
今回もたいそうなタイトルに反応し、ブログを覗かれた方には、あらかじめお断り申し上げますが、
内容は本当に大した事ありません。
何度も言いますが、大阪と言えども、かなり広域で、あくまで当時、自分が生息していたエリア、
またその中での当時の交友関係の中で経験した『狭~い』範囲のみが記載内容となりますので、ご了承下さいませ。
また、内容に関しては一部不適切な表現もあると思われますが、あくまで個人のブログであり、
架空の作り話? 等と、軽く流して頂ければ幸いです。
このシリーズはあの時代を駆け抜けた世代の方々と、当時の思い出を共有したいとの思いで書いています。
経験した人ならわかると思いますが、当時と同じ事は今の時代に絶対できませんから・・・
当時の思い出等、色々コメントを頂けると嬉しいです。
その地域や時代によっていろんなドラマがあったと思いますので・・・
またまた前置きが長くなりましたが、今回の話は自分がサイバーCRXに乗り始めて7ヶ月。。。
事故も経験し、足回りに車高調を入れ、Sタイヤを装着し、浮かれていた時期・・・。
毎晩の様に箕面へ上がるうちに、交友関係も増えていき、茨木サニータウンや環状へも良く遊びに行く様になります。
そんな刺激のある生活を送っていた時期ですが、更に面白い情報が入ってきました。。。
今から25年前の昭和63年8月のある日・・・
自分達がいつも走っている箕面へホリデーオートの取材が来るとの事でした。
その情報は取材日の1週間ぐらい前に入っていたので、当日は皆、気合が入っていました。(笑)
何故か?
それは自分の車が雑誌に載るかもしれないからです。
確かに、雑誌に載れば思い出として残りますからね・・・
取材は平日でした。
場所は箕面ドライブウェイの猿天の駐車場です。
時間は通行禁止の時間になり、一般車両がいなくなった23時頃に行なわれました。
雑誌社のカメラマンが猿天の駐車場に止めている車両を順番に撮影していきます。
普段、ドロドロの車でも、その日は洗車して猿天へ上がって来てるので、皆の車はいつもより綺麗でした。
カッティングシートで微妙に派手になってる車もあったし・・・(笑)
そして、いつものメンバーが集まって猿天の駐車場で集合写真。。。
途中で1回パトカーの邪魔が入り、人数が減ってしまいましたが、それでも50人以上は残っていました。
何人かは雑誌社のインタビューに答えてたみたいですが、自分は何も聞かれませんでした。。。
って・・・
『能書きはエエから早よ雑誌の現物を見せんかい!』って怒られそうですね。
では 少しだけ・・・(笑)
一応、かなり昔のモノって言っても雑誌ですから、堂々と文面は載せれませんよ・・・(汗)
って事で、チラッと・・・
偶然に写った?的にですが・・・(笑)
まず、表紙です。
『ホリデーオート 臨時増刊号 スーパーチューン’88』
かなり年季が入ってボロボロですが・・・
まず、この増刊号に自分達以外に乗ってた車を少し紹介します。
何故かと言うと・・・
雑誌の取材って言うても、どうせ当時のマイナーな車ばっかり集めたローカルな特集ちゃうんかぁ???
等と思われるかもしれないので。。。(笑)
まぁ 関西の分をメインに少しだけ紹介しますので見てください。。。
当時、皆があこがれた車がズラ~っと出てますよ!(笑)
まず、柿本 Z 伝統のメカチューンですわ・・・
やっぱり、このマフラーが柿本って感じです。
単車のXL500用ピストンで3.1ℓですよね♪
それに、ロータリー勢ではサコ・レーシングとRE雨宮のSA22C
サコレーシングの方は12Aエンジンにウエーバー48のクロスポート。。。
足回りは中山仕様・・・
ファイナルは4.1に変更との事。
雨宮セブンの方はストリートでの使用を優先し、ペリでは無く、あえてサイドポートの仕様とか・・・
どうですか? 懐かしく思われる方、いらっしゃいますか?(笑)
更に、オートセレクトのソアラ・・・
5MG改 3.1ℓ
それにKKKのF1タービンを2基搭載のキャブのツインターボ仕様。。。
パワーは当時のシャシーダイナモで計測不能との事・・・(汗)
しかも、最高速は310キロ以上ですよ・・・
今の車は簡単に300キロ出ますけど、25年前ですからね~
メッチャいかつい!!!
素晴らし過ぎます!!!
次はトライアルのソアラ・・・
超高速クルージング400PS仕様
もう一つ・・・
RSハマダのメッチャ渋いTE27
2TG改ですね
軽く8000回転♪ 180馬力
最後は神戸のスピードガレージG5のジェミニ ZZ・・・
どないですか?
有名なマシン満載って感じでしょ?
自分的にはこの昭和末期って、新しい車と前世代の車が微妙に混ざり合って、
刺激的なマシンが多数あった時代だと思うんです。
そう言う意味では、1番良い時代だったのかな?って思います。
この時代を経験していると、今のスムーズで静かなハイパワーエンジンに四駆のトラクション・・・
更に電子制御でガッツリ守られた車にあまり魅力を感じないんですよねぇ(汗)
もちろん、今の車は安全で早く走れるのですが、五感に訴えるモノが少ないような気がします。
あ。。。
話が反れました。。。(汗)
で 本題の箕面の話ですよね・・・(笑)
まず、箕面グランド軍団の紹介です。
※当時、箕面グランド軍団って名前を勝手に付けたのはホリデーオートさんですよ(汗)
この雑誌ページの中でブラックレーシングのホイールを青塗りしてるのが、僕が乗る事になるグランドシビックです。
※真ん中の上です
この雑誌取材の3ヵ月後には、自分の車となり、ホイールが無限に変わり、ボディカラーを紫に塗り替えるんですけどね。
昭和63年の8月頃はグランドシビックが発売されて約半年だったので、ボディカラーは白が多く、その白ボディに蛍光色で塗られた派手なホイールを装着するのがカッコ良いとされた時期やったんです。
特に、ウエッズ・スポーツのホイールが人気でしたね。
その半年後、平成元年を迎える頃にはカッティングシートやボディ全塗装によるド派手なグランドが増殖してくるんですが・・・
ここにも書かれていますが、元々、箕面や環状でグランドシビックは人気あったんです。
それが雑誌に載る事により、更に人気が出てきます・・・
大げさな話では無く、この1年後にはどこ見てもシビック一色???ってぐらい大阪では人気車種になるんですよね(笑)
当たり前の話ですが、当時はインターネットみたいな便利なモノはありませんからね。
雑誌だけが情報源だったので、コレ系雑誌の影響力はかなりあったんです。。。
あっ!
シビックの話より、箕面で受けた取材の結果はどないなってんねん? って声が聞こえてきました。。。(笑)
これが、取材の結果です。
そして、ページ右下に集合写真が載っています
集合写真部分を拡大すると・・・(わざとボカしてます)
当然、自分達はこのホリデーオート発売日に書店で雑誌を購入し、中を読みました。
そして、皆が言った事は・・・・
『おい! この目立ってるミノルタカラーのAE86 誰やねん!』
『こんなん、箕面で見た事ないぞ!・・・』
『どこの誰や???』
でした。(笑)
実際に自分も見た事が無いミノルタAE86が1番大きく載ってるじゃないですか・・・
この撮影場所は、今の猿天駐車場の便所がある場所なんですけどね
雑誌のページに大きく載ってるミノルタカラーのAE86・・・
確かにホリデーオートの取材日には見ましたよ。
写真を取られてた場面も覚えています。
けど、それ以外では箕面で一回も見た事はありません。。。(汗)
まぁ 不思議な事もあるもんですね。。。(笑)
皆が文句を言うてたのは、あのミノルタAE86が悪いって意味では無く、
なんで自分達の車の写真をホリデーオートは載せてくれへんねん!って事なんですよ・・・(爆)
当時は皆さん、わがままでしたから・・・(汗)
くだらん話ですが、今となっては良い思い出ですわ。。。
まぁ ミノルタ86の話はどうでも良い事なんですが、この雑誌に書かれている文章の一部を
紹介します。
多分、あの日の取材で誰かが話した内容なんかな???
『L型チューンが神格化し、ドレスアップなる言葉が死語になり、
ターボバトルが来るところまで来てしまった感さえある今、大阪で流行りしモノ・・・』
『1600ツインカム峠仕様』
『足をキンキンに固めて峠を攻める』
『阪神高速環状線を駆け抜ける』
『大阪には30分圏内で行ける峠サーキットがある』
『PM9時、峠サーキット(箕面)に集まる・・・』
『PM11時、クールダウン走行に入り、ナビオ前へ移動し、車を停める』
『AM2時 夜更けの阪神高速環状線に突入!』
『今日の仕上げは環状バトル・・・♪』
『ココでも1600ツインカムは早い・・』
『そして、長い夜が終わる。。。。』
誰が取材で答えたのか知らないですが、少し大げさな表現になってますね・・・
箕面攻めて、その後、ナビオ前に行って、夜更けに環状を攻めるってぇ???(汗)
まぁ 雑誌なんで良いとしましょう!(爆)
前もブログに書きましたが、この雑誌掲載により、箕面の知名度が一気に上がり、
猿天を攻める車が一気に増える事になります。
また、それに比例して事故も増えていきます。
次回のテーマは・・・全盛期を迎える当時の走り屋文化、ファッションについて、少し書きたいと思います。
文化なんかに興味無いですか?(笑)