
リヤ・エンジン(RR)というレイアウトのクルマは、最近ではすっかりレアになってしまった。いまや市販されているのは、ポルシェ911だけではないだろうか。
しかし1950~60年代では、「RR」(リヤエンジン/リヤドライブ)は「FF」(フロントエンジン/フロントドライブ)と並んで、スペース・ユーティリティにも有利なレイアウトだと考えられ、VWの「カブトムシ」を始めとして多くの実用セダンがあった。わが国で「テントウムシ」と呼ばれた軽自動車スバル360もリヤ・エンジン車であり、べつにスポーツカー専用の方式ではなかったのだ。
ただし、パワフルなエンジンをリヤに積むと、テールヘビーでトラクションは掛かり、豪快な加速感が味わえるものの、アクセルの踏み方次第では、今度はリヤが滑り出すことにもなった。エンジン・パワーの設定やセッティングによっては、快感と不安が同居する。そんなメカが「RR」だったが、ポルシェ911がスポーツカーとして生き残れたのは、70年代以降のタイヤの急速な進歩があったからだといわれる。
そして、ポルシェほど太いタイヤを履けない普通のクルマでは、「FF」の優れた直進安定性や多様なユーティリティに「RR」は及ばないと判断され、80年代以降のクルマ世界では、リヤ・エンジン車が一般車用のシステムとして生き残ることはできなかった。
スズキは、初期のプロダクトである軽自動車のスズライトでは「FF」を採用していたが、フロンテ・シリーズになってから「RR」方式に転じた。そしてそこから、この流麗なデザインのクーペが生まれることになる。このクルマのドライビングポジションは恐ろしく低く、シートに座って地面に手が届くほどだった。(フロンテ・クーペの全高は1200ミリ)
このクルマのオリジナルは2シーターで、ドライバーの背中のすぐ後ろに、当時の軽規格で360ccのキャパながら、車重に対しては十分にパワフルだった3気筒ユニットが置かれていた。そして「911」は知らなくても、このクーペによって、テールが流れる(ドリフト)とはこういうことなのかと、多くのドライバーが知ることになった。
このクーペのデザインは、今日の目で見ても十分に通用するのではないか。70年代の日本クルマ界が生んだ、ミニ・スポーツの隠れた快作。それがこのフロンテ・クーペである。
(「カーセンサー」誌、1995年。「昭和名車伝」より加筆)
ブログ一覧 |
クルマ史探索file | 日記
Posted at
2015/05/22 09:33:59