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2017年10月13日 イイね!

プリンス&スカイラインミュウジアム来訪記

プリンス&スカイラインミュウジアム来訪記学校をトランスファーしたのとほぼ同時にG35に乗り換えて一年半以上が経過し、また日本に一時帰国する機会があったので、購入してからの念願だった、長野県にあるプリンス&スカイラインミュウジアムを訪れてみました。
プリンス&スカイラインミュウジアムを知ったきっかけは、インターネットでV35の試作車やXVLについて調べている時に、過去にそこで試作車が展示されていた事があるという記述を見つけた事でした。 普通であればスカイラインの展示ですと、R34までで終わり、V35以降はサラッと流されるのが通例ですし、特定の車種のミュージアムというのはかなり珍しいので、一度是非行ってみたいと思い続けていました。 去年は残念ながら時間の都合上行くことは敵いませんでしたが、今年は無理矢理にでも時間を作って行く事を心に誓っていました。 後は自分の中の条件として、日産車で、出来ればスカイラインで行く事も決めていました。もし去年行けたのであればレンタカーにV36後期の取り扱いがあったのでそれが一番理想的でしたが、今年はV37のみとなってしまい、ランクが上がり、値段も指定した日程では現実的な物では無くなってしまうので、今回は諦めましたが、日産車で行くという条件は守りました。

今回利用したのはノートSです。 スカイラインに比べると随分ランクダウンしていますが、楽天で保険付きでも14k行かない破格の値段であったのが決め手でした笑
今回はかなり前に行ったツインリンクもてぎの時とは違い、急遽夕方までに都内に戻らないとならなくなってしまったため、かなりタイトなスケジュールとなってしまい、ミュージアムも2時間程度しか居られませんでしたが、それでも十分でしたし、スカイラインについて更に深く関心が持てたなとも思いました。 ただし、理由は後述しますが、ここはよほどR34までのスカイライン、特にR31迄に思い入れのある方が行く場所であるなとも感じました。
東京からは調布から中央にのり、岡谷JCTで長野道に入り、2マイルほど先にある岡谷ICで下り、10分ほど走らせるとミュージアムがある公園前の駐車場に到着します。 今回は途中の武蔵境通りがかなりの混雑であったことと、中央道がかなり道路工事をしていて車線規制をされている所があって、三時間半ほどかかってしまいました。

駐車場からは100段ほどある階段を上った、丘の上にあるので、ある意味到着してからが本番という方もいらっしゃるかもしれません。

登り切ると徐々に建物が姿を現してきます。建物を見た時に思い出したのが、極々のブリュンヒルデというアニメでモデル地となった、同じ長野県にある小川天文台という所です。 アニメ版では同じく階段をかなり登った丘の上にあり、建物の形も少し似ています。

ミュージアムはメインの展示は地下にあり、一階は受付とショップとなっています。 また、荷物を預けられるロッカー(有料)があったり、スマホで公式ページ内にある割引券を受付で見せると大人は二割引きになったりと、結構サービスは良かったりします。 
受付で入場料を払い、地下の展示を見に行く途中でまず目にするのが、2代目プリンス・スカイライン。 
続いて、地下へと下りる階段の壁には額縁に飾られた、歴代モデルの各イラスト、正面には故・桜井眞一郎さんの写真が飾ってあります。

下りきってすぐの突き当たりには、今は無き村山工場の全体模型や使われていたと思われる看板があります。 
ここから順路順に右に進んでいくと、まず歴代モデルのミニチュアカー、反対側には歴代のエンジンや、R32以降と思われるパーツの展示があります。
更に進むと、歴代モデル順にスカイラインの実車が展示されています。歴代GT-Rはもちろんですが、オーテックやトミーカイラバージョン、果てはR34の先行試作車やニュルブルクリンクでの走行実験車迄あり、更に空いてる時間のみだとは思われますが、今日の一台的な車の運転席に乗ることが出来ます。 今回、僕はBNR34のニュルブルクリンク走行実験車に乗ることが出来ました。 まずスタッフに開けてもらって目につくのが、足元にある補強用の鉄パイプです。 これを跨がないと乗れないので、正直かなり乗りづらかったですが、乗ってしまえばまんまR34(と思われる物)でした。バケットシートなのでタイトですが、しかし意外にも普通な感覚で運転出来そうな所が流石スカイラインといった感じでした。
展示の中にはもちろんレースカーもあります。 例えばシルエットフォーミュラで恐らく一番有名であろう、トミカスカイラインターボ。 それ以外は今回は展示がありませんでしたが、カルソニックスカイラインも展示されてる事があるそうです。
後は、プリンス時代の車が何台か奥の方に展示されています。 このエリアでは、スカイラインだけでは無く、グロリアやトラックも展示されています。
展示を見終わり、地上へ戻ると簡易的なスーベニアショップがあります。観光地では定番の名前入りカップや小物類はもちろんの事、昔の時代の車にはかならず貼ってあった有鉛ハイオクを~や、OKステッカーのレプリカ等、オールドファンにとっては堪らない品揃えとなっていました。 また、スーベニアショップ内には、過去スカイラインに関わられた方や、訪れた著名人のサインが額縁に入れられて飾られています。
ミュージアムを出て左手を見ると、そこには風光明媚な景色が広がっています。このミュージアムは、標高がおよそ1000mの所にある鳥居山やまびこ公園内に在り、眼下に諏訪湖を、また天気が良い日には八ヶ岳を見ることが出来ます。今回は時間の都合上ちらっとしか見れませんでしたが、ミュージアムの隣には展望台があり、Wikipediaにあるそこからの景色のパノラマ画像を見る限りでは、かなり見晴らしは良いです。 また、そこの展望台は普段はあまり利用されていないのか、1階の壁に掲示されてある観光宣伝のポスターがもろ90年代前半、書かれている郵便番号が3桁である、また、片山右京がミナルディに、中野信治がプロストF1に、それぞれ乗っている、時期的に97年のブリジストンのポスターが何枚か貼られており、これも見る価値はあると思います。








帰りは中央道が空いていたので、1時間半かからずに談合坂PA、そこから1時間前後で東京の目的地に着くことが出来ました。ノートでアメリカの田舎のフリーウェイ並のスピードで談合坂まで運転する事が出来ましたが、挙動は凄く安定していましたし、静粛性も日本の路面の状態がかなり良いのもありますが、普通に音楽を聴きながら快適なドライブを楽しめるだけはありましたので、一旦流れに乗ってしまえばこれで十分かもと思わせられるほどでした(ただし、合流や料金所からの加速がそれを帳消しにするほど遅いですが…)

今回このミュージアムを訪れて一つ残念だった点は、R34以降のスカイラインはスカイラインでは無いというメッセージをここでも感じてしまったことです。 今回の展示だけなのかもしれませんが、ハコスカやジャパン、R32, GT-R等有名なモデルについては、チューナーや試作車まで展示をしており、更に、スカイラインでは無いR35 GT-Rにおいても市販モデルではありませんが、展示がありました。
しかし、V35以降は、展示は掲示されてある当時のポスターとミニチュアカー一個のみ、もちろん車の展示はありませんし、グッズもありませんでした。 仮にも60周年記念の展示を謳っているのであれば、一台だけでも置くべきではと少し残念に思いました。 
しかし、世界でも珍しい車種単体のミュージアムとして、またプリンス時代の車から最新のGT-Rまでのスカイラインの歴史に触れられる場所として大変貴重な場所で、車好きな方、特に日産ファンの方には自信を持ってお薦め出来る場所だと思います。 東京から三時間かけて諏訪湖周辺の観光も兼ねて、この秋に訪れてみるのも良いかも知れません。
Posted at 2017/10/13 08:28:59 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2017年10月07日 イイね!

ザ・ジャパニーズコンパクトカー

ザ・ジャパニーズコンパクトカーさすが日産車、走りも居住性も両立していて、コンパクトカーとして本来あるべき姿を体現しているので、万人にお勧め出来るであろう。
Posted at 2017/10/07 14:06:30 | コメント(0) | レビュー | クルマレビュー
2017年05月29日 イイね!

メキシコ製日産車、その実力は果たして...

メキシコ製日産車、その実力は果たして...燃費も良く、装備も納得出来るが、一個上のグレードの装備の充実ぶりを見てしまうとどうしても見劣りしてしまう。 しかし、足車やコミューターとしてなら不満は無いという感じの車でした。
Posted at 2017/05/29 17:58:01 | コメント(0) | レビュー | クルマレビュー
2017年03月23日 イイね!

ご注文はスポーツラグジュアリーカーですか? - INFINITI 北米での歴史 前編

ようやくfinalも終わり、かなりの時間が出来たので、去年一年間Gについてを調べている時に同時に調べていたINFINITIブランドの始まりから現在までを前後編に分けてお届けします。 ちなみに今回はかなり真面目に書いていますので、ネタ等は一切無いので、読みづらいかもしれません...

序文
:                                                                                

日本ですとV37スカイラインの騒動で(あまり良い意味では無いですが)名を広めたINFINITIブランドですが、ここ北米ではLEXUSAcuraに続く高級車ブランドとして広く知られています。 しかしそれは00年代に入ってからであり、ブランドが始まってからとある車が出るまではあまり知名度の無い、不人気車種を量産する1ブランドに過ぎませんでした。 この記事ではINFINITI誕生からそのGame
changerとなった車種が登場する直前までを書いていきます。

 

INFINITI誕生のきっかけ

                時は1985年。 バブル前夜であり、トヨタやホンダが北米に高級車ブランドを立ち上げ、更にトヨタが新世代の高級車を開発しているという情報をキャッチした日産は急遽高級車ブランドの立ち上げと対抗車の開発に着手します。 しかし、その成り立ちこそが長く長く続く低迷の原因の始まりでした。 まずはブランドのコンセプトを決めるにあたり、トヨタは入念なリサーチをし、当時のラグジュアリーカーのイメージであったキャデラック等の古臭い、老人が乗るような車というイメージを払拭した、機能的でドイツ車の高い走行性能と日本車の信頼性を極めて高い次元で両立させたプレミアムカーを揃えるというテーマにしたのに対し、日産は「トヨタは信頼性を売りにするつもりか....
せや、ウチは日本の伝統と品質の高さと技術力、スポーティーさを前面に売り出すで!」と思ったかは存じませんが、そういった感じに決まりました。 また、ブランドのロゴマークも、無限の彼方に開けた道と富士山を表しているという適当に決めた感が半端無い感じとなってしまいました。 ちなみに日本以外では富士山を表しているという部分は削除されています。

                               

LEXUSINFINITI 北米 立ち上げ時の模様

                そして1989年。 LEXUSはブランドを北米に立ち上げ、同時に2車種を販売します。 一つは日本で既にカムリ・プロミナントとして発売されていたLexus
ES、もう一つは8年という長い開発期間をかけ、徹底的に”高級車とは”を追求したLexus
LS、日本名、トヨタ・セルシオです。 一方の日産も同年にINFINITIを立ち上げ、LEXUS同様、2車種を発売します。 1つはトヨタと同じく、既に日本で発売されていたF31
レパードの姉妹車であるInfiniti
M30、もう一つはフラグシップであるQ45でした。しかし、このQ45、どうも何かズレている車でした。 まずはエクステリア。 高級車としては異例のグリルレスを採用し、バッジも唐草模様の七宝焼きを装着していましたが、個人的には申し訳ないのですが、ダミー人形にしか見えませんでした。 エクステリアはノーマル仕様はいたって普通の高級車でしたが、日本仕様ではKOKONインストというオプション仕様がありました。 これは、インストゥルメンタルパネルに漆を塗り、その上からチタンの粉を吹きかけ、更に金粉を蒔絵のようにまぶしたという物です。 また、当時の日産らしく、901運動の成果として、走りにも力を入れていました、というよりもそこに大きな力を注いだような印象を受けます。 しかし、最高級車に走りというファクターは、評価はされるものの、それが売り上げに繋がるかと言えばそうではありません。 例えば、現代でいうホンダ・レジェンドはホンダを代表する最高級車で、SH-AWDを搭載し走りを~というのが売りですが、日米共にセールスはあまりパッとはしません。この点、LSは走りというファクターだけでは無く、トータルバランスを重視し、また、高級感とは何かを徹底的に追求していました。

                               

○発足後 (Gデビュー直前迄)

                さて、日本の二大自動車ブランドがほぼ同時に高級車ブランドを立ち上げるという、いよいよ日本車もここまで来たかという感慨深い事態になりましたが、結果は既に勝負の前から付いているようなものでした。 準備万端のLEXUSは全米で高い評価を得て、着々と人気ブランドへの階段を上り始めます。 一方、付け焼き刃のINFINITIは、全くセールスもパッとせず、また、車種を追加しても、日本やヨーロッパで既に販売されている車種の装備をちょっと豪華にして売り出すという、とにかく売りだしとけばいいだろうという魂胆が見え見えの戦略を長い間取っていました。例えば、G20。 これは日本やヨーロッパではプリメーラとして発売されていた車種ですが、これの装備をちょっと豪華にして、北米ではINFINITIとして売り出していました。 また、日本ではセフィーロとして売られていたI30でしたが、北米では既に日産本体でマキシマという姉妹車が売られていたため、同一メーカー同士で競合関係となってしまっていました。(余談ですが、このI3002モデルからは後のG35と同一のエンジンであるVQ35DEを搭載し、Gが出てからもしばらくは売られていました。) ので、他の日本の高級車ブランドには大きな遅れを取ってしまいました。 

 

○次回予告

                長年に渡り、日本でのバブル崩壊による日産本体の経営悪化による体力不足もあり、まともな車種を出せていなかったINFINITI。 もはやこのまま売り上げも知名度も無いまま迷走を続けていくと思われていましたが、とあるフランス人が日産本体に来た事により、その運命は180度変わります。次回は、その転換点から現在迄を追っていきます。

参考元:

Infiniti Logo, Infiniti Car Symbol Meaning and History | Car Brand Names.com

http://www.car-brand-names.com/infiniti-logo/


インフィニティ (日産自動車) - Wikiwand

https://www.wikiwand.com/ja/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%8B%E3%83%86%E3%82%A3_(%E6%97%A5%E7%94%A3%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A)


インフィニティ・Q45 - Wikiwand

https://www.wikiwand.com/ja/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%8B%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BBQ45


北米市場とインフィニティ

http://www.asahi-net.or.jp/~vw6y-mk/v35/other/infiniti/infiniti_chanel.html


KOKONインスト~懐かしの珍・先進装備たち(7)|UF31×Y31×MR31|ブログ|みやこし|みんカラ - 車・自動車SNS(ブログ・パーツ・整備・燃費)

https://minkara.carview.co.jp/userid/118858/blog/191778/


無縁車 墓地群 その16 日産・インフィニティQ45

http://lz20b.blog.fc2.com/blog-entry-18.html


松下宏のCroooober名車図鑑・インフィニティQ45(G50型)車ニュース・特集記事 | 自動車・バイクの最新情報 | Croooober(クルーバー)

https://www.croooober.com/feature/2759138


日産・インフィニティQ45が残した実にくだらないモノ 『油売ってる場合なんですけど・・・』/ウェブリブログ

http://yamamoto-works.at.webry.info/201203/article_26.html



Posted at 2017/03/23 15:59:44 | コメント(0) | トラックバック(0) | クルマ
2017年03月21日 イイね!

サンゴーの日

サンゴーの日どうも、お久しぶりです。 前回の三連休から大分忙しくて、本来もっと早く上げるはずだった投稿が全く書けてない状態です...
どこかの生徒会長さんに言い訳などしようものなら、「おだまらっしゃぁぁぁいッ!」と張り倒されることでしょう。 あるいは某抜刀妻に言おうとした瞬間に包丁を抜かれて目の前に向けられるとか。

さて、表題について。
この日は語呂合わせとは言え、日産にとっての転換点となった車の日ですね。 これが無ければ今の日産は無かったと言っても大げさではないかもしれません。

それは、

V35スカイラインの事です。

V35は何度も言うとおり、あのR35の開発者である水野和敏さんによって開発され、そして、今の日産 / InfinitiのセダンやクロスオーバーのベースとなったFMプラットフォームを搭載した第一号となります。
また、V35は開発時はXVLという、今までのスカイラインとは180度異なるコンセプトの元で、全く別の車として開発されていたのをカルロス・ゴーン氏の鶴の一声で急遽スカイラインとして発売されたという経歴があり、当時から今まで星の数ほどの批判に晒されつづけました。
ある意見曰わく、「スカイラインとは、丸目で速くてドリフトが出来るセダン」、もう一つは、「GT-Rこそが頂点」。 
では、結果はどうなったかと言いますと、もう皆さんご存じの通り、日本では不景気やハイブリッドカー・ミニバンブームも重なってしまい、以降もさっぱり売れませんでしたが、太平洋を越えたこちらアメリカでは大ヒットとなり、INFINITI跳躍の第一歩となりましたね。
G35以降の日産はアメリカに更に傾倒していくことになります。もっとも、V37はアメリカの意見を聞きすぎたが故に日米両方で批判の嵐となってしまっていますが...

さて、V35と言えば切っても切れない車があります。
それは、フェアレディZです。
元々アメリカ向けの車ですが、日本でもかなりの知名度、人気があり、その名前を出せば誰でも分かるという状況です。
さて、このフェアレディZも一時期はラインナップから消滅するほど日産の経営が悪くもはやこれまでかと思われましたが、アメリカのZクラブの熱い要望と、これまたカルロス・ゴーン氏の鶴の一声で見事に復活しました。
実はこの型のフェアレディZは日産にとっても歴史的な一台であったのです。 それは旧プリンス系派閥対日産派閥が決着を迎えたからです。 これについてはまた時間があったらもっと資料を読み込んで書き上げたいな、と考えております。

最後に、現在2本に分けて某ブランドの歴史系の投稿を計画中です。 進行具合はおよそ40%と言った所でしょうか。
ヒントは... "ジャパン・オリジナル", "Qなんとか"です。
Posted at 2017/03/21 14:13:03 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記

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何シテル?   05/19 22:50
dengofinalです。よろしくお願いします。 アメリカでG35に乗っています。
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