いすぎたが・・・。)
夕闇迫る頃、再びマシンに火が入る。
ジャッキアップしたままシフトをローへ。
異音もなく、タイヤはスムーズに回りだした。
「これで明日走れる!」
このチームで初の大きなトラブルを乗り越えた。
夜のビールがどんなにうまかったことか!
この時点で既に請求書のことは頭にない。

翌日の決勝、予選6番手からひとつあげて1コーナーへ、
途中1台にかわされたが、先行2台が絡んでクラッシュ!
後半激しく追い上げられ、スリップにつかれる苦しい展開。
2コーナー立ち上がりでシフトミス!バックストレートで
相手のフロントノーズが視界のすみに入ってきた!
「だめかっ!」
そのとき前方でイエローフラッグが!あっ、ノーズが
下がっていく。
結局このときの4位が、フォーミュラでの自分の
ベストリザルトになった。

デフの値段を聞いて一瞬躊躇したとき、
徹夜で一緒に高速を走ってきたチームメイトを
このまま帰らせるわけには行かないなぁ、
と思ったのです。
4位入賞を喜んでくれた仲間たち!
そんな我々に神は、さらに大きい試練をお与えに
なるのです。
それは4ヵ月後のセントラルサーキット。
(またかいっ!!)

              つづく




Posted at 2006/03/12 22:28:39 | コメント(3) | トラックバック(0) | 日記
2006年03月11日 イイね!

LAP9 トラブル!

人の不幸は蜜の味・・・。トラブル2題。

2002年、兵庫県セントラルサーキットに通い倒した
我がチーム。翌年は筑波へ鞍替えするつもりだったので、
最終戦終了後の帰路は感慨深いものがあった。
「きっと、もう来る事はないだろうなぁ」口々に
語り合いながら車窓から眺める景色。
そっくりさんショーばっかりやってる健康ランド。
つまみが出るまでに生2杯は待たされる居酒屋。
積載車の床が抜けんばかりにアクセルを踏んでも
登っていかない、中国道の登坂車線すらいまは
いとおしい。
ありがとうセントラル!、ありがとう西脇市!!
さようなら、さようなら。

そして2003年概要発表。
「フォーミュラクラスは全国転戦!」
げっ!セントラル2戦もある。
そして我々はまた西に向かうのである。

軽の箱車のときは気にならなかった路面のギャップ、
サスストロークの短いフォーミュラでは深刻だった。
ステアリングが震えて握れない!頭が振動して
視界がぼやける!練習走行で皆ヘロヘロになった。
しかし、ほとんど初走行の他ドライバーに対して
こっちには1年ここで戦ったアドバンテージがある。
逆バンクに続く立体交差へも踏んで入っていける。
前年のチャンピオンにお褒めの言葉をいただいて
すっかりその気!
よーし!と気合の入った2本目、直線でリヤが暴れ
ホイールスピンしても全開だ。そのまま2速でまわる
右コーナーをクリアして左に切りかえした瞬間、
「ばきっ!がりがりがり~」
反射的にクラッチを切る、そのまま惰性でコースサイド
のグリーンへ。
エンジンかと思ったが降りて見てもオイルを吹いた
様子はない。どうしたんだろう?
と、ある一点に目が留まる。「んんー!」
デフの後部に2センチ四方の穴が開き中のギヤが見える!
あまりのギャップの連続に、空転しては急激にグリップを
繰り返していたデフが音を上げたのだ。
はい、練習走行強制終了!アドバンテージは一気に
吐き出しだ。
レッカーされてパドックに帰っても皆でマシンを
囲んで「どうするよ?」って感じ。
「あしたはコースサイドで指くわえてるのかなぁ」
と思い始めた時、「主催者のサービストラックが
デフのスペア持ってるよ」と誰か。
駆けつけて尋ねれば、「ありますよ。」
助かった、これで走れる、天にも昇る気持ちで
「それ下さい!」
担当の方、満面の笑顔で

「30万円です!」

天国から地獄に逆戻り。
でもね、深夜の高速をひた走ってほとんど
寝てない上、フォーミュラで横Gがかかった脳みそは、
もう正常な判断出来ないの。
自分の給料考えずに、
「いいです、とにかく下さい!」

あ~、どうなっちゃうんだろう?  オレ!
                      つづく





Posted at 2006/03/11 21:37:55 | コメント(3) | トラックバック(0) | 日記
2006年03月09日 イイね!

LAP8 チーム!

車から降りた彼女は赤いジャンパーにジーンズ姿、
こちらに気付くとニコッと笑って、ペコリと
頭を下げた。
その瞬間、「ああ、この人なら大丈夫!」と直感した。
まだ肌寒さの残る、2003年の3月だった。

それは1本の電話からだった。
2003年、軽自動車レース東日本シリーズへの
エントリーを決めていた我々のチームに、電話の主は、
同じレースの北日本と西日本に参加を希望している
女性が居ること、その参戦記が自動車専門誌で連載されること、
そして、そのレース車両を貸し出して欲しいことを伝えた。
レース活動を続けるために、社内での理由付けが必要だった
我々はこの話に乗った。(うまくすれば1回くらい雑誌に
載るかもしれない! イヒヒ!)
しかし不安がなかった訳ではない。もとレースクイーンで
フリーのレポーターという彼女はどんな人なんだろう?
「業界の人」というだけで全く違う世界に感じてしまう。

第1戦もまじかに迫った日、彼女はあらわれた。
礼儀正しく、相手の目をまっすぐに見て話の出来る彼女に、
不安は吹き飛んだ!
工場の片隅でコンクリートの床に直に座り込んでマシンに
ステッカーを貼る、タイヤや機材を積み込む。
そうして自らハンドルを握ると「いってきまーす!」
軽自動車とはいえ強化クラッチにレース用サスペンション
の車だ。タイヤ2セットに満載の荷物で自走、決して楽な
道中じゃない。
おまけに菅生もセントラルサーキットも遥か彼方だ。
筑波でさえ積載車を使う自分たちが軟弱者に思えた。
更に彼女はこの年、同じ軽自動車のエンジンを積む
フォーミュラカーとのダブルエントリーだったのである!!
そのパワーには圧倒された。
彼女のがんばりにメカニックも応えた。
月曜日に戻ってくるマシンを火、水の終業後にメンテ、
木曜日に次のレースに向けて手渡す。
一番タイトな時は3週間続けてレース(運転手は変わるが)
なんてこともあった。
自分はこのころから「チーム」ということを強く意識する
ようになった気がする。
ドライバーは一人だけど決して一人だけじゃ出来ないのが
レース。
この年われわれのレース車両は、のべ14レースに出場した。

彼女はいま自動車ジャーナリストとして活動の幅を
広げている。後年、我々のチームが存亡の危機に
陥ったとき、立ち直りのきっかけを与えてくれたのも
彼女だった。
2006年、彼女は今年も最高峰のフォーミュラクラスに
エントリーする。


Posted at 2006/03/09 01:46:59 | コメント(5) | トラックバック(0) | 日記
2006年03月02日 イイね!

LAP7 ラッキー!

深夜の高速道路は大型トラックで埋め尽くされる。
時に前後ろを囲まれ、押しつぶされそうになりながら、
我々のチームは西へ東へ遠征した。

この2002年シーズン軽自動車の西日本シリーズと
フォーミュラクラスにエントリー、ともにタナボタで
1回の入賞があったが満足のいく結果ではなかった。
我々のような社内チームにとって、翌年度の活動が
どうなるかは分からない。「今期限り!」もありうるのだ。
もっと走りたい!出来れば筑波で!
練習を積んだ筑波でだめならあきらめもつく。
会社から車を借り出すかたちで軽自動車の
東日本シリーズ最終戦に個人エントリーした。
ドライバーズブリーフィングでも知らない顔ばかり。
周りのみんなが速そうに見える。怖い人いないかな、不安。
予選は2番手でコースイン、前走車がゆっくりウェービング
しているのをパス、トップで計測に入る。
「とにかく丁寧に!アンダーパワーで
市販ラジアルタイヤの車はこじっちゃだめだ!」
アドバイスをくれた彼の言葉を自分に言い聞かす。
「おおっ!」無理してるつもりは無いのに、練習時には
見たことの無いタイムが車載のラップモニターに
表示された。
「よしっ!」と気合の入った2周目のバックストレート、
イエローフラッグが狂ったように振られている。
アクセルを抜き気味に最終コーナーに入ると「あっ!」
アウト側グラベルに横転した車と、駆け寄るマーシャルが
視界に飛び込んできた。
結局残りの予選中、最終コーナーのイエローフラッグが
解除になることはなかった。
「予選3番手!」上位陣が混乱に巻き込まれて
タイムアップ出来なかったのだ。実力以上の結果に
がぜん緊張してきた。
フロントローに3台並ぶと隣がやたら近く感じる。
レッド消灯スタート!
2番手スタートが僅かにミス、なんとポールに続いて
1コーナーに進入してしまった!
「オレ、すごいとこ走ってるなぁ。うそみたい!」
ホレホレ、余分なこと考えてると、集中力が乱れるよ。
案の定、追い上げてきたこの年のチャンピオンに
第1ヘアピンであっさりインをとられる。
「すげー!さすがだなぁ。」
レース後に取材されたとき言ったこのセリフが、
そのまま主催者のウェブに載ってしまったのは
素人まるだしでカッコ悪かった。
チャンピオンの真後ろという特等席で勉強させて
いただく。さすがに全く無駄がない。彼はブレーキパッド
すらあんまり減らないとは後で聞いた。
レース終盤、トップは逃げて視界にはチャンピオンのみ。
「まだ終わんないの?あと何周だろ?」
3位で上出来!はやく終わってと思いながら進入した
1コーナーにスピン車両が!!「トップの車だあ!」
チャンピオンに続いて横をかすめるが、体勢を立て直した
スピン君も猛然と追ってくる。
「かんべんして~、私はただの営業マンですぅ」
スピン君がミラーに大写しになったころやっとチェッカー。
いろんな偶然とラッキーが重なった2位表彰台。
手弁当で付いて来てくれた会社の先輩が
「鳥肌が立った!」と言ってくれたのがうれしかった。
そして後に我々のチーム監督となるのである。

なにも分からないまま始めたレース活動だったが、
この結果で東西の上位ランカーが集まるキング戦に
出場できた。また、翌2003年度の東日本シリーズ
への参加も会社が認めてくれた。
そして、このシーズンオフにチームの運命を左右する
大きな出会いが待っていたのである。
                  つづく







Posted at 2006/03/03 00:57:18 | コメント(2) | トラックバック(0) | 日記
2006年02月28日 イイね!

LAP6 チャレンジ!

ものには順序というものがある。人は経験を積むことで
より高いレベルへと上っていく。それが道具を使うスポーツ
なら尚更だ。
Aライを取り、レースをかじり始めたばかりの人間が
「フォーミュラカーのレース出ちゃおっかなァ」なんて言ったら
後ろからポンポンと肩を叩いて、
「おやめなさい、バチが当たりますよ。」と今の私なら言ってあげられる。
しかし2002年の時点では肩を叩いてくれる人が私の周りにはいなかったのだ!
それどころか、一緒に軽自動車のレースに参加していた研修仲間に相談したところ、
「いいじゃん、俺も出るから一緒に出ようぜ!」
と背中を押す始末。
彼がベテランのラリーストでFJ1600の経験もあったとは、
ずっと後になって知った。
とにかく凶暴な車であることは分かっていた。練習しなければ
命が危ない。
改修工事が始まる前の富士スピードウェイに奴を持ち込んだ。
輸出仕様のバイク用エンジンは175PS。
1万1千回転のレッドゾーンまではあっという間で、へたっぴはすぐリミッターのお世話になる。
筑波仕様のファイナルは富士ではショートすぎて
直線スピードはワンメイク仕様のアルテッツアにかなわない。
とにかく接地感がない。バネのストロークやタイヤのグリップ感
が全く無いので、怖くて踏んで行けないのだ。
今思えばパーシャルでトロトロ走るフォーミュラは
さぞ迷惑だったろうが、踏んでないからサスが伸びきったままでタイヤがお仕事をしてくれなかったのだろう。
でもね、直線だけはアクセル踏めるでしょ。そうするとすぐ
後ろから「くお~ん!!」てあの魂を揺さぶるエンジン音が!
いや、これだけで充分。出来ればコーナーがずっと来なければ
いいのにな。
パドックに戻ってヘルメットを脱いでもしばらくは「きーん」
て耳鳴りが。イヤープラグなんて考えてなかったよう。
3回めの走行になるとだいぶ慣れてきて、ハコのレース車なら
大抵追い付くようになってきた。
走行終了間際のストレート、ロードスターのプロダクション仕様が2台連なってる。
最終コーナーのコーナーリングスピードは段違いだから
直線に入ってすぐに後ろに張り付く。
「一気にいっちゃえ!」
未熟者が分不相応に良い道具を持つと、時として判断を誤る。
そのときの私はまるで、高速道路の追い越し車線でパッシングしながら下品に抜いていくベンツ親父のようだった。
スリップから抜け出て横に並んだまさにそのとき!
「バラ、バラ、バラ、バラ、!」
ひえー!リミッターかかっちゃった~!!
富士のメインストレートで併走状態、こうなると前にも後ろにもいけない。
1コーナーは240キロで迫ってくる!「びえ~ん!」
中途半端なブレーキングではノーズはインを向かず、
アウトのグラベルまっしぐら!
「ずごごごご~ん!」
土煙の中、かろうじてスポンジバリヤの手前で止まったマシン
から「ひらり」と飛び降りてガードレールの外へ一目散。
いや、この時が本日一番早かったかもしれない。
クレーン車で吊られてパドックへ帰る途中、「やっぱりやめようかな、会社からの借りもんの車だし。」と弱気になるが
既にエントリーは受理されていたのでした。
Posted at 2006/02/28 23:20:51 | コメント(4) | トラックバック(0) | 日記

プロフィール

35歳を過ぎてからモータースポーツに目覚めました。 今でも走るたびに新たな発見があります。 さぁ、次はどこ走ろう!
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