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2014年12月26日 イイね!

第24章 銀のスプーン その2

第24章 銀のスプーン その2 ~『最速GT-R物語』 史上最強のハコを作った男たち(双葉社・1996年)より

ダーク・ショイスマンが、ふたたびコースインした。タイムアタックに入って5周目の走行である。それまでの4周と同じような時間が過ぎてゆく。三人が持っているデジタルウォッチの「分」のところが「7」になり、さらに「秒」が刻まれた。そしてスタッフの耳に、GT-Rのエキゾーストノートが響いた。

渡邉は止まった時計を見た。「7」は「7」のままだった。萩原と川上が、渡邉に時計を示した。三つのストップウォッチのすべてが表示していたのは「7分58秒台」の数字だった。……「切ったよね」「切れたね!」

市販の量産車としては、おそらく空前にして絶後(注1)であろう「8分以下」というタイムで、新しいR33のGT-Rは、いま「ニュル」を駆けた。

渡邉がまず思ったのは、(これで言い訳しないで済むな……)ということだった。タイムを約束させられたプロジェクトを、その予定通りにスタッフはクリアした。そして次の瞬間、渡邉は「よし、これで『銀のスプーン』だ!」と、みんなに聞こえるように言った。

幸せな子どもの誕生のことを、まるで銀のスプーンを咥えて生まれてきたようだと例えることがある。R33GT-Rという“新生児”に、このとき渡邉は、親として銀色に輝くスプーンをプレゼントできたと思ったのだ。

(おまえは明らかに、そしてはるかに、R32より速くて高性能だ)
(そのことを確実に示す、この「7分58秒台」と一緒に、おまえは世に出ていく)
(そしておまえはN1レースでデビューウィンして、さらに、ル・マン24時間レースにも出場するのだ)……

新GT-Rのテストは、5周で終わった。それ以上走る必要はなかった。この「ニュル・テスト」の目的はただひとつ、「タイム」だったからだ。

日本へ帰れば、新車発売前の三ヵ月に集中する、たくさんの主管としての仕事が待っている。そうだ、カタログは作り直させなければいけないし、広報資料のコピーについては全面的なチェックが要る。

何より、まだ村山工場での生産が生産試作の段階であり、最終的な「立ち上がり」の確認には至っていない。村山とのツメをやっている主担の吉川正敏からは、「ニュル」にいる渡邉を追っての電話連絡が入り、ちょっとやり合うような場面すらあったのだ。

「ニュル7分台」というのは渡邉にとって、R33GT-Rを作る仕事にとっての単なる通過点でしかない。そう気を引き締めていた渡邉が、ふと振り返ると、加藤が全速で渡邉に向かって走って来るのが見えた。(何だ、ヒロヨシ、どうしたんだ?)加藤の手には大きな瓶があった。それは、いつの間にか抜かれていたシャンパンだった。さらに川上も加わって、加藤と同じことをしようとしている。

「ニュル」のパドックを逃げ回るR33GT-Rの主管・渡邉衡三に、スタッフからのシャンペン・シャワーが浴びせられた。防寒服がシャンペンだらけになった渡邉の顔が、思いっきりクシャクシャになった。1994年の9月、ヨーロッパの秋は深く、空気の冷たさが肌を刺した。スカイラインR33GT-Rのデビュー前、“最後の秋”だった。

(もう、少しだ……)渡邉はこう自らに鞭打って、スタッフより一足早く、来た時と同じようにひとりで、日本への帰途についた。渡邉衡三が主管として全責任を負うスカイラインR33GT-Rが世に出るのは、1995年が明けたらすぐなのだ。

(第24章・了) ──文中敬称略

○注1:空前にして絶後
競争と競走を好むクルマ世界の辞書に、やはり“絶後”という語はなかった。R33GT-Rの“空前”のアタックから約20年後の今日、「8分以下」というのは「FF車」のターゲット・タイムになっている。その“ニュルFF選手権”では、ルノー・メガーヌRSが「7分54秒36」を記録して現時点での王座にいる。このタイムに、わが国からはホンダ(シビック)とニッサン(パルサー)が挑む準備をしているようだ。

一方、スカイラインという“くびき”が取れてV6エンジンとなった「ニッサンGT-R」は、2007年の登場以後、着実にその性能を上げ、「ニュル」のターゲット・タイムも「7分10秒を切る」というところにまで達している。そして2013年、ニスモ仕様のGT-Rは、ミハエル・クルム選手のドライブで「7分08秒679」というタイムを刻んだ。約20年という月日は、GT-Rとニュルブルクリンク・オールド(北)コースとのコンタクト時間を、およそ「50秒」短縮したことになる。
2014年12月26日 イイね!

第24章 銀のスプーン その1

第24章 銀のスプーン その1 ~『最速GT-R物語』 史上最強のハコを作った男たち(双葉社・1996年)より

ニュルブルクリンクのオールドコースは、多くのサーキットのように、コース内のピットの前をクルマが全速で駆け抜けていく……というようには作られていない。まずゲートで一旦止まり、係員に走行フィーを払うと、コースを走行する権利を得られる。そこからコースインし一周して帰ってくると、クルマは一旦コース外へ出されてしまう。もし、もう一周したければ、ふたたびゲートを通って同じことを繰り返すことになる。

したがって、一周のラップタイムというのをどう設定するかという問題が生じる。まず、コースへの入り口を通り抜けて、いったん停止。そこからスタンディング・スタートでコースへ出ていく時に、ストップウォッチを押す。クルマがコースを一周し、ブリヂストンのガレージ付近まで戻って来て、その前に立っているポールを通過した時に、もう一度ストップウォッチを押す。「ニュル」のタイムを計るという時にニッサンが採っている方法は、このようなものである。

栃木・実験部による新GT-R「ニュル・テスト」に、主管の渡邉衡三が合流して、三日目の朝だった。コースを一周してスタッフの待つピットまで戻って来た加藤博義が「いけるんじゃないか」と言った。それは評価担当として、クルマを最終的に確認したことのほかに、コースの状況や路面などをチェックしての報告だった。一週間以上続いていた雨と霧が、この朝だけは消えていた。

「ニュル」を知り尽くしたレーシングドライバー、ダーク・ショイスマンがR33GT-Rの最終プロトタイプに乗り込んだ。厳密にいえば、これはまだ未発表のクルマだったが、この時は何のカムフラージュもしていなかった。ショイスマンのR33GT-Rは、いつもと同じように、入り口のゲートをグリーンフラッグ代わりにしてコース内へ姿を消した。

「8分2~3秒まで行けるのなら、8分だって切れるだろう。この3秒の違いが作るメッセージ性を考えてみろ」……。これが商品本部長・三坂泰彦の、GT-Rスタッフへの“贈る言葉”だった。このまったく非・エンジニアリング的な“翔んだ発想”は、渡邉衡三だけでなく、栃木・実験部の萩原裕をも驚かせたが、しかし反発のようなものは不思議になかった。なるほど(商品とは)そういうものかもしれないと萩原も思った。

ただこれは、旧型のR32GT-Rが記録したタイムと比べると、20秒以上をツメろということである。「ニュル」のコース長が約20km。……ということは「要するに、キロあたり1秒縮めろってことですよ」と、加藤博義はちょっと呆れ気味の表情とともに、テスト屋としての意見を語ったことがあった。そう、三坂のこの「オーダー」というのは、ひょっとしたらリアリティを欠いたものかもしれないのだ。

ブラッセルの欧州ニッサンのオフィスから運んであったスタッフ用の防寒服をありがたく借用しながら、渡邉はショイスマンが帰ってくるのを待った。6分、7分、7分30秒と時が過ぎていく。ピットのスタッフにとっては、この時はただ待つことだけが仕事となる。

「RB26DETT」のエキゾーストノートが聞こえてきて、それが少しずつ大きくなった。1周目、新GT-Rのタイムは「8分5秒」だった。

これは、スタッフの願望にはまだ届いていない。でも、まずは歴代スカイラインGT-Rとしての最速のタイムである。この時点で、すでにR32と比べて「15秒」速いことになる。スタッフが取り組んだ、R32からR33へのさまざまなディベロプメントの方向性の確かさと、その達成のほどは、ここに証明された。

R32のGT-Rより明らかに速い、新しいGT-Rが、いま「ニュル」を走っている……!

「ニュル」のパドックで、この時にストップウォッチを持っていたのは、渡邉衡三、萩原裕、そして川上慎吾の三人だった。ショイスマンが乗る新GT-Rの周回が終わるたびに、三人はそれぞれの数字を見せ合った。

2周目、3周目、R33GT-Rのタイムが少しずつ縮まっていく。「00」つまり「8分0秒」を挟んで、3人のストップウォッチのデジタル数字が接近しはじめた。「ひとりだけ、いつもちょっと速い(タイムを示す)のがいた。誰とは、言いませんけどね(笑)」。渡邉はこの時のことを、こう振り返る。

雨と霧、そしてガードレールの工事中。「ニュル」はいつもの「ニュル」ではなかった。そういう条件の中でも、今度のGT-Rは「8分の一桁台」の、それも前半で、確実に「ニュル」を周回できた。帰国して、こういう報告をすることになっても、それはそれでいいんじゃないか……。渡邉は一瞬、こんなことも考えたという。

(つづく) ──文中敬称略
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「【 20世紀 J-Car select 】vol.14 スカイラインGT S-54 http://cvw.jp/b/2106389/39179052/
何シテル?   01/15 10:59
家村浩明です、どうぞよろしく。 クルマとその世界への関心から、いろいろ文章を書いてきました。 「クルマは多面体の鏡である」なんて、最初の本の前書きに...
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