2026年08月14日
さて、今回は話をもう少し掘り下げてみたいと思います。
(1)慣性モーメントとは
車を止めるのはブレーキではなくタイヤの制動力ですが、その前にローター(タイヤ)の動きを止めないと始まりません。
そこで、まず基本となるローター(タイヤ)の慣性モーメントとトルクですが、
・慣性モーメント I=M×R^2(単位:kgm^2、M:質量、R:回転半径)
・トルク T=I×α(単位:Nm、α:角加速度)←運動方程式F=maの回転運動版
になります。
※慣性モーメントには質量(密度)の偏りなども影響するが、以下、基本的な話として進めるので、細かい話は無視する。
(2)等価慣性モーメントとは
上で述べたのは、回転体を単体で考えたときの話であり、これだけでは実際の自動車の場合を説明できません。
※人や荷物を積むほど(慣性モーメントが増大するため)停止させるのにより多くのトルクが必要になる。
それを説明するには、直進運動する車両の慣性を、駆動軸に関する慣性モーメントに等価させて考える必要が出てきます(いわゆる等価慣性モーメント)
等価慣性モーメントの式は、直線運動の運動エネルギーと回転運動の運動エネルギーが等しいと置いて求められます。
例えば、一般的な乗用車(車両総重量1,500kg、タイヤ径600mm)の車軸換算の等価慣性モーメントは、
・I=M×R^2より、1,500kg×(0.6m/2)^2=135kgm^2
になります。
(3)制動トルクとは
ディスクブレーキとドラムブレーキを比較すると、細かい違いはありますが、基本的には摩擦力にブレーキの半径を掛けた値が、ブレーキの制動トルクになります。
・T=f×R(4輪車なら、この4倍)
ここで、f=μNなので、垂直抗力N(パッドやライニングの押付力)が問題になりますが、ブレーキメーカー等も公表していないので不明です。
そこで、この押付力と制動トルクを、下記の計算例から推定してみたいと思います。
【計算例】
例えば、直径300mmのブレーキドラムにシューを押し付けて軸の回転を止める場合の制動トルクは、ブレーキドラムとシューの間の押付力を50,000N、摩擦係数を0.4とすると、
・f(N)=μP(N)より、f=0.4×50,000=20,000N
・T(Nm)=f(N)×R(m)より、T=20,000×0.15=3,000Nm
※4輪なのでこれを4倍して、この車の制動トルクは12,000Nmになる。
上記(2)で計算した乗用車の場合、時速100キロ(1,666m/min)の時の車輪の回転速度nは、
・πdn=1,666より、n=1,666/0.6π≒884rpm
この回転速度を0にするのに掛かる時間tは、
・t(s)=I(kgm^2)×ω(rad/s)/T(Nm)より、t=135×2π×884/60/12,000≒1.04s
※角速度ω=2πn/60(rad/s)
前回のダウンフォースの話で計算した通り、時速100キロから平均-0.95Gの加速度で減速した時に掛かる時間と距離は、3秒&41.7mでしたので、ブレーキを踏んで1秒後にホイールがロックすると考えれば、まあ妥当な線かと。
よって、一般的な乗用車の場合、押付力は50,000N、制動トルクは3,000Nmぐらいでしょう。
Posted at 2026/08/14 10:17:18 |
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2026年08月12日
先日、BYDのラッコの試乗記を見ていたら、「重い車重に合わせて前後ディスクブレーキを採用している。」と書かれていました。
↓
BYD「ラッコ」を正直レビュー! 乗ってわかった中国産軽EVの真価
https://news.mynavi.jp/premium/article/20260810-racco-testdrive/
多分BYDが広報資料でそのことをアピールしていて、それに乗っかって書いただけだと思いますが、この評論家の言う「重い車重に合わせて前後ディスクブレーキを採用している。」には3つの誤解があります(注)
①重い車重の車は止まらない。
②ブレーキを強化すればよく止まるようになる。
③なので、ドラムより強力なディスクを採用した。
このうち、①と②は過去ブログでも散々書いているので、今日は③をテーマに取り上げます。
(1)世間一般の認識は?
まず、ディスク派とドラム派のどちらが多いかですが、ネットを見ると、(ディスクの方が高性能というイメージが浸透しているからか)概ねディスク派が多いようです。
特に一般ユーザーの間では、カーメディアの論調が効いているのか、ディスク派が多いようですが、一方で訳知り顔のマニアさんに限定すると、ドラム派が多いのが特徴です。
(2)シューやパッドの接触面積が増えると、効きは強くなる?
で、マニアの支持するドラムですが、なぜディスクより強力なのかというと、割と多いのが、「ドラムの方が(シューの)接触面積を増やせるから」という理由です。
例えばJAFでは、
「ドラムブレーキのライニングは、ディスクブレーキのパッドより面積が大きくできるので、ドラムとディスクローターの直径が同じであれば、制動力そのものはドラムブレーキのほうが上になります。」と解説しています。
↓
[Q]ディスクブレーキとドラムブレーキは何が違うのですか?
https://jaf.or.jp/common/kuruma-qa/category-construction/subcategory-structure/faq075
また、GAZOOでも、
「(ドラムブレーキは)ブレーキシューのサイズも大きいため、制動力も充分でした。」などと解説しています。
↓
仕組みは? 性能は? ディスクブレーキとドラムブレーキは何が違う?
https://gazoo.com/column/daily/19/11/17/
実は自動車業界(というかカーメディア)では、紙媒体の時代から「接触面積が大きい方が制動力は大きくなる」という常識がまかり通ってきましたが、クーロンの摩擦法則を考えれば、接触面積は(基本的には)関係ありません。
※JAFもGAZOOもそれなりに影響力は大きいので、もっと精査した記事を載せて戴きたい。
(3)自己サーボ作用とは?
で、ドラムブレーキが強力な本当の理由ですが、自己サーボ作用が働くからです。
※簡単に言うと、押付けたときにリーディング側のシューが回転方向に引き摺り込まれることで、食い込む力が働く。
ドラムブレーキの構造や仕組みについては、説明が面倒なので興味のある方は下記のリンクをご参照ください。
↓
曙ブレーキ工業㈱
https://www.akebono-brake.com/product_technology/product/automotive/drum/
という訳で、ピストンを押す力が一緒なら、ドラムの方が効きが強くなります。
※なぜ下線部分を強調したかは、次回以降に。
【おまけ】
更にベストカーには、ディスクの方が強力というだけでなく、荷重移動についてもおかしな事が書かれていました。
「ブレーキをかけると荷重が前方へ移り、前輪側が大きな制動力を受け持つため、後輪は(効きが弱い)ドラム式でも十分という考え方だ。」
↓
軽EVなのに後輪までディスクブレーキ!! BYDラッコが4輪ディスクを採用した理由
https://bestcarweb.jp/newcar/1593920
一応正しく解説すると、荷重移動で制動距離が延びるのは、後輪は荷重が減ることで制動力が下がるため(逆に効きを強くしないと十分な制動力を発揮できない)、全体として制動力不足になるからです。
※納得できない人は、EBDの仕組み(なぜ積載時に後輪のブレーキ力配分を増やすのか)を考えて下さい。
もっとも、カーメディア界の夕刊フジ&ゲンダイに当たるのが、カートップとベストカーなので、あまり難しいことを言っても始まらないですが(笑)
(注釈)
BYDの広報資料を見た訳ではないが、ラッコがディスクを採用した理由は、「(耐フェード性が高まるので)山道などで繰り返しブレーキを踏んでも安心」ということなのだと思うが、この評論家は「軽量な軽自動車なら性能的にも(ドラムで)不足なし」などと書いていたように、頭から「ディスクの方が効きが強力だから、重い車でも止まれる」と思いこんでいるようだ。
※自動車評論家は、自動車を論評する立場にありながら物理に弱いという矛盾を抱えた不思議な職業人。
Posted at 2026/08/12 17:12:18 |
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2026年08月10日
最後に、ウイングのありなしでの(100km/hからの)制動距離はどう変わるのでしょうか?
その前に、揚力の公式ですが(注1)
・L=Cl×(1/2×ρ×v²)×A
となります。
Cl:揚力係数
1/2×ρ×v²:動圧
A:翼の前面投影面積
つまり、揚力(ダウンフォース)は速度の二乗に比例します。
従って、F1のダウンフォースですが、今や最大で3,500kgあたりに達するようですが、これが300km/h地点の物だとすれば、速度の二乗に比例するので100km/h地点では約390kgになります(注2)
で、市販のスポーツカーの場合ですが、実際のダウンフォースのデータがありませんので、WRXとかランエボのような派手なウイングを付けた車で、100km/h地点で(F1の半分として)約195kgとします。
※以下、ざっくりとした計算です。
これを100→0km/hで積分して平均すれば、約65kgとなり、このスポーツカーの車両総重量を1500kgとすれば、平均で+4.3%と見做せます。
で、このスポーツカーの(ウイングなしの)制動加速度を平均で-1G≒-9.8m/s^2とすれば、ウイングありだと-10.2m/s^2になりますので、
・なしの場合の制動時間:2.84s、制動距離:39.5m
・ありの場合の制動時間:2.73s、制動距離:37.9m
となります。
なので、制動距離のランキング上位にスポーツカーやスーパーカーが多いのは、ハイグリップタイヤと高度なABSシステムに加え、低重心のため荷重移動量が少なくて済むという話だけではなく、風を積極的に利用している面も大きいように思います。
注釈
(注1)
ちなみに抗力(空気抵抗)ですが、D=Cd×(1/2×ρ×v²)×Aとなるので、基本的には揚力が増えれば抗力も増えますが、互いに完全な比例関係にある訳ではないので、揚力が最大で抗力がなるべく少なくなるポイントになるよう設計します。
※詳しくは、揚抗比(L/D比)で検索してみてください。
(注2)
F1の車両総重量は650kgぐらいだそうなので、650kg×2倍のダウンフォースが得られれば、マッハ号やゼロゼロマシンのように、逆さになっても普通に走ることが可能です。
※100km/h地点でダウンフォースが約390kgなら、181.6km/h地点で約1,300kg
なお、ダウンフォースが650kg以上なら逆さで走れると言う人もいますが、例えば750kgでは必要な摩擦力が得られず(タイヤが空転して十分なトラクションが得られず)失速するので、やがて車も落ちてしまいます。
※但し、1,200kgなら可能かもしれません。
Posted at 2026/08/10 20:08:35 |
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2026年08月08日
以前、ブレーキについて散々書き連ねましたが、「重い車ほど制動距離が延びる(制動距離は質量に比例する)」は間違いで、確かに運動エネルギーは質量に比例しますが、一方で摩擦力も質量に比例するので、「質量が倍の車は倍の摩擦力を得られるから、制動力は(原則的には)変わらない」とする話をしました。
参考)
ブレーキ強化で制動力向上!?
https://minkara.carview.co.jp/summary/15167/
つまり、制動力=摩擦係数×重力加速度×質量となりますが、ここでの重力加速度×質量は垂直抗力の事であり、逆に言うと質量を変えずに質量以上の垂直抗力が得られれば、制動力は上がり、制動距離も短くなります。
「そんなうまい話がある訳ないだろ?」と思われるかもしれないが、これがあるんです。
そう、それがダウンフォースです。
実際に、これは約25年前のデータですが、F1では既に最大の駆動加速度が1.3G、制動加速度は3Gにも達していたそうです(注)
※これは巨大なウイング等によって強力なダウンフォースを得ているから。
そもそも前回、なぜ飛行機の翼を例に揚力の話をしたかというと、実はウイングはこれを逆さにした形状のものだからです。
※なので、同じ理屈で下方向に車体を押し付ける力が働く。
これによって、最高速付近では実際の質量の何倍ものダウンフォース(荷重)を得ているので、本来のタイヤのグリップ力で得られる摩擦力の何倍もの摩擦力を得られる訳です。
つまり、ウイングの本当の役目は「揚力で車体が浮き上がるのを防ぐため」ではなく、「揚力を積極的に利用し、車体を路面に押し付けて強大な摩擦力を得るため」というのが正解です。
(注釈)
1G≒9.8m/s^2なので、例えば0→100km/hまで加速するのに10秒かかる車と3秒かかるの車を比較すれば、加速度=速度の変化/時間なので、
・27.8(m/s)/10(s)≒2.78(m/s^2)になり、約0.28G
・27.8(m/s)/3(s)≒9.3(m/s^2)になり、約0.95G
逆に、100km/hからの制動に3秒(平均-0.95G)掛かる場合の制動距離は、
・27.8(m/s)/2×3(s)≒41.7m
になります。
また、もし制動時に平均-3Gの加速度が得られるなら、100km/hからの制動を僅か0.95秒&13.2mで止まれる計算になります。
※F1の-3Gはあくまで最高速近辺での最大の制動加速度なので、減速するに従いダウンフォースが減ることで制動加速度は(√)逓減していくので、実際はもっと時間も距離もかかる。
Posted at 2026/08/08 16:30:30 |
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2026年08月07日
ダウンフォースを考える前に、まずは揚力を考えてみます。
(1)揚力って何?
1980年代、若者の間でFFファミリアが大売れした頃から、主にファッションでエアロパーツを組むのがブームになりましたが、当時読んでいたドライバーには「車は高速になれば揚力が発生するので、車体が浮き上がってそのせいでふらつくが、リアスポイラーで車体の浮き上がりを抑え、アンダースポイラーで車体の下に流れ込む空気を減らせば、高速でも車体が浮き上がらず安定して走行できるようになる」みたいに書かれていました。
まだ中学生だった自分は、それを読んで「そうか、車の下に空気が流れ込むから、揚力が発生して車体がふらつくのか」と単純に理解した気になっていましたが、あの時もっと深く考える力があれば、もっと違う人生だったかもしれません(笑)
※塾の同級で休み時間にニュートンを読んでいる奴がいましたが、開成→現役で東大に行きました(一方、自分が読んでいたのはドライバー・・・)
で、揚力って何?って話ですが、たとえば飛行機ですが、あんなに重い物が何故飛べるのかというと、翼によって揚力を得ているからですが、これは翼の下側の圧力が上側の圧力よりも高いために働く、上向きの力になります。
(2)ベルヌーイの定理(流体のエネルギー保存則)
これは、流線上における流体エネルギー(運動エネルギー+圧力エネルギー+位置エネルギー)は、常に一定になるというものです。
・1/2ρv²+P+ρgz = 一定
ρ :流体の密度、v :流速、P :圧力、g :重力加速度、z :高さ
※1/2ρv²が運動エネルギー、Pが圧力エネルギー、ρgzが位置エネルギー。
水平に置かれたホースの一部を踏むとそこだけ流速が上がりますが(運動エネルギーの増加)、これを流体のエネルギー保存則に当てはめれば、その分だけ圧力エネルギーは減少します。
※素人考えだと、踏んづけている分だけ圧力はむしろ上がりそうですが。
ではここで、夏休みの自由研究ではありませんが、空き缶を少しだけ離して二つ並べて、その間に息を吹きかけると、どうなるでしょうか?
赤色のボタン:缶同士が離れる
緑色のボタン:缶同士がくっつく
黄色のボタン:缶が二つとも倒れる
さて、正解はどの色のボタンでしょうか?
正解は緑色のボタンで、空き缶は互いに吸い寄せられてくっつきますが、これは缶の間の流速が速くなることで、圧力が(周りの大気圧より)下がったためです。
※黄色のボタンを選んだ人は、肺活量が多すぎ(笑)
と言う訳で、「翼の上側と下側では流速が違うから(上側の方が湾曲している分だけ速く流れるから)揚力が働く」とする説明が多いのですが、それだと高校生レベルの理解で終わってしまうので、もう少し掘り下げてみます。
(3)流線曲率の定理
ベルヌーイの定理があくまで同じ流線上における話だったのに対し、流線曲率の定理は周辺にある流線との関係を示すものです。
翼のような曲がった板に流体が流れると、流線も板に沿って曲がりますが、流線の曲率の中心方向に向かうほど圧力が低くなります。
※流線が曲がると流れる空気にも遠心力が生じるため、中心方向に向かうほど空気が薄くなり気圧が下がるので、流線の外側より内側の方が圧力は低くなる(圧力勾配)
翼の上側について考えると、翼に近い方が(大気圧に対して)圧力が低くなりますが、下側について考えると、逆に翼に近い方が(大気圧に対して)圧力が高くなります。
そのため、翼の上側の圧力<翼の下側の圧力となるために、上向きの力(揚力)が発生することになりますが、この時の流速が大きいほど、また曲率半径が小さいほど、圧力勾配は増えます。
※流速の二乗と曲率の積に比例する(曲率は曲率半径の逆数)
なので、飛行機のフラップを下げれば逆に上昇するのは何故かと考えた時、ベルヌーイの定理ではすっきりと説明できませんが、流線曲率の定理を用いれば、曲率が大きくなることで圧力勾配、即ち揚力が増えるからだと理解できます。
※但し同時に空気抵抗も増えるので、両者のバランスを取る必要がある。
つまり、飛行機の翼は流線を曲げることで圧力差を作り出し、揚力を発生させている訳です。
↓揚力について興味を持たれた方は、こちらもどうぞ。
社会人からの物理と数学
https://youski.hatenablog.com/entry/2018/08/04/132003
Posted at 2026/08/07 13:01:22 |
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