お盆休みも残すところあと1日。。
ですが初日以降はずっと雨模様の北Q地方です(´Д` )
なので天気の良い初日に少しだけ近場をドライブして来ました!
以前にも紹介しましたが〜
私は北Qは若松という場所で幼少期から高校時代まで過ごしました(・ω・)ノ
此処では今も変わらず思い出の詰まった建物やお店が多く残ってる場所でもありますが
今回はお盆という事で終戦を想い〜
軍艦防波堤に行って来ました( ̄^ ̄)ゞ
場所はこちらになりますd(^_^o) 赤い点です

右手が私の住む小倉方面です
こうして見ると〜やはり北Qは工業地帯なんだとおもいますねw
若松には若戸大橋を渡って行きます!(大回りで陸路からも行けますが)

*画像は帰路で料金所(小倉方面)へ向いてます
そこは郊外の工業地帯となり埋め立てられた地域です
廃棄処理場やプラント工場などが在るので道は広いのですが〜
路肩には鉄片等が転がってますので注意が必要です(´Д` )
さて到着しました〜〜♪
防波堤という場所柄かいつも釣り人が多いです
後方に目的地が見えます…
艦に近ずくには狭いゲートを抜けて〜バックで進入ですd(^_^o)
なんとか海ポチャせず無事に停車です(^◇^;)
(場違いなクルマが入って来たと釣り人から異様な眼で見られましたw)
では下車して〜〜御対面です(´・_・`)

側に解説板がありますね
此処には画像に写ってる駆逐艦「柳」と〜
あの「天一号作戦」の一環とし、戦艦大和と共に沖縄へ海上特攻に向かった第二艦隊
秋月型駆逐艦三番艦「涼月」と八番艦「冬月」が沈められております

ちなみに秋月型駆逐艦一番艦は当然秋月ですw
(艦これでは未だに涼月・冬月の実装はないです…あ、私は艦これ未プレイですがw)
今は両艦とも埋め立てられて「柳」のみ姿を見る事ができます…

船首部分ですが〜
かなり老朽化が進行してますね
こちらが船尾部分です

やや後方を低くした状態で埋められておりますね
「柳」は大戦以前の大正時代に就航した艦で全長は86メーターほどの小さな駆逐艦です
そして先に紹介した駆逐艦「涼月」「冬月」です
「涼月」
「冬月」
両艦共に沖縄特攻にて大和と戦地へ赴きましたが
この特攻作戦には色々な逸話や諸説があります
で、ここから暫し解説〜〜d(^_^o)かなり端折ってますがw
時に日本國の戦況は悪化の一路
事態は急速に降伏(和平)への道を余儀なくされていた状況でした
最強を誇った海軍でしたが山本五十六長官亡き後
苦渋の日々が続いていました
そんな中海軍に唯一残った大和を含む第二艦隊へ命令が下ったのです
「沖縄へ赴き戦力有れば船体ごと座礁させ固定砲台と化して戦う」
菊水作戦・天一号作戦です
当時の指揮官(長官)はこの特攻には批判的だったと言います
多くの部下が無駄死にするとわかっていたので…
しかし天皇から「一億総特攻の先駆けになってほしい」との言葉にほだされ出撃するのです
*後にこの言葉は天皇の勅令ではなかったとの諸説あり
かくして大和を旗艦とする第二艦隊は豊後水道を南下し一路沖縄を目指します
というか、各港や水域は既に米軍より機雷を配備され豊後水道を下るしか道は無かったらしいです
もうこの時点で米軍は艦隊の行動を全て把握していたのでしょう (ノ_<)あぁ
事実、南下する艦隊を米潜水艦は捕捉していたのに一切の攻撃はしなかったとあります
*無闇にダメージを与えて引き返されると困るので…(ガチで沈めるつもりMAXですね)
そして運命の坊ノ岬沖海戦を迎えるのです(´・Д・)」
アメリカ軍艦載機部隊ヘルダイバーからの攻撃を受ける大和(中央左)と右舷側に雪風
激しい攻撃をを受けながらジグザグに回避行動をする大和
大和を護衛する冬月が後部高角砲を発射した瞬間です(上方に大和)
後部より沈む大和
攻撃を受け大破する涼月
しかし戦い虚しくも総員退去の発令後大和は横転爆沈します
(北緯30度22分東経128度4分)

一番近くにいるのが冬月です
大和沈没後、なおも特攻を支持する雪風に冬月は人命救助と帰投を即したと記されておりますね
この冬月の救助活動で多くの方が助った様です
大和や他の艦にはまだ若い10代の士官が沢山乗っていましたので(T_T)
しかし多くの犠牲を伴った海戦でしたが〜
当の上層部の命令には大和を沈める事は武力放棄の証しであり
特攻→沈没は日本降伏に向けて必須だったといわれてます(ノ_<)うぅ
当時の隊形です
大和より前方は全て沈みました
帰投する中、船首部分大破で浸水が激しく微速後進しか出来ない涼月は〜
150キロ爆弾命中により艦橋部分に火災が発生!海図や計器を失った状態で
何と人の目と感で長崎佐世保までバックで帰ったらしいです!(◎_◎;)
最後は港へ入った直後に沈没を始め急いでドックに入港
ドック排水を待たず着底したと言われ〜本当に最後の最後まで頑張った艦でした
船首から浸水させない為に3名の方が命を賭して部屋の内側から扉を閉め浮力を保っていたらしいです
本当に凄い船で涙無しでは語れないですね(T_T)
その後退役となり
当時日本有数の石炭港であった若松の洞海湾は
玄界灘から吹き付ける強い風の被害が多く
国策として「柳」をはじめ
長崎と比較的近くで曳航し易い「涼月」「冬月」を防波堤として沈める事になったそうです
ちょうど愛機が停まってる場所に涼月
そしてその先に対をなす様な形で冬月が埋没してます
どうか安らかに眠ってください…(T ^ T)ゞ
そしていつまでも我々を見守ってくださいね。。
それから近くの風力発電を横目にみて〜〜
んで先日伺った際に今年は爺さんの初盆だと言われてた「菊池ガンモ店」の様子を伺ってみると…
……
………
っ!やっぱ婆ちゃん店開けてるし〜!
ヽ(・ω・)/ズコー
年中無休に偽り無しやね…(・ω・)ふ