
6月27日 ⑥からの続きです。
まずはホテルの朝食から。
パンは取り放題です。が、ここは控えめに。
おかずがかなりしっかりしているからです。しかもご飯ついてきますし。
車がないと不便ですが良い宿でした。

二人で1泊朝夕2食付きで23,400円。
機会があればまた泊まりたいです。
朝からどんどん行きます。昨日、タイムアップで目の前を通り過ぎた古墳から。
綺麗に整備された階段です。
階段途中から駐車場。5,6台停めれそうです。
天武天皇・持統天皇 檜隈大内陵

夫婦で埋葬されているこちらの古墳も
八角墳です。
天武天皇は昨日訪れた牽牛子塚古墳に埋葬された
斉明天皇の子です。つまりは
中大兄皇子(天智天皇)の弟。
皇后は皇室史上3人目の女性天皇となる持統天皇です。伊勢神宮に参拝し「日本」の国号を定めた可能性が高い天皇です。
明日香村役場の駐車場へ。朝一なので誰もいません。
歩いて3分ぐらいのところに亀石です。カワイイ。

ナデナデしてきましたが、ナメクジがいっぱい付いていたのでカミさんは遠巻きにしていました。
さてさて。どんどん行きます。飛鳥宮跡です。
舒明天皇の飛鳥岡本宮、斉明天皇(皇極天皇)の飛鳥板蓋宮、天武天皇・持統天皇の飛鳥浄御原宮が重なるように置かれたようです。
この写真を撮っている私の立ち位置が飛鳥板蓋宮の大極殿があったとされる場所です。
そう、蘇我入鹿が中大兄皇子と中臣鎌足に打たれた
乙巳の変があったとされる場所です。
ここから大化の改新が加速していき日本の国としての礎ができていきます。
今は田んぼのど真ん中。作業小屋のシャッターが平和です。
はい。次です。
奈良県立万葉文化館の駐車場(無料)に車停めました。
文化館隣の丘を登ります。
『日本書紀』にかかれた「宮の東の山に石を累ねて垣となす」の跡です。
石好き女帝の斉明天皇の時代らしいです。
更に丘を登ります。
見えてきたのは酒船石

あまりに無造作にあります。
何のために造られたのかは解っていないそうです。
写真撮るポイントが解らず...(
石の上にちょっと乗ったり...ゴニョゴニョ)
丘を下って亀形石造物・小判形石造物です。こちらは入場料300円

柵があるので触れないです。
受付の方が説明してくださいましたが、丘全体を発掘したわけではないので、今後も新しい発見があると思います。
文化館から甘樫丘を眺めながら10分弱歩くと飛鳥寺が見えてきました。

甘樫丘の麓に蘇我蝦夷・蘇我入鹿親子が居宅を築いたそうです。
乙巳の変で入鹿が打たれたことを知った蝦夷は居宅に火を放ち自害したとされています。
飛鳥寺(法興寺)

蘇我馬子が建立させた日本最初のお寺でしたが、全て燃えてしまったそうです。(落雷)
日本最古の仏像 飛鳥大佛です。

日本最古とのことですが火事などで損失しているので部分的とのこと。ただし、まだ研究が必要だそうです。
鐘楼
一人1回、鐘をつくことができます。カミさんが動画撮ってくれました。
蘇我入鹿首塚から飛鳥寺を望む

飛鳥寺で説明してくださった方が、「首塚という話はありえないのですけどね。」と言っていました。五輪塔も鎌倉時代のものだそうです。
「それよりも、首塚がある場所は槻木の広場(つきのきのひろば)です。」
槻木の広場で催された蹴鞠の会で中大兄皇子が飛ばしたくつを中臣鎌足が拾い、差し出した話は有名です。
『日本書紀』では「法興寺槻樹之下」との記載があります。
(法興寺は今の飛鳥寺)
飛鳥寺から飛鳥宮跡方面を望む。

今でいったら永田町といったところでしょうか。当時の権力者達の色々な思惑が渦巻いていた場所だったのだろうなと思います。
⑧に続きます。
Posted at 2025/07/06 13:13:47 | |
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