
いまにして思えば、「GT-R」とはちょっとフシギな市販車だった。まず、新スカイライン(R32)は、走りの面でもかなり充実したクルマとして仕上げられているが、そのシリーズ中での発展的な最高グレード……という作り方を、どうもGT-Rはされていない。つまり、あまりにも独自。あるいは、あまりにもコスト無視。一応「量産」の市販車としては、少しばかり翔びすぎている? それがGT-Rだった。
まず、駆動方式が並みのスカイラインと違いすぎる。それも、たとえばスタビリティ確保のためのフルタイム4WD採用とか、そういうありふれたものではない。あくまでも、後輪駆動のFR。それによって、クルマの運動性とドライバーの操作性を十分に確保しつつ、それに加えて、時に、四駆状態にもなるというシステムを開発。これを、たとえばスカイライン上級仕様バージョンの“ウリ”として新採用することなく(一車種、GTS-4があるが)あくまでGT-R専用のウルトラ・メカとして押し切ってしまう。
エンジンもそうだ。単にシリーズ最高峰でいいならツインターボ化するとか、そうしたもので十分に速いバージョンは作れるはず。また、スカイラインのシリーズ用のエンジンが「RB系」であるのなら、そのラインから選べばいい(2リッターと2・5リッターがある)とするのが“市販車の発想”というものであろう。しかし、GT-Rは、なぜか突然の2・6リッター・エンジンを敢然と積む。これはGT-Rだけのために出現した(?)フシギなパワーユニット。スカイライン系とは、いわば別立てで作られたのがGT-Rだ……。こう考えた方が、はるかにハナシが通るのである。
そして、グループAレースへ参戦後に投入された「GT-Rニスモ」という500台限定のいわゆるエボルーション・モデルでは、さらに興味深い“改良”が施されている。まず、セラミック・ターボという今日的な商品性を捨てて、タービンローターをわざわざ旧式のメタルに戻した。合わせて、出力特性を高速/高回転寄りにセットし、空力パーツを追加。さらには、フロントのバンパーに穴を開けておく。この両サイドの大きな穴は、たとえばフロントブレーキ付近へのフレッシュエアの供給には、きっと効果的であることだろう。
……エボルーション・モデルへの注視は、「GT-R」という存在についての意味とナゾを、少しずつ解くことになる。このクルマは「商品」ではなかったのだ、という現実である。もともと商品でないのなら、このモデルが抱えているさまざまなフシギも、もはや不可解ではなくなって来る。
視点を変えてみよう。世に「グループA」というレース・カテゴリーがある。年に5000台以上生産されていること、そういう条件を付けた、量産ツーリングカーをベースにしたクルマによるコンペティションだ。このレースの出場者、またメーカーは、どの市販モデルをグループA仕様のレーサーに仕立てれば、戦闘力を持てるか。それを考えつつ、そのメーカーのラインナップを探る……であろう。
BMWであれば3シリーズ、フォードならシエラ、メルセデスはW201系(190系)といった選択がなされ、然る後に、レースに向けてのモディファイが始まる。そして、レースに出るのだからという視点からの、スペシャル・バージョンがシリーズに追加されることがあるかもしれない。もちろんそれは、レースを闘うエントラント(出場者)側からのメーカーへの希望でもある。
M3は、わざと4気筒で、F2エンジンの血筋を引くエンジンを載せた仕様を設けた。メルセデスは2・5リッターの16バルブ・ユニットを作って載せ、ついでに車体にはどでかいリヤ・スポイラーを付けた。そして、シエラのRS500というのは、レーシングエンジン搭載といってもいい市販車である。
こうしたレギュレーション解釈ギリギリという「市販車」がいくつか生まれ、それらが「グループA」仕様の名のもとに、サーキットに戻ってゆく。そして、そういうスペシャル・バージョンを作っておかないと、グループAバトルで勝利を呼べない。そういうレース状況になっているのが今日でもある。
ただ、以上の3車にしても、はじめに市販車ありきで、そこからサーキットへ入っていった。そして、その中でのニーズに応えて“スペシャル化”が進んだというのが経緯であったと思う。いまでこそ、レースのための生産車という趣もあるが、一応は「市販車・改」としてグループAレースは行なわれている。そういう歴史を持つ。
ふたたび、世に「グループA」というレースがある、というテーマに戻る。ここに述べたようなその歴史を、極端に短縮する。もっと言えば、発想を逆にして組み立てる。どうせレースをやるんだから、そのニーズも少しは入れてクルマを作っておこうよ……というレベルを超える。もっと、踏み込む。
──グループAレースで「最強」たり得るマシンを、まずイメージする。基本メカニズムや搭載パワーユニットなど、クルマの根幹のところから、その「最強」を構想する。そのために「開発」が必要なら、もちろん、それを行なうし、ブツやメカは新たに作り出す。なにせ「チューナー」ではなく「メーカー」なのだから、その気になれば何でも作れる。その立場を、フル活用する。
(つづく) ── data by dr. shinji hayashi
(「スコラ」誌 1992年 コンペティションカー・シリーズより加筆修整)
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2016/03/01 16:27:49