2015年12月07日
【90's コラム】横置き6気筒
やはり「世界初」というのは、うかつには名乗れないようだ。クルマの歴史で真に革命的な発明というのは、ただひとつ「ロータリー・エンジン」だけであると、かつて読んだことがあるが、これでもわかるように、このクルマ世界のほとんどの「技術」は、実はムカシからあるという場合が多いからである。
たとえば、相当なハイメカニズムと思えるDOHCというエンジンの機構がある。しかし、これの誕生の時というのは、実はクルマの草創期である1912年だったりする。この年、フランス・グランプリに出走したルノーが、このメカを搭載していたというのだ。
これでもわかるように、19世紀末期に始まる自動車史とは、「新発明」の歴史というよりも、かつて発明されていたものをどう「効率化」してきたかという歴史なのかもしれない。この種の発明時期について、折口透さんの名著「自動車の世紀」にあたってみると、何と、スーパーチャージャー、独立懸架、オートマチック・トランスミッション(AT)、四輪駆動(4WD)、ターボチャージャー、エンジン横置きのFF――これらのすべてが、実は1905年よりも前に(!)出現していたという驚くべき事実を知ることになった。
さて、このように侮れない「世界初」という“称号”だが、これをめぐって、最近ひとつ小さな事件があった。「先般お送りしました資料中でこの表現を用いましたが、それを訂正致します」……こういうメールが、あるメーカー/インポーターから配られたのだ。その発信元は、ボルボ・カーズ・ジャパン。そして、その対象となった機種は、5月末に発表されたばかりの同社のフラッグシップカー、ボルボS80だった。
この新プレスティージカーは、850~S70系で採用している「FF横置き5気筒」をさらに発展させ、このS80では、ついに直列6気筒エンジンを横置きにして搭載した。ここまでやったクルマはほかにない、これはレアどころか世界初だ……と誰もが思ったに違いなく、同社もすかさず、S80のプレスリリースに、このエンジン搭載方法について「世界初」のシステムであると謳った。
ところが、これがそうではなかったのである。クルマに詳しいことでは人後に落ちない人々が多数棲息しているのがモーター・ジャーナリズムだが、さっそく、あるジャーナリストから間違いの指摘があったという。時は1972年のイギリス。まだブリティッシュ・レイランド=BLが元気だった頃に、上級モデルとしてモーリス2200/ウーズレー6という市販車があった。そして、これらのモデルが6気筒エンジンを横置きに搭載していたのだった。
こうして、プレスリリースの訂正という珍しい事態になったのだが、この件は、新ジャンルカーに挑んだボルボの意気込みが、ちょっと勇み足を生んだということか。ともあれ、ほとんどのものが過去にあったのがクルマというものの歴史。そのことをあらためて気づかせてくれた“事件”ではあった。
(「ワゴニスト」誌 1998年)
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90年代こんなコラムを | 日記
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2015/12/07 09:17:51
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