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2011年07月22日 イイね!

避難所へ『番外編』

避難所へ『番外編』今日は、先日のブログで書ききれなかった内容を少し書いてみます。

まず今回の画像は、1960年のチリ地震津波があった後に建てられた津波記念碑です。
以前は、海のすぐ近くに建てられていたのですが、道路の改修工事に伴い移設され、現在は避難所になっている漁村センターのすぐ近くにあります。

以前のブログで紹介した動画の冒頭にも出ていますが、記念碑に彫られている文字を拡大すると

『地震があったら津波の用心 津波が来たら高い所へ』
この言葉は、私が幼い頃から祖父に言い聞かされていた言葉でもあります。
大きな被害を出したチリ地震津波から50年以上が経ち、当時の経験者も少なくなり人々の記憶も薄らいできていた所に、今回の津波が起きました。

チリ地震津波の教訓を元に作られた湾口防波堤は、その存在が地元の人々に大きな安心感を与え、今まで津波の被害を少なくしてきましたが、逆にこの防波堤があったことにより、『今回も大したことないだろうし、避難しなくても大丈夫だろう』といった住民の避難意識の低下を招いたとも言われています。


事実亡くなった方々の中には、避難することなく自宅で津波にのまれてしまった方も多くいます。
元々沿岸地域の中でも、毎年必ず避難訓練が行われ防災意識は高い地域と言われていましたが、やはり時の流れによる記憶の風化、そして油断が大きな被害につながったのかもしれません。

その大船渡の『シンボル』とも言える湾口防波堤も、今回の津波で見る影もなく決壊してしまいました。


幼い頃からずっと見ていた、『そこにあるのが当たり前』の風景で、いつもこの湾口防波堤を見て大船渡に帰ってきたことを実感していたのですが、そこにはもう何もありません。
代わりに実感させられるのは、瓦礫と化した街並みになってしまいました。


話は先日の避難所訪問に変わりますが、以前から地元の定点撮影震災後の画像を撮影していた方を探していたので、先日の訪問でその話をしてみたところ、実は避難所がある地区の公民館長さんの息子さんであることがわかりました。ずっと地元に住んでいる方と思っていたのですが、現在東京在住で私の5・6歳ほど先輩だそうです。
震災後も定期的に帰ってきては、撮影をし動画にしているとのことだったので、今度帰ってくる時はお会いできるかはわかりませんが、連絡をもらえるように話をしてきました。
ご本人にお会いできない代わりに、館長さんには『今となってはもう見ることができない風景を残してくれてありがとうございました』とお礼を言ってはきましたが、やはり機会があればご本人にお会いして話をしてみたいと思います。


今日は、その方が震災4ヶ月後の撮影をした動画を紹介します。
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なお今回の動画に使われている曲は、『三陸に仕事を!プロジェクト』浜のミサンガ『環/たまき』のCMにも使われています。この曲はamazonのページでダウンロードでき、その全額が寄付されることを知って、私も即ダウンロードしました。


過去のチリ地震津波の時と現在の大きな違いは、色々な形で記録に残すという技術があることです。口伝えによる伝承だけでは伝わりきれない歴史も、記録に残すことによって経験した人々の記憶を風化させず、後世に伝えていかなければならないと思います。
私も時間の許す限り足を運び、これからも引き続き『記録と記憶』に残していこうと思います。
Posted at 2011/07/22 00:32:04 | コメント(1) | トラックバック(0) | 故郷 | 日記
2011年07月20日 イイね!

避難所へ

避難所へ今日は、先日のオフで90thさんから引き継いだ支援物資を持って、大船渡に行ってきました。
実は丸4ヶ月となった11日にも行ってきたのですが、その時は避難所には行けず終いだったので、改めて行ってきました。
大船渡に入ってまず目にしたのは、震災後初めて煙突から煙が出ていたことです。
ある意味大船渡のシンボル的存在の煙突から、また煙が出ているってだけで、何か嬉しくなりました。
一度実家に行き、その後地元の避難所の漁村センターに行ってきたのですが、あいにく近所の顔見知りの人は出払っていていませんでしたが、残っていた人達と話をすることができました。
最初に物資を届けに来た旨を話すと、感謝の言葉と深々と頭を下げられ、『この用紙に住所・氏名・連絡先を記入お願いします』と言われ丁重に断ったのですが、『全国から支援いただいた方々はもちろん、直接物資を運んでいただいた方々を絶対に忘れないようにするためですから』と言われてしまい、断りきれず記入してきました。

漁村センターの入口に目をやると、下の画像のように名簿が掲示してありました。


名簿には、のべ274名(団体)の名前と物資の内容や量がこと細かに記載されていて、これを見てなぜ記入する必要があるのか納得しました。
そればかりでなく、物資を届けてもらったお礼として、センター入口で避難されている方々と一緒に記念撮影をし、その方々ひとりひとりに写真とお礼状を送っているとのことでした。
『自分達にできることは、今はそのくらいしかありませんから』その言葉が非常に印象的でした。

それから色々な話をしていたら2時間以上も経っていました。もちろん面識がある人ではなかったのですが、やっぱり同郷の人と思うだけで色々と話ができますね。
以下話をしてきた内容を簡単にまとめると、
○津波当日
避難したと思ったらあっという間に波がきて、いたるところで爆発がすごかった。
『大船渡はもう終わりだ』と本当に思った。

○翌日~1ヶ月間
燃料が全くなく電気もないため凍える寒さの上、食べる物はもちろん飲料水がほとんどなかった。
支援物資も届き始めていたが、燃料不足で運ぶ手段もなかったので、背負える限りの物資を持ってかなりの距離を何度も歩いて運んだ。
『この時期が一番辛かった』

○2ヶ月~今現在
ある程度ちゃんと食事ができるようになり、ほとんどの人が瓦礫の撤去作業に従事している。
仮設住宅も少しずつ着手しはじめ、センターから離れる人も出始めた。
中には一度センターから出たものの、また戻ってくる人もいた。
震災前の大船渡市の人口は約4万人だったが、人口の流出が激しく4ヶ月が過ぎた現在では『すでに3万人を割っている』

○これから少し先のこと
漁村センターに残っている人は現在19人で、今着手している仮設住宅に全員移り住めることが決まっている。これから仮設住宅に移るにあたり、家具や生活用品はもちろん、食料の確保が課題になる。
全員が仮設住宅に移り次第、避難所の片付けを始める。近々地域の会合をし、今後どのようにしていくか相談する予定。
人口流出が激しいため、地域の解散の可能性もありうる。

○もっと将来のこと
セメント工場の再稼動は決定しているものの、水産業の復興のメドもたたず、企業誘致等で新たな産業を見出さない限り、更なる人口流出は避けられない。
定職につき収入も安定しなければ、仮設住宅の入居期限も2年では済まないかもしれない。

かなり簡略に書き出しましたが、このような内容の話をしてきました。
やはり将来への不安が毎日つきまといますが、『今はまず瓦礫の撤去を終わらせること』それだけだと言っていました。
『だから何もなくても時間があるなら来て見て。毎日少しずつでも風景は変わっているから。この風景を絶対に忘れちゃいけない。』
最後には、『まずは元の生活に近いくらいに戻ることが当面の目標。この街から出るつもりはないよ』
その言葉を聞いて、ものすごく嬉しくて涙が出そうになりました。
別れ際には、『がんばっている人にがんばってとは言えませんが、とにかく体だけは大切に』というと、『ありがとう』と笑顔で見送ってくれました。
やっぱり浜の人は優しく強くたくましいですね。
今後も足を運び、できる限りの支援は続けていきたいと改めて思いました。

長くなってしまったので、番外編に続きます。


最後に、
今回支援物資を集めていただいた90thさんはじめ、物資を送っていただいた皆様方に厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
Posted at 2011/07/20 00:15:14 | コメント(2) | トラックバック(0) | 故郷 | 日記
2011年06月11日 イイね!

あれから3ヶ月

あれから3ヶ月今日はあれからちょうど3ヶ月、そして奇しくも曾祖母の23回目の命日でもあったため、大船渡に行ってきました。
元々行ける予定ではなく急遽だったため、支援物資を用意することもできず花束を持っていくのが精一杯でしたが、なんとか墓参りをすることができました。
前回行った時から1ヶ月近く経ってしまいましたが、市内は大きい瓦礫もかなり片付けられ、実家近くの小学校のグラウンドにも、仮設住宅の建設が始まっていました。
特に祖母の家にのすぐ近くの地域は、自分が想像していた以上に瓦礫の撤去が進んでいて、ほぼ更地に近いくらいまでになっていました。叔母に話を聞くと、漁師さんや残った地元住民が主体となって一斉に撤去作業をしたそうで、他の地域に比べてかなり進んでいるとのことでした。
ただ残念だったのは、そんな協力的でまとまりがある集落なのに、先日地域住民みんなが集まって『解散式』を行ったことです。
津波で大きな被害を受け集落の半数以上の家が無くなり、住民のほとんどがその地域にいることができなくなったため、住民を集めその経緯と事情を説明し、最後にみんなでバーベキューをして『お別れ』したそうです。
かろうじて家は無事だった人、家を流され未だ避難所にいる人、仮設住宅に移り住めた人、被害の少なかった親戚や知人を頼って移り住んだ人、それぞれ置かれた境遇は違いますが、みんなが被災者です。津波は、かけがえのない人命や街の歴史、そしてそこに住む人々の絆までも奪い去っていくということを、改めて実感した気がします。
それでも、地元の漁師さんは使えそうな船や漁具を集め、なんとか今月中には漁を始められるメドがつき、去年のチリ地震津波そして今回の津波で、2年連続収穫ができなかった養殖業を営む人も、新しく種を調達しあきらめず漁業を続けていくそうです。
そんな話を聞くと、『浜の人の強さは本当に凄い』って思い知らされます。

そんな『浜の人』を応援すべく、先日のブログにも紹介し今日から販売開始となった、浜のミサンガ『環/たまき』を盛岡に住む妹に頼み購入することができました。
今はまだこのような形でしか協力することはできませんが、より多くの人にこのミサンガの存在を知ってもらい、『環/たまき』の名にふさわしい大きな支援の輪になることで、少しでも早い復興につながることを願っています。
Posted at 2011/06/11 23:30:59 | コメント(1) | トラックバック(0) | 故郷 | 日記
2011年06月08日 イイね!

『環/たまき』

近頃車ネタのブログばっかりでしたが、こちらも忘れてはいけません。
あまりテレビは見ないのに昨日たまたまテレビでこのようなCMを見かけたのですが、これは岩手だけで放送されているんでしょうか?

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あれからもうすぐ3ヶ月が経ちますが、ちょうど3ヶ月目となる6月11日に浜のミサンガ『環/たまき』が第1期限定発売開始になります。
子供の頃から見慣れた魚網を使って1本1本手作りしたミサンガには、作り手のどんな想いが込められているのでしょう?
このような形でも復興支援に繋がるのでぜひ購入したいと思ってますが、当面は盛岡のみの販売で数量限定なので買えるかどうか...
ネットでの販売開始はさらに1ヵ月後の7月11日からになりますので、遠方の方で欲しい方はぜひお願いします!
詳細は、関連情報URLに載せましたので、興味のある方はご覧下さい。
Posted at 2011/06/08 23:24:56 | コメント(1) | トラックバック(0) | 故郷 | 日記
2011年05月12日 イイね!

あれから2ヶ月『忘れてませんか?』

あれから2ヶ月が経ちました。
人それぞれ『もう』や『まだ』など感じ方は違うかと思いますが、あれ以来時間が止まっている方もいらっしゃるかと思います。
震災の影響が少なかった大半の人は、ほぼ元に近い暮らしに戻り、テレビなど報道されることもかなり少なくなりました。時間が経つにつれ、ますますそうなっていくとは思いますが、『2011.3.11』という日を風化させてはいけません。
普段の生活に戻ることはもちろん大切ですが、これからも自分達にできることを考え、少しでも実行し継続できたらと思います。

今日は、先日のブログでも紹介した動画を作った方が、違う動画をアップしていたので紹介します。






先日の動画もですが、今回の動画を見てもやっぱり涙が出てしまいます。
撮影されたすべての場所がどこなのかすぐわかりますが、今となってはもうこの景色を見ることはできません。
この動画を作った方には本当に感謝していますし、会って話して直接お礼を言いたいので、今度大船渡に行く時にでも、色々なツテを辿って捜してみたいと思います。
Posted at 2011/05/12 00:08:35 | コメント(2) | トラックバック(0) | 故郷 | 日記

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