2024年04月14日
(続き)
(3)では、欧州車は何が違うのか?
それでも、「ラグボルトを使った欧州車のほうが、実際に足回りの剛性感が高く感じられる」と主張される方がいると思いますが、前編で書いた通り、ボルトの形式による差はありません。
ラグボルトのおかげではないとすると、日本車と欧州車とでは、一体どこが違うのでしょうか?
ということで、今度は使用するボルトのサイズに注目してみます。
日本車はGTRやLS、ランクルなどの一部の例外を除き、殆どの車種がM12のボルトを使っていますが、欧州車、特にドイツ車はM14がスタンダードです(例えば、ポロのようなコンパクトカーでもM14)
なので、締め付けトルクも、日本車は100N・mぐらいですが、ドイツ車は140N・mぐらいです。
つまり、それだけ軸力(ひいては摩擦力)が高いのです。
(4)結局はプラシーボ?
もっとも、コンパクトカーなら車重を考えれば4穴のM12で十分だし、これをM14にするだけで、本当に走りの違いを体感できるかは甚だ疑問です。
自分も過去に一度、踏切を通過した際にハンドルに少し違和感があったので帰宅後に調べたら、ナットが僅かに緩んでいたという経験があります。
(僅か15度前後の増し締めでも、0.06ミリ=髪の毛1本分の隙間がある計算になる)
この違和感の原因は、ナットの緩みにより逆向きにGがかかるなどする度に、相対すべり(100μm=0.1ミリ以下のフレッティングと呼ばれるもの)が生じたせいでしょう。
逆に言えば、M12だろうとM14だろうと、ナットがきちんと締まっていて十分な摩擦力が出ていれば、このような相対すべりは生じないので(※1)、どんなに感性の豊かな人でも、
動きがない以上、違いは体感できません。
(つまりはプラシーボ・・・でなければ、貴方はエスパー魔美?)
そもそも足回りは、スプリングやダンパー、ブッシュやタイヤなど、
見て分かる程の動きのあるパーツがいくらでもある訳で。
つまり、足回りの剛性感というのは、それらの動きの違いにより感じ取られるもので、仮にボルト・ナットの初期緩みで僅かなフレッティングが発生しても、気が付かない人の方が圧倒的に多いはず(タイヤが飛ぶまで気が付かない人もいるのが現実・・・)
最近は日本車も剛性感の高い足回りになっていますが、それでもアウトバーンでの使用を前提としたドイツ車の足回りは、日本の法定速度を超えるような高速域では、より一段と剛性感が高いのだと思います。
ですが、その違いは前述のように別な要因(ダンパーやブッシュなどの違い)によるもので、M12とM14どちらを取るかは、単に安全率に対する考え方の違いでしょう(※2)
(続く)
注釈
※1
日本車であっても、十分な面圧(摩擦力)が得られるように設計されているのは当たり前。
そうでなければ、ナットが緩んでタイヤが飛んでいってしまう。
※2
こう書くと、「日本車はこれだからダメ」という人が必ずいますが、今まで長い間M12でも問題はなかったので、ダメと決めつける根拠(今風に言えばエビデンス)がありません。
無闇に「過剰品質」を信仰する人がいますが、無駄に重量やコスト増を招く側面もあり、必ずしもそれが良いわけではなく、判断が難しいところです(像が踏んでも壊れない筆箱は、本当に必要なのか?)
Posted at 2024/04/14 16:45:03 |
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2024年04月14日
今まで「車にまつわるネット上の怪しげな常識や誤解」を斬ってきましたが、最後は理解していない人が意外と多いこのネタで。
(1)剛性と強度は異なる
自動車評論家の中には、口を開くとすぐに「剛性云々」と言う方がいますが、その人の文章を読む限り、剛性の意味を正しく理解したうえで使っているのか(そもそも剛性と強度の区別が付いているのか)、疑問に思える方が多いです。
剛性とは変形しにくさであって、強さ(=耐えられる力、壊れにくさ)である強度とは異なります(※1)
例えば、釣り竿なんかはすぐに折れるようでは使い物になりませんが、適度なしなりも必要で、強度は高いけど剛性は低い。
なのに、何とかの一つ覚えじゃないが、何でもかんでも剛性あるいは剛性感(※2)などと表現するので、大抵は疑問符をつけたくなるような、おかしな文章になっている。
そもそも単純に「しっかり感がある」とか、あるいは昔のように「硬めの足回り」などとわかりやすく言えばいいものを、妙に通っぽさを出したいのか、「剛性感の高い走り」だとか「ハンドリングの剛性が高い」などと言って、かえって半可通である事(或いは物書きとしては致命的ともいえる国語力の欠如)をさらけ出しているように思う。
(2)ボルトに求められるものは何か?
その最たる例が、誰が言いだしたか知らないが「欧州車の使うホイールボルト(以下、ラグボルト)のほうが部品点数が少ないので剛性が高く、そのため剛性感の高い走りが得られる」というもの。
カーメディアや評論家だけでなく、タイヤショップやチューニングショップのオーナーなどの、いわゆるプロの方でもこう話す人が多いので、そう信じているカーマニアも結構いるようですが、
はっきり言って、都市伝説です。
摩擦接合では軸力が重要と何度も書きましたが、軸力とは「押さえつける力」のことです。
なので、ボルトに求められるのは、適度に伸びつつ(=弾性を備えつつ)、簡単には伸び切らない(=降伏点が高い)ことです。
仮に剛性が高い、例えば単純に材料としてのヤング率(縦弾性係数)が軟鋼よりも大きいダイヤモンド製のボルトでは、役に立ちません。
つまり、ボルトに求められる性能は釣り竿と同様、剛性ではなく強度なのです。
なお、ラグボルトをハブのネジ穴に直接ねじ込もうが、スタッドボルトを打ち込んでナットで締めようが、あるいは両ねじボルトにしようが、同じ軸力が出せるボルトであれば摩擦力(締結力)自体には差がなく、当然走りにも全く影響しません(※3)
(ボルトの強度や弾性、有効長さなど、他の条件が同じであることが前提)
(続く)
注釈
※1
ちなみに、強度と似たものに硬度がありますが、硬度とはその字の通り硬さです。
例えば、ガラスのような脆性材料は硬度は高いが、強度は低い。
※2
そもそも「剛性感」(直訳すれば「変形しなさ感」?)という言葉も、自動車評論家の造語ではないかと思いますが、今回はあえて使いました(個人的には「しっかり感」と書きたい所ですが)
※3
なお、トヨタはISやbZ4Xなどの一部車種にラグボルトを採用した時に、次のように説明している。
『トヨタ自動車がハブボルト締結に設計変更したのは、一言で言えば走行性能を高めるためだ。クルマの操舵(そうだ)性や走行性を高める効果があると同社は説明する。これには締結力が増して高剛性化でき、ばね下質量が軽減するという理由の他に、ハブとホイールの圧着面積が増すという大きな理由がある』(日経クロステックより引用、原文ママ)
この記事を書いている人(文系?)が、恐らく内容を正確に理解したうえで書いていないせいか、伝聞形式の文章になっているので、トヨタが何を言っているのかイマイチ正確に伝わってこないが、ラグボルトにした理由としてあげている「締結力が増して高剛性化でき、ばね下質量が軽減する」という説明は、「(ラグボルトのほうが部品点数が少ないので剛性が高く、かつ軽量であるという)世間一般の認識に迎合してアピールしたほうが、手っ取り早い」ぐらいにしか聞こえない。
また、もう一つの大きな理由という「ハブとホイールの圧着面積が増す」というのも「サブフレームのバカ穴の隙間を埋めて接触面積を増やし、剛性を上げる」という謎オカルトパーツの言い分と同じで、呆れるしかない。
確かに素人考えでは、接触面積が広いほうがしっかり締結されるように思うが、高校物理で学んだクーロンの摩擦法則を思い出せば解る通り、摩擦力は見掛けの接触面積に依存しない(なぜなら、面接触はミクロで見れば点接触の集合だから)
つまり摩擦力の大きさは、接触面の状態(=摩擦係数)と押し付ける力(=垂直抗力)の2つの要素で決まる(なお、ゴムのような弾性材料は別で、荷重が同じなら、接触面積が広い方がより高い摩擦力すなわち駆動力や制動力が出せる。なので、レーシングカーは太いタイヤを使う)
これが摩擦接合においては、摩擦力=摩擦係数✕軸力なので、摩擦力を上げるには、ボルトの強度を増して軸力を上げればよいだけの話である。
つまり、既にLSやランクルでやっているように、M14のスタッドボルトにすればいいだけの話で、ラグボルトの方が構造的に強度が高くなるなどという話は聞いたことがない。
もっとも、トヨタの優秀なエンジニア達が、その程度の事実を知らないはずがないので、軸力以外の別なメリットを享受したい、つまりは欧州ライバルと同じラグボルトにする事で、ターゲット層にホンモノ感をアピールしたい(言い換えれば「レクサスなんて所詮はトヨタ車と同じ造りじゃないか」と言われる事から脱したい)という事なのだと思うが、もし本気で言っているなら、
物理学の法則を塗り替える快挙になるかもしれないので、ぜひ論文等にまとめて世界へ向けて発信してほしいですね。
Posted at 2024/04/14 09:03:01 |
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