
トシオとタエ子がクルマに乗る際に、トシオは何故、まずトランクやリヤゲートを開けて、タエ子の荷物を収めることをしなかったか。それは言うまでもなく、このクルマ(R-2)がリヤエンジン車だからである。車体の後部は“ボンネット”というかエンジンルームで、トランクやカーゴ・スペースではない。
また、迎えた人(VIP)をクルマに乗せるのに、何故、助手席側のドアを開けて、タエ子を先に乗せなかったか。キーレス・エントリーとかドアロックの一括オン・オフとか、そんなワザはカゲもカタチもなかった時代。ドライバーがまず運転席に乗り込んで、室内側から助手席のドアロックを外す。これはクルマを使う際の割りと一般的な習慣だった。
……ああ、それにしても「R-2」とは! この場面にこのモデルが登場したことで、観客は、この映画とその登場人物について、かなりの情報を手に入れられる。そのくらいに、このクルマは「雄弁」だ。
まず、この物語の「現在」が1983年であることは、既に確認できている。そうであるなら、トシオはかなり“物持ち”のいい青年ということになる。スバルの「R-2」は1969年のデビューだが、1972~73年にはモデルとしての生涯を終えていた。つまり、トシオが乗ってきたのは、10年以上前に作られた軽自動車だった。(小さなサイズで白色の軽乗用車用ナンバーが付いている)
オヤジのクルマは借りられなかったので……と言ったトシオだったが、もし、タエ子を“普通のクルマ”で迎えに来たかったのなら、父親以外の誰かからクルマを借りることもできただろう。トシオは、気に入っている「スバルR-2」で、タエ子を迎えに行きたかった。
タエ子はクルマには詳しくないだろうが、それでも、トシオが乗ってきたクルマが新車状態でないことはわかったはずだ。そして、自分の送迎のために、何かリッパなクルマを手配していたとか、そういうことでもなかった。きっとこの人は、いつもの等身大の「トシオ」のまま、いま、ここにいる。そんなことも、タエ子は直感したのではないか。
たとえばの話だが、この時トシオが、同じスバルの軽自動車でも「名車」の誉れ高い、あの「スバル360」(テントウムシ)で迎えに来たらどうだっただろうか? そして(これは少し後のシーンでわかることだが)その「名車」で走りながら、自分は有機農業をやるんです!と熱く語ったりしたら?
しかし、そうした展開を見せた途端に、物語はかなり“重く”なると思う。何より「名車360」は造形的なアピール度が強烈なので、画面に登場するだけで観客の視線を奪う。たしかに単独でも「絵」になるカッコいいクルマではあるのだが、それはコンセプトでも造形でも主張性がきわめて高いということ。そうした“過剰なまでの個性”は、物語世界の成立にはむしろ邪魔になるのではないか。
トシオが「さり気ないクルマ」(R-2)で迎えに来て、そして、何も言わずにタエ子がそれに乗り込んだ。この一連のシーンは、この映画全体のモード、そしてトシオとタエ子の関係性を一気に明らかにする。映画でのクルマはこのくらいに「雄弁」で、そのことを制作者側はよく知っていた。この作品における「1983年時点でのスバルR-2」は、小道具としてもシナリオとしても、これ以上はない絶妙の車種選択であった。
ちなみに、1958年に登場したスバル初の軽自動車「360」(愛称テントウムシ)だが、これは航空技術者が精魂込めて作った意欲的かつ歴史的な「名作」で、自動車博物館にはよく似合う。ただ、決して「実用性」が高いクルマではなかったはずで、たとえばトランク・スペースはこのクルマには存在しなかった。
スバルの名車「360」は、一般大衆が日常的に使うクルマとしては、やっぱりちょっと前衛的でありすぎたのだ。そしてスバルもまた、そのような評価と判断を行ない、ゆえに直系後継車としての「R-2」(リヤエンジン車のセカンド・ジェネレーションという意味のはず)は、敢えて「平凡」に仕立てる作戦を採ったと見る。
地上の航空機のような「360」から一転して、「R-2」の車体ではスクエアな造形を採用、室内空間も稼いだ。また、フロントにはトランクも設定した。ただし、メカとしての「360」には自信があったから、「R-2」でもそのまま適用した。これがスバルR-2のコンセプトだったのではないか。
ただ、「平凡」ではあったが、「R-2」のデザインはとても良くまとまっていたと思う。リヤエンジン車なのでフロントにラジエター・グリルを設ける必要がなく、結果として余計なものがない「顔」は、とても穏和な印象になる。その無表情さが牧歌的な雰囲気を醸し出し、日本の農村の景色にも静かに溶け込む。
(映画の中の「R-2」は、車種を特定したくなかったのか、実車のフルコピーではなく、フロントのノーズ部分にあるバッジがおそらく意図的に外されている。ただ、それによって、フロントマスクのホノボノ感はいっそう増したと思う。……ということなので、この作品でのトシオのクルマは、スバルR-2の雰囲気をたっぷり湛えた小さなクルマ、カテゴリーはおそらく軽自動車。これが映画としての正しい見方であるかもしれない)
さて、映画に戻ろう。二人はR-2の車内に収まり、そして、トシオがエンジンを掛ける。すると車内に民族音楽風の音が流れ出し、トシオは慌てて、カセットデッキのボリュームを絞った。「あっ、つけでおいていいですか」と許可を求めるトシオ。たぶん彼は、スバルで走っている時は、いつもこの音楽を聴いているのだろう。
そして、さあ出発!という段になって、トシオは発進でエンストさせてしまう(AT車ではない)。いつもと違って他人を乗せていて、そして乱暴な発進だけは避けようと、アクセルを踏むのを遠慮しすぎたのか。
未明の街を、ヘッドライトを点けたスバルR-2が走る。その車内で、タエ子が質問する。
「珍しい音楽ですね」
「ハンガリーの、ムジカーシュっていう5人組」
「詳しいんですか?」
「ちょっとね。百姓の音楽、好きなんです。俺、百姓だから」
そしてトシオは、訊かれてないことまで喋り始めた。
「去年、稲刈りのあと、本家で酒盛りやったでしょう」
「あっ、ああ……」
「あんとき、若い連中がドヤドヤって顔出したでしょう。……覚えてないかな。実は若い娘が東京から来たっていうから、覗きに行ったんですよ。俺、その中の一人、へへへ(笑)」
そんなトシオは、脇道からトラックが出て来たのに気づかず、驚いたタエ子が悲鳴をあげた。慌てて、ステアリング操作でトラックを避ける青年。スタート時のエンストといい、そしてこのトラックの件といい、トシオは助手席にタエ子を乗せたことで、自分では気づかぬまま、明らかに少しハイになっている。
(つづく)
◆今回の名セリフ
* 「百姓の音楽、好きなんです。俺、百姓だから」(トシオ)
* 「……覚えてないかな。実は若い娘が東京から来たっていうから、覗きに行ったんですよ。俺、その中の一人、へへへ(笑)」(トシオ)
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クルマから映画を見る | 日記
Posted at
2016/08/29 05:13:56