
お仕事の帰り、デパートで化粧品を買いました。
支払いをして商品を受け取ろうとすると美容部員さんがその紙袋をさっと引っ込め、わたしにこう言うのです。
「ところでお客さま。洗顔の後、お肌に何か残ってる感じはしませんか?」
「いいえ。何も。それ渡してください」と紙袋を奪い取ってお店を出ようとすると、そこにはさらに3人の美容部員さんがガッチリとスクラムを組み兵隊のような歩調でズンズン迫ってくるのです。
「お客さまあ?洗顔の後、何か、こう、あれ?この感触ってなんだろなあ?・・んー何か、まだ、んー何かしらお肌に・・」
そのスクラムに真正面から「何かじゃわからん」と3歩詰め寄ると、美容部員たちはスクラムを組んだまま3歩引いたのですが、再び3歩ずんずん攻めてきて今度はわたしが3歩下がり、この行ったり来たりの攻防が繰り返されました。
「アレがほしいんでしょ?」
「アレじゃわからん」
「相談しましょっ」
「そーしましょっ」
ひそひそひそ
「お客さまはフェイシャルトリートメントがほっしいんでしょ!」
「持ってますぅ あっかんべえ 勝ーってうれしい花いちもんめ」
「負けーてくやしい!花いちもんめっ」
何度もデパートの1階で力強く押したり引いたりの攻防でついに勝利したわたしは地下鉄の駅に向かいました。
今日も疲れたなあ。
電車の中ではみんながスマホに目を落とし、駅に着けばホームからの階段をやはりうつむいてみんなが同じ方向へ昇って行きます。
まるでピラミッドをつくる奴隷の集団です。
買い物をしてから1時間も経ってました。
いつものように構内のカフェに立ち寄ってアイスコーヒーを飲んでから改札をくぐろうとしたとき、反対に改札から構内に入ってくる女性がいました。
夏なのに真っ白なロングコートを着て、大きな帽子を被り、サングラスをかけた美しい女性でした。
早足で歩いてきた彼女は、すれ違うわたしの肩にぶつかりそうになり、それをかわそうとするわたしの腕を強くつかんできたのです。
そして引き寄せられ、顔を近づけてわたしに囁いたのです。
「あなた。洗顔の後、何か残ってるような気がしないの?」
いやいや こわいからこわいから
「しますします! 買います買います!」
「勝ててうれしいわ。花、いちもんめ」
相変わらず東京の若い女の子たちは電車の中で化粧をする。
走る電車の中で器用にリップラインも引かずに口紅をきれいに塗る。
急にガタンと揺れた拍子に鼻の穴にズボッと口紅が入り、引き抜こうとしたら、はかなくポキっと折れてしまい、あわてて指で出そうとしたらどんどん鼻の奥へ入っていったりしないのかなあ、と思うが、揺れた途端にさっと唇から離して、また何事もなく化粧を続ける。
わたしは化粧は15分くらいでできてしまうのだけど、出来上がった顔は昔の顔と変わり映えしない。
よっぽど流行やおしゃれに敏感な人以外、女性の化粧はその人の青春時代の最盛期にやってたメイクから離れることができないからだ。
ブログのタイトル画像でもわかるけど、わたしはアイラインは目尻から黒目の中心までしか引かない。
それは20歳の頃に見た雑誌のメイク講座のまま今も変わらないのだ。
お仕事のとき以外、OFFの日は、ほとんどメイクはしない。
恋人と会うのも昔からわたしはいつもすっぴんだった。
わたしにとってメイクとは、男性のためにするのでも、誰かにキレイと言われたくてするのでもなく、戦闘に向かう覚悟のためにするものなんだ。
だから、「ほんわか愛されメイク」みたいな
バカっぽい可愛らしいものではなく、いつも鋭く眉も目尻も吊り上げる。
毎日毎日、たくさんの敵の中で、海千山千の大人たちとの切った張ったの交渉に分刻みで立ち向かう。
素顔を隠して、そういうメイクで切り込んでいかないと、わたしだってこわくて、不安でやってけないんだよ。
テーブルを挟んで斜め45度の角度で対峙するわたしは、こわい女だと言われてるんだと思うよ。
靴を履くとき、この玄関の扉を開けたら数千の矢がわたしに向かって飛んできそうな錯覚に陥ることがある。
気を抜けば泣いちゃいそうになるけれど、鋭く描いたメイクがわたしにそれを許さないんだ。
そんなことも知らない若い男の子が、今日の口紅かわいい色ですね、なんてふざけたことを言ってくる。
「君はいったい誰に向かって・・」
そのときである。
「たまにはかわいいオレンジ系のリップをつけてみたいと思うこと、ない?」
いつの間にかすぐ後ろにあの白いコートの女が!
「はい!かわいいの大好きです!マシュマロメイクでお願いします!」
Posted at 2025/07/16 00:47:39 | |
トラックバック(0) | 日記