
ホンダのインテグラに、「タイプR」という物凄いバージョンが加わった。この仕様に投入された熱意とコンペティティブ(戦闘的)なスピリット、また細部へのこだわりとその凝り方、テンションの高さは、ひょっとすると、あのスカイラインGT-Rをしのぐのではないか。
そのテンションの例は、たとえば「チタン削りだし」のシフトノブである。こんなこと、GT-Rでもやってない。ただホンダとしては、既にNSX-Rでやってたことであり、インテグラでも「R」を名乗るなら当たり前だぜ……ということであろうか。
そのノブには、上部に1~5速のゲート図があるが、これが実は「手彫り」。そのために、このノブは一日に16セットしかできない。一方で、エンジンは一日に「25基」作れるため──いや、25基しか作れないというべきだが、それとの「数合わせ」で、シフトノブ「手彫り」の担当者は残業を余儀なくされているとか。
その「25基」しか作れないエンジンは「B18C96スペックR」という。このエンジンのために、60品のパーツを新作。そのチューンの白眉は、吸気ポートを流れる空気の速度を上げるために、ポート内を研磨していること。その仕事は、まったくの手作業で行なわれる。
このエンジンは鈴鹿工場で組むが、そこで、この「ポート研磨」の技術を持つ2輪レースの経験者を選抜。しかし彼らをもってしても、1基の研磨には20分を要す。つまり8時間仕事をしても、エンジンは24~25基の生産が限度ということ。「タイプR」用エンジンの生産台数を決めているのが、実はこれだった。さらには、コンロッドを組む際のボルト締めも手作業であるという。
こういうことをして、ナニをしたかったのかというと、リッターあたりの出力で国内最高の地位を三菱のMIVECから奪回するため。その野望は達成されて、結果としてリッターあたり出力が111ps、つまり1.8リッターで200psの「スペックR」ユニットが出現した。
そうしたモロモロのことで仮に生産台数に制限が生じても、あくまで“やりきる”! 「タイプR」である以上は、NSXでもインテグラでも、同じスピリットとノウハウをぶち込む。これがメーカーとしてのスタンスのようで、もちろんベース車との価格の違いは生じるが、そうであってもこのクルマは3ドアで222.8万円である。(エアコンはレスの価格ではあるが)
このエンジン、5500回転から踏み込むと、ほとんどサーキット的な排気音とともに、グワーッという凄まじいトルクを吐き出す。むろんVTECで、8000回転までラクに吹け切る。それを受けるシャシーは、フレームの前端と後端などにパフォーマンスロッドを追加して、ストラットタワーバーはアルミ製。車高は15mm下げられ、ステアリングのギヤ比は15.7へ。ステアリングホイールそのものも、小径のMOMOとなった……と、この手のことを書いていたらキリがないのだが、つまりはエンジン以外でも“やりきる”姿勢は貫かれている。
さて、このタイプRの走りだが、それは「速い!」のひとことに尽きる。ただ、そこに深みのある安定性が付加されているのが特徴で、これは、北海道にある同社の高速で複雑な「G」がかかるテストコースでの走り込みが効果をあげていよう。(このコースよりももっと速度が遅い)一般的なワインディング路では、この足はキャパが余っており、多くの“280psカー”のように出力がありすぎないことが公道レベルでの楽しさを生んでもいる。
では、このような極限のスポーツ仕様を普通に乗ったらどうか。これは意外にも、そんなに悪くない。快適性はあえて無視したというのがメーカーの説明だったが、まずエンジンは5000回転以下なら、その音も一応平和である(ここから上は前述のように相当うるさい)。そして、3000回転以下でも実用走行に必要なトルクは出ており、1.6リッターの初期VTEC時代のような(街なかでの)辛さも少ない。
乗り心地にしても、たしかにハード・サスだが、ロールをさせて曲がるようにというのが最近のホンダ車の傾向で、低中速域でもそんなにガチガチではない。同乗者にとっても、これなら許容範囲ではないか。
室内もクーペ形状ながらドライバーの頭上(天井)は高く、前席での窮屈感はない。見かけほどには、居住性はイジメられていない。シートもレカロ製で、腰部のサポートががっしりしていて良い。
このインテグラというモデルは、ノーマルのSiRでも、レーシングカートのように曲がる、知られざるスポーツ車であった。そして「タイプR」をNSX以外でも作ろうというときに、このモデルが選ばれた。その選択は納得できるし、そして、その資質を十分に活かした仕様になっている。インテグラというモデルの全体もいま一度注目されそうな、そんな強烈バージョンの追加だ。
(JAF出版「オートルート」誌1996年より、加筆修整)
Posted at 2015/10/15 05:25:30 | |
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