
まとまった休みが取れたので、連れ合いと、飛騨高山、併せて新穂高、郡上八幡へ行くことにしました。
ついでと言っては何ですが、名古屋近くまでいくので、憧れの
太平洋フェリーに乗り、仙台へ向かい、気仙沼、福島と震災後の復旧も見てみる企画をしました。
後半は、連れ合いとは、予定と趣味が折り合わず、私の一人旅です。
初日は、東京を土砂降りの早朝に出発、どうなることかと思いましたが、山梨へ入るとカラリと晴れ、ドライブ日和となりました。

<双葉SAにて>
土砂降りが幸いとしてか中央道も全く渋滞なく、諏訪湖SAまですいすいと進みました。

<諏訪湖SAにて>
松本ICを下り、
安房道路を経て高山入りしました。本当は、途中、
新穂高へ寄る積もりでしたが、連れ合いが
ライブカメラでモニタリングした結果、寧ろ、早朝に行った方が満足度が高かろうという結論に達し、この日は、高山に直行しました。
高山への峠の道中、特に考えず、
蕎麦屋に入りましたが、濃口醤油につけて食べるお蕎麦が出てきました。

刺身のような蕎麦で確かに蕎麦の風味はしましたが、蕎麦はリーズナブルで且つ、だし汁に浸けてジュルジュルとすするの方が私は好きです。ちなみに、せいろ1杯で900円でなかなかのお値段でしたが、蕎麦好きな方にはいいのでしょう。
峠のトンネルを越えて、高山に入ります。材木資源が豊富な高山は、大分の日田と並び、幕府の天領でした。幕府は代官を派遣、当時の代官所が
陣屋として、江戸自体とほぼ同様に復元されている由。広くて、なかなか立派なものでした。
代官所横には、倉庫(?)があり、博物館となっています。
「百姓は生かさず殺さず」の高年貢から、農民の一揆反乱に悩まされたのは、天領も同じで、田沼時代、親子2代で強欲に走った悪代官に対する
大原騒動が有名だとか。ちなみに、大原というのは、この悪代官の姓で、3回に亘り、18年間続いたとのことです。
最初2回は、農民側が完膚なきまで叩きのめされましたが、最後は、代官の私利私欲、悪行が幕府の逆鱗に触れ、2代目悪代官が八丈島に島流しになった一方、農民側には殆どお咎めなかった由。
江戸時代の過酷な年貢取り立てに対しては、千葉県は
佐倉惣五郎が有名ですが、こちらは、19歳の妻子ある一揆のリーダー、
本郷村善九郎が義民として語り継がれているそうです。
本陣横には博物館もあり、戦前の女子修身の教科書もありました。

これが陳列されているのは、教科書の真ん中辺りに出ている
小出大助は、ご当地の代官を務めていましたが、その奥方、「
ゑち」が載っているからです。夫を助け出世させ、姑を面倒を見て、子供の教育もしっかり行うは、良妻賢母の範となるもので、
婦女鑑にも載っています。ちなみに、
婦女鑑とは、戦前、宮内庁が編纂した、内外で当時としては模範となる女性の生き方を記したものとかで、私も名前は朧気に聞いたことはありましたが、具体的に何なのかは、今回の旅行を通し、初めて知りました。
ここで面白かったのは、むしろ教科書の右側です。夫唱婦随は我が国古来の教えとありつつも、男子は性行(日々の行い等)高潔、妻の任務を尊重、
専恣の挙動を為すべからず、とあります。DV等が喧伝される昨今、今でも通じるものではないか、と感じました。
さて、この陣屋は、高山祭の山車が通る有名な赤い橋のすぐそばにあります。
この後は、高山市街をブラブラ歩く回りました。京都の清水寺辺りもそうですし、後で、ホテルにチェックインしても同じですが、インバウンド政策の成果か、外国人旅行客の多いこと。日本人はマイナーです。

しかし、華美はないですが、ちまちました控えめな簡美さがあちこちで感じられました。これは外国人にはウケルでしょうし、高山市のこのための風致整備は、半端ではないと思いました。

この時期に朝顔とは??、と思いましたが、いい雰囲気作りに貢献しています。
昭和レトロ館があり、入ってみました。
昭和の商店街のイメージです。
他、親父が駆使していた計算尺があったり、
足踏みオルガンがありました。
小学生の頃、ゲームセンターで好きだったピンホールゲームをしたりして、プラ巡りに戻りました。
プラ巡りの最後のお目当ては、立ち食いの飛驒牛握りです。
坂口屋へ向かいました。
長蛇並んで、
ようやくゲットしました。1皿700円ですが、もう一つ上は、1皿900円です。
実物はこちらです。

トロ同様、油が載っていますが、魚と違い油臭くないのは、いいですね。
夕食は、飛驒牛ステーキといきたいところですが、高山市内の観光地プライスの洗礼を受ける必要もないでしょう、ということで、地元スーパーでお惣菜、寿司を買って、部屋で食べることにしました。さすがに、地元スーパーでは、飛驒牛握りは売っていませんでした。
ホテルは予約していた普通のツインは外国人で一杯ということで、別棟の広い部屋にグレードアップしてもらえました。ありがたいことです。
マッサージチェア付きです。
ロビーは外国人がバスツアーで到着して大賑わい、宿泊者数でも、日本人をかなり上回っている印象を受けました。部屋のテレビでは、中国語、英語、韓国語の放送も見ることが出来ました。これがインバウンドということでしょう。
この後は、ホテルの温泉につかり、夕食を食べ、爆睡してしまいました。
次の日は、新穂高、白川郷へ行きましたが、別にアップします。
最後まで、お付き合いいただき、ありがとうございました。
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Posted at
2019/09/22 15:10:05