
その1 これは「峠」だな!……
ささやかながら、実は私にも「ニュル体験」がある。あのニュルブルクリンク、そのオールド・コースである。ここは近年は「北コース」と呼ばれることが多いようだが、このコースに初めて乗り入れた時の記憶は、いまも鮮やかだ。
取りあえずコースインして、ソロソロと走りはじめる。すぐに気づくのは、コースが恐ろしく「狭い」こと。コース幅は、ほとんどクルマ二台分であり、仮にファースト・インプレションを言葉にするなら、(え!? ほんとかよ。ここを“サーキット”として走るのかよ?)……であった。
この北コースの「狭さ」については、こんな話も聞いた。ここでレースをして、そしてイエローフラッグなどオフィシャルの指示に従わないドライバーがいた場合には、ガードレールの外からオフィシャルが、手にした棒で、そのクルマのルーフを叩くというのだ。これはまあ、よくできたジョークかもしれないが、しかし、ガードレールはほんとにコースのすぐ脇にあり、いわゆるランオフエリアも基本的にないので、これがウソとも思えないのだ。
そして、その「狭さ」をさらに強調するのが「見えない」ことである。北コースのコーナーはすべてブラインドであると言って過言ではなく、曲がった先がどうなっているかは、実際に曲がってみないとわからない。また、普通「ブラインド」というと、右か左かどっちに行っているのかわからないということだが、「北コース」ではこれに「上下」のブラインドというのが加わる。
そういえば、そもそもこのコースには、平らなところがほとんどないという印象だ。どこでもいつでも、上ったり下ったり……という状況であり、“道”が上りの場合には、頂上から先がどうなっているのかは見えない。そして下りにしても、その先には「左右」のブラインドが待っているから、「見えない」ということでは事情はさして変わらない。さらに、コースの半分は森の中という感じで、これについてはある英人ドライバーが「グリーン・ヘル」(緑の地獄)と言ったそうだが、たしかに、いやでも目に入ってくる木々の緑が、視界を遮るように、不慣れなドライバーに襲いかかってくる。
気が弱くて、ついでに余計な想像力がある私は(笑)、これはうっかり走ってはいけない“道”だと、すぐに思った。何しろ、コースから少しでもハミ出したら、即、ガードレールの餌食になるはずだからだ。ゆえに、慣れるまでは何もせず、アクセル踏むのは、ある程度コースを知ってからにしよう……と思ったものの、このコースは一周の長さが20キロ以上。そして、コーナーの数は170を超えるといわれる。アクセルを踏めるまでには、いったい何年かかるのか。
そんな状態なので、トロトロとコースを辿っていくしかないのだが、そんな“走り”をしていても、もちろん誰も咎めない。逆に、そんな“走り”しかできない素人ドライバー(たとえば私)に、こんなコースを走らせていいのか? そんな疑問さえ浮かぶが、しかしここは、実は走行フィーさえ払えば、誰でも走っていい単なる“有料道路”。フィーを払う入り口でのライセンス・チェックなどもなく、係員に「ヘイ、行きな」と手で合図されるだけだ。
そして、その「誰でも走れる」は徹底していて、車両でいえば、二輪から観光バスまで、何でもアリである。F1ドライバーでさえ敬遠してボイコットしたという(だから「GPコース」が造られたのだが)このコースを、本当に、どんなクルマであっても走行することができる。
このコースで、そんなことをしていたら危ないだろう!?……という意見がありそうだが、しかし、自分自身で、この北コースで“素人走り”をしてみて、苦笑とともに、実感した。遅く走っている限りでは、ここでは何も起きない、と。ウワサの“ジャンピング・スポット”にしても、そういうドラマチックなことが起こるのは、ある程度以上に速く走っているクルマだけ。トロトロ走っている限り、いつでもどこでも、四つの車輪は地面にくっついている。
そして、そうやって、やむなくゆっくり走っているうちに、少しモノゴトも見えてきた。……というか、速く走ってないからヒマであり(笑)いろんなことが頭に浮かんだ。そうして思ったことのひとつ、それは「ここは日本語では『峠』というなあ!」だった。そう、ここをサーキットだと思うから、いろいろと“文化摩擦”も生じる。そうじゃなくて「峠」と見なせば、ブラインド・コーナーも当然だし、激しいアップダウンにしても、そもそも「峠」とは山越えのための道だ。
そうなると妄想はふくらみ(笑)、あのH山の、何本かある山岳ワインディング路を全部つないで、さらには裏道の見通しの悪いところも加えて、ついでに、近くのFサーキットの長いストレートを付け足して、一本の道にする。そして、その道からセンターラインを取っ払い、各コーナーにゼブラを施して、さあ、全開で行っていいよ! それが「ニュル」なんじゃないか!? こんな《if》まで浮かんでいた。
こうして何とかラストの直線までたどり着いたが、しかし、哀れなビギナー・ドライバーはもうヘトヘトであり(笑)、ストレートでも何台ものクルマに追い越された。そのまま、何とか私は「ニュル北コース」初体験を終えたのであった。
(タイトルフォトは、ニュル北コースの入り口)
Posted at 2015/01/23 15:44:27 | |
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