2014年12月12日
ここのところオークションサイトで、中古のV70のパーツを買いまくっています。
なぜって・・・・
もちろんウッド調パネルを作るためです。
別にそのままでも良いと家族から言われているのですが、ステレオ、シフトコンソール、エアコン吹き出し口を既に購入済み。
夜な夜な工作に精を出す日々です。
熱が入ってついつい睡眠時間を削りがち、ブログもサボっています。
オールナット仕上げで仕上げるぞー
といったところで今日も、資材の切り出しです。
バッカじゃなかろか・・・
Posted at 2014/12/12 23:08:43 | |
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2014年12月12日
私は、トヨタカローラのマニアです。
昔のカーグラには、オーソドックスというよりは、古典のメカニズムに温かみを感じるデザインで価格だけが取り柄の80点主義の車と書かれていました。
私は、その一文を読んだ時には、非常に腹立たしく思いました。
リアルタイムではなかったので、もう自分自身は、免許を持っていました。
カーグラファンだった私は、あまりに独善的な文書に呆れてしまいました。
この頃の世界を見ても、このサイズの車は、FRが標準でフォードエスコート、オペルアスコナ、など
FFを採用していたのは、ミニ、シトロエン、などで今でもそうですが異端児です。
ましてや戦後20年未満の敗戦国が、壊滅的だった自動車産業を勃興するのにそんな新奇な技術を導入できるでしょうか?
後にライバルとなるサニーなどは、フロントサスが横置きのリーフによるダブルウイッシュボーンであることを考えれば、マクファーソンストラットというのは、十分に世界時流の設計じゃなかったかと思います。
初代のトヨタカローラは、初期のモデルには、コラムシフトや、フロアシフトの二速オートマなども用意されていましたが、スポーティなイメージのフロアシフト4速が目玉となりました。
その頃車といえば、コラムシフトが当たり前の時代ですから、充分画期的です。
ただ、今見ると、恐ろしく長いシフトレバーで笑っちゃいますけど一般には、充分新しく見えたことと思われます
最初に触れたカローラは、小学生の時のKE20デラックスです。
これは、叔父の車で、2ドアでした。
この時は、我が家は貧乏のどん底で、自家用車は、ホンダZと日産3,5トンでした。
この時、叔父は普通のサラリーマンで、このカローラは、会社の車だったのですが、ホンダを見慣れた目には、充分豪華に映る内容でした。
後日カローラの主査で有名な長谷川主査の本を読みましたが、カローラの手に触れる部分については、当時のクラウンと同じ材質を使って高級感を演出していたと書いてありました。
また、トヨタは、既にパブリカシリーズを設計する段階でFFを検討していたそうですが、これらより先に発表されていたSA型の等速ジョイントの失敗を省みて、当時の工作水準では、等速ジョイントの量産は、出来ないとトヨタ内では、判断され、FFは、初代のターセル、コルサまで量産にはなりませんでした。
このターセル、コルサも縦置きエンジンのFFで、トルクステアに対して非常に神経を使った、実に一般ユーザーのハンドル保持力の変化に気を使った安全性を重視した手堅い設計をしていたと思います。
しかし、この後は、AL20で縦置きの時代は、終わりを告げ、普通の横置き方式となってしまいます。
私見ですが、トヨタの技術史上この初代のAL10は、もっと注目を浴びてもいいと思うのですが、余りに地味で、スポーティではないので、生き残っている車は、この十年ほど見たことがありません。
だいぶ横道にそれてしまいましたが、自分でも免許を取り、中古車屋の手伝いに行ってる頃、そこの従業員が、KE10の一番初期のプレスグリルの実走4万キロの4ドアーを持っていて、よく客の車の引き取りに行く時、運転させてもらいました。
この人もかなりオリジナル性を重視していたのですが、この頃のシート地が、紫外線に弱く、ほかの程度は、抜群なのにシートの上っ面が、ボロボロになってしまい、マイナーチェンジ後のカローラSLのツードアーから、ハイバックシートを全席二つ入れ替えてました。
この頃車検の問題でヘッドレストのないクルマは、車検合格できなかったので、それの対策も兼ねていたとは、思われますが、オーナー氏曰く
「オリジナルシートなら、フルフラットになるんだぜ!」
と言っていたのが思い出されます。
この時点で乗ってみても経過年数十数年でしたが、街の中で乗るには不満のないクルマでした。
次がKE50のオートマチックです。
排ガス対策で1200から、1300になった車でしたが、タダの二速オートマでカローラの車重では、
同じエンジン、ミッションを積んでいるKP61も同じところにあったので、KPの方がはるかにマシでした。
乗り心地は、リアが固定軸だったので轍に弱い車だったように記憶しています。
しかしこの時代でもさすがトヨタです。
DOHCの灯火は消えておらず、2TGを積んだトレノ/レビンがあって、スポーツ好きの若者には、大人気でした。
かくいう私も、自分の車としてTE57のインジェクショントレのに乗りました。
しかし、この車、27、37に比べて迫力がないのです。
それは、ソレックスの吸気音がないからなのです。
またノーマルの足では、ロールが大きく怖かったのでトキコのプロドラGとTRDのスプリングを組みましたが、友達の弟がどうしてもというので譲りましたが、夜中の京葉道路で藻屑と化しました。
また、この頃は、うちの状況も好転して、うちの叔父の車は、うちから出たTE57のGSL4ドアとなっていました。
今のカローラからすれば、信じられませんが本物のウッドのステアリング、チェンジレバーのついた豪華なカローラでした。
時々乗っていたのですが、DOHCではにカローラは、パワーこそ大したことはありませんでしたが、トルクがあって、飛ばし変速が可能でした。
しかし、高級バージョンとはいえ、シートは、DX系より悪くて、長く座っていられない代物でした。
この車のせいで、カローラのシートは、安物グレードに限る!としばらくは思い込んでいました。
ここまでで免許取り立ての頃のカローラ経験は、終わりです。
ここからは、自分特製オリジナルのカローラを作り始めるのです。
Posted at 2014/12/12 22:59:17 | |
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