産経新聞8月15日
放射能汚染処理の難しさとエゴ
海岸沿いに残るがれきの山。人家が集まる地域はだいぶん片づいてきたとはいえ、そうした地域を離れると今も手がついていないがれきが目につく。数年はかかるとされる被災県のがれき処理の支援に手をあげていた多くの自治体に二の足を踏ませていたのががれきの「放射能」の安全基準がないことだった。その基準を山形県が全国で初めて設定した。廃棄物の受け入れは、放射能問題がなくても周辺住民の理解を得るのに一苦労する。国が安全基準を示さない中、自治体がしびれを切らした形だ。その背景には、山形の被災隣県としての“心意気”があった。
■基準の2分の1以下
「復旧に向けて少しずつ歩んでいるが、がれきは思うような処理がなされていない。国の方針が定まっていないが被災県の隣県として、皆さんの理解を得て受け入れていきたい」
山形市で11日、市町村や産廃業者を対象に開かれた会合で、県の担当者は冒頭、県が設定した安全基準についてこう説明した。
県が受け入れるために打ち出した放射性セシウム濃度は1キロあたり4000ベクレル(Bq)以下。国が福島県内で処理するために示している8000Bqの2分の1にあたる。焼却については濃縮率を20倍とみて200Bq以下とした。
2分の1にした理由について、担当者は「他県のがれきを受け入れるにあたり県民の安全安心に配慮した」と説明する。
■動きが鈍かった国
がれき処理の広域支援のスキームづくりのために、県が環境省を訪れたのは4月20日に遡(さかのぼ)る。国土交通省など関係省庁をまわったが、「現在、各省庁で調整中」「独自でされては」と、腰は重かったという。
県は5月9日に復興支援県会議を立ち上げ、宮城や岩手のがれきを海上や陸上輸送で運び、木くずを燃料として再生利用したり不燃物など種類に応じて再生、焼却、埋め立てなどを行う方針を決めた。
阪神大震災時も他県でのがれき処理が行われた。
国は、東日本大震災でがれきの広域処理の協力を各自治体に呼びかけたところ、42都道府県の572市町村・一部事務組合が受け入れを表明した。
しかし、そこで浮上したのが放射性物質の問題だった。
川崎市では、福島県のがれきが持ち込まれると懸念した市民らから3000を超える抗議が寄せられた。京都市、北海道・苫小牧でも同様に心配を訴える声があがったという。
懸念の声は放射性物質だけではない。ダイオキシン、アスベストなどの環境汚染を心配する声もあったという。
ゴミ処理は一筋縄ではすまない。自分たちのゴミであっても、処理場の設置であっても、運搬車の通行であっても周辺住民の理解を得るのは大変なことだ。
そうした中で岩手、宮城の被災地からのがれきといっても、他県のものの受け入れによる風評被害を恐れる市民から反対の声が起きる可能性は低くはない。このため、県は、放射能濃度が高いとして県内で処理することを決めた福島の基準の「2分の1」という、「安心」の幅を設定することにした。
■数字が持つ意味
基準値の数字を理解するのは難しい。基準値を1でもオーバーすれば健康に害があることを意味するのか。1低ければ安全とみなすのか。
環境省の敷田寛・環境省廃棄物リサイクル課長補佐は、山形県の独自基準について「広域処理には住民の受け入れの理解が必要のため、独自基準は理解できる。被災地を支援するという強いメッセージだと思っている」と評価していた。
ただ、環境省が11日付で出した「災害廃棄物の広域処理の推進についてのガイドライン」は、岩手県陸前高田市と宮古市の仮置き場にある災害廃棄物の放射性物質濃度を実際に測定、焼却によって灰に放射性セシウムが濃縮する倍率を33・3倍として計算していた。
山形県は濃縮率を20倍としており、焼却の際の基準は200Bqとしている。しかし、国の33・3倍で計算すると、6660Bqになり、国の8000Bqより低いが、県の4000Bqをオーバーすることになってしまう。
環境省が調査した陸前高田市のがれきの実際の値を使って計算しても4895Bqと4000Bqを超えた。
ここで、重要なのは8000Bqという国が福島県に示した基準が持つ意味だろう。がれき処理でもっとも被曝する可能性が高い作業員の労働時間から年間の受容被曝量を計算して安全とした値であるということだ。
33倍の濃縮率にしても、灰の中でも9割以上を占める燃えがら(主灰)ではなく、発生量が3%程度で、集じん機などで集めた排ガスに含まれるばいじん(飛灰)にすべてセシウムが移ると設定しており、現実的にはほとんどありえない仮定の数字だったという。敷田課長補佐は「安全評価委員会の専門家から厳しすぎるというご指摘もあったが、より安全なものをとった。だから、知見がもっと集積されれば実態に合わせて変えたい」と話していた。
ただ、山形でも「あえて放射能にさらされたものを持ち込む必要があるのか。住民に説明がつかない」とインタビューした自治体の長もいた。
11日の説明会でも「空気中にばらまかれた時、10年後でも健康を担保できるという基準の数字なのか」といった発言もあった。
「数字は難しい。白か黒ではないから、少しでも出たら実際には売れない…」
放射性セシウムにさらされた稲わらを食べた牛の肉から基準値以上のセシウムが検出された問題で、牛の肥育農家が嘆いていた。
数字は一人歩きしやすい。数字だけで一喜一憂すると、数字が持つ本来の意味が失われてしまう恐れがある。
■満杯のがれき
宮城、岩手の両県のがれき総量は約2400万トンにのぼる。発生地の1次仮置き場であら分別し、2次仮置き場で破砕、焼却することを計画しているが、平地が少ない海岸地域では特に、2次仮置き場の確保に苦しんでいる。
宮城県気仙沼市ではめどがたっておらず、「8月いっぱいで満杯になってしまう」(宮城県廃棄物対策課)と話しており、一刻を争う状況になっている。
山形は放射性物質の独自基準を示したが実は被災地の一部のがれきについて7月から民間事業者が受け入れている。村山市は7月7日から、気仙沼市の木くずを、米沢市は多賀城市の不燃物を同月19日から搬送している。
他県のがれき受け入れにあたっては自治体同士が事前協議し、受け入れ自治体が了承する必要がある。村山市では受け入れにあたって、周辺住民への説明会を実施。搬送前、搬送後の測定、その後の継続モニタリングも実施している。実測値について、これまでは問い合わせに答えるといった形だったが、今後公表するとしている。米沢市も村山市も県が設定した安全基準をクリアしているという。
■正しくこわがる
陸前高田市の被災松を京都の「五山の送り火」に使う計画は、受け入れをめぐって2転、3転した結果、結局最後のところは「セシウムが検出された」として取りやめた。
取り寄せた薪の表皮部分から1キロあたり1130Bqの放射性セシウムがでたからということだが、京都市に聞いてみるとセシウムの値で判断したというのではなく、五山の保存会との間でセシウムが検出された場合には、数字に関係なく取りやめることになっていたという。専門家にも聞いたところ「燃やすことが安全かどうかわからない」と言われたというが…。
陸前高田市の戸羽太市長は「今後がれきの処理でいろいろなところにお願いするのに持ち出せなくなる。被災地全体に迷惑がかかる」と報道のインタビューで答えていた。本当にやるせない騒動だった。
こうした反応が起きるのは京都市に限ったことではないがあまりにも悲しい。「被災地から遠くに離れた関西だからでしょうか」と山形で、関西出身の私は問われた。樹木の基準がないから、という理屈があったにしろなにか「騒動はごめん」という気持ちが透けてみえるような気がする。
薪は500本、がれき処理のように大量に燃やすのではない。検査のために採取したのも表皮だけだ。燃やしたからといって健康被害が起きるとは思えない。
日本人の潔癖さは食品などの品質向上の原動力になってきたとはいえ、「正しくこわがる」必要があると思う。安全であることが第一だが、ゼロリスクはどこにもないのだ。
日本の製品は被曝していると輸出拒否にあうなど、日本全体が風評被害で苦しんだ。科学的に判断してほしいと日本は各国に要請した。しかし、国内でこうした反応が起きてしまうということは結局、自分たちの首をしめることになる。
山形県はがれき受け入れのために独自の安全基準を設定したが、そこには被災地を支援していきたいという「心意気」があったと思う。山形もさくらんぼや牛肉の風評被害に苦しんでいる。牛肉の全頭検査を全国に先駆けて実施するなど、農畜産県として風評被害をはらすのに取り組んできた。風評のいたみを知っているからこその対応だったと思う。
こうして基準を設置して受け入れの環境も整えた。安全の確保が大前提だが、理屈のたたない「安心」のために、広域処理支援の計画を頓挫させることがあってはならない。情報公開、数字の意味の丁寧な説明に努めて計画どおりに、海上輸送などでがれきの受け入れが進むことをせつに望む。(山形支局長 杉浦美香)
Posted at 2011/08/17 01:15:48 | |
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