学校をトランスファーしたのとほぼ同時にG35に乗り換えて一年半以上が経過し、また日本に一時帰国する機会があったので、購入してからの念願だった、長野県にあるプリンス&スカイラインミュウジアムを訪れてみました。




ようやくfinalも終わり、かなりの時間が出来たので、去年一年間Gについてを調べている時に同時に調べていたINFINITIブランドの始まりから現在までを前後編に分けてお届けします。 ちなみに今回はかなり真面目に書いていますので、ネタ等は一切無いので、読みづらいかもしれません...
序文:
日本ですとV37スカイラインの騒動で(あまり良い意味では無いですが)名を広めたINFINITIブランドですが、ここ北米ではLEXUSやAcuraに続く高級車ブランドとして広く知られています。 しかしそれは00年代に入ってからであり、ブランドが始まってからとある車が出るまではあまり知名度の無い、不人気車種を量産する1ブランドに過ぎませんでした。 この記事ではINFINITI誕生からそのGame
changerとなった車種が登場する直前までを書いていきます。
○INFINITI誕生のきっかけ
時は1985年。 バブル前夜であり、トヨタやホンダが北米に高級車ブランドを立ち上げ、更にトヨタが新世代の高級車を開発しているという情報をキャッチした日産は急遽高級車ブランドの立ち上げと対抗車の開発に着手します。 しかし、その成り立ちこそが長く長く続く低迷の原因の始まりでした。 まずはブランドのコンセプトを決めるにあたり、トヨタは入念なリサーチをし、当時のラグジュアリーカーのイメージであったキャデラック等の古臭い、老人が乗るような車というイメージを払拭した、機能的でドイツ車の高い走行性能と日本車の信頼性を極めて高い次元で両立させたプレミアムカーを揃えるというテーマにしたのに対し、日産は「トヨタは信頼性を売りにするつもりか....
せや、ウチは日本の伝統と品質の高さと技術力、スポーティーさを前面に売り出すで!」と思ったかは存じませんが、そういった感じに決まりました。 また、ブランドのロゴマークも、無限の彼方に開けた道と富士山を表しているという適当に決めた感が半端無い感じとなってしまいました。 ちなみに日本以外では富士山を表しているという部分は削除されています。
○LEXUS・INFINITI 北米 立ち上げ時の模様
そして1989年。 LEXUSはブランドを北米に立ち上げ、同時に2車種を販売します。 一つは日本で既にカムリ・プロミナントとして発売されていたLexus
ES、もう一つは8年という長い開発期間をかけ、徹底的に”高級車とは”を追求したLexus
LS、日本名、トヨタ・セルシオです。 一方の日産も同年にINFINITIを立ち上げ、LEXUS同様、2車種を発売します。 1つはトヨタと同じく、既に日本で発売されていたF31
レパードの姉妹車であるInfiniti
M30、もう一つはフラグシップであるQ45でした。しかし、このQ45、どうも何かズレている車でした。 まずはエクステリア。 高級車としては異例のグリルレスを採用し、バッジも唐草模様の七宝焼きを装着していましたが、個人的には申し訳ないのですが、ダミー人形にしか見えませんでした。 エクステリアはノーマル仕様はいたって普通の高級車でしたが、日本仕様ではKOKONインストというオプション仕様がありました。 これは、インストゥルメンタルパネルに漆を塗り、その上からチタンの粉を吹きかけ、更に金粉を蒔絵のようにまぶしたという物です。 また、当時の日産らしく、901運動の成果として、走りにも力を入れていました、というよりもそこに大きな力を注いだような印象を受けます。 しかし、最高級車に走りというファクターは、評価はされるものの、それが売り上げに繋がるかと言えばそうではありません。 例えば、現代でいうホンダ・レジェンドはホンダを代表する最高級車で、SH-AWDを搭載し走りを~というのが売りですが、日米共にセールスはあまりパッとはしません。この点、LSは走りというファクターだけでは無く、トータルバランスを重視し、また、”高級感”とは何かを徹底的に追求していました。
○発足後 (Gデビュー直前迄)
さて、日本の二大自動車ブランドがほぼ同時に高級車ブランドを立ち上げるという、いよいよ日本車もここまで来たかという感慨深い事態になりましたが、結果は既に勝負の前から付いているようなものでした。 準備万端のLEXUSは全米で高い評価を得て、着々と人気ブランドへの階段を上り始めます。 一方、付け焼き刃のINFINITIは、全くセールスもパッとせず、また、車種を追加しても、日本やヨーロッパで既に販売されている車種の装備をちょっと豪華にして売り出すという、とにかく売りだしとけばいいだろうという魂胆が見え見えの戦略を長い間取っていました。例えば、G20。 これは日本やヨーロッパではプリメーラとして発売されていた車種ですが、これの装備をちょっと豪華にして、北米ではINFINITIとして売り出していました。 また、日本ではセフィーロとして売られていたI30でしたが、北米では既に日産本体でマキシマという姉妹車が売られていたため、同一メーカー同士で競合関係となってしまっていました。(余談ですが、このI30、02モデルからは後のG35と同一のエンジンであるVQ35DEを搭載し、Gが出てからもしばらくは売られていました。) ので、他の日本の高級車ブランドには大きな遅れを取ってしまいました。
○次回予告
長年に渡り、日本でのバブル崩壊による日産本体の経営悪化による体力不足もあり、まともな車種を出せていなかったINFINITI。 もはやこのまま売り上げも知名度も無いまま迷走を続けていく…と思われていましたが、とあるフランス人が日産本体に来た事により、その運命は180度変わります。次回は、その転換点から現在迄を追っていきます。
参考元:
Infiniti Logo, Infiniti Car Symbol Meaning and History | Car Brand Names.com
http://www.car-brand-names.com/infiniti-logo/
インフィニティ (日産自動車) - Wikiwand
https://www.wikiwand.com/ja/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%8B%E3%83%86%E3%82%A3_(%E6%97%A5%E7%94%A3%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A)
インフィニティ・Q45 - Wikiwand
https://www.wikiwand.com/ja/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%8B%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BBQ45
北米市場とインフィニティ
http://www.asahi-net.or.jp/~vw6y-mk/v35/other/infiniti/infiniti_chanel.html
KOKONインスト~懐かしの珍・先進装備たち(7)|UF31×Y31×MR31|ブログ|みやこし|みんカラ - 車・自動車SNS(ブログ・パーツ・整備・燃費)
https://minkara.carview.co.jp/userid/118858/blog/191778/
無縁車 墓地群 その16 日産・インフィニティQ45
http://lz20b.blog.fc2.com/blog-entry-18.html
松下宏のCroooober名車図鑑・インフィニティQ45(G50型)車ニュース・特集記事 | 自動車・バイクの最新情報 | Croooober(クルーバー)
https://www.croooober.com/feature/2759138
日産・インフィニティQ45が残した実にくだらないモノ 『油売ってる場合なんですけど・・・』/ウェブリブログ
http://yamamoto-works.at.webry.info/201203/article_26.html
どうも、お久しぶりです。 前回の三連休から大分忙しくて、本来もっと早く上げるはずだった投稿が全く書けてない状態です...|
VQ35DE イリジュームプラグ考察② カテゴリ:その他(カテゴリ未設定) 2019/09/04 00:49:44 |
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