山梨県・小淵沢。
寒空の下、誰もいない道をひとり歩いている。
(いつかこの道を歩いたことを、思い出すときがくるだろう)
リュックをおろし、こわばった頬にカメラを押しあて、しずかにシャッターをきる。
一枚の写真がきっかけである。
みんカラの「
適当男」さん
(これを機にみんともになっていただいた。)
のブログ、「
青空 小海線」。
(許可を得てリンクを張ってます)
ふだんは霧ケ峰を渉猟しその春夏秋冬をファインダーにおさめるこの方が、ふいに小海線を撮影した。
そこにあった写真をみた瞬間、私は、
(ああ、いつかこの場所に自分は行くかもしれない)
とおもった。
蒼い。宇宙にまでとどく蒼穹と、大地をゆくちいさな気動車。
一切の無駄を排した構図に、無限の宇宙が拡がっていた。
これとおなじ場所に行きたい。
それが、いま私がここにいる理由である。
風のなかをひとり、男が立っている。
先客がいるのだ。
こんな心細い土地で「同士」がいる安堵感は、砂漠でオアシスをみつけたほどにひとしい。
ただ、その男のカメラをみて、絶句した。
これは中判カメラではないか。
おまけに、首からぶら下げたサブ機は、「ニコン F」。(写真とれてなかった!不覚)
おいおい彼からきいた話によると、祖父の形見だそうで、中学のときから写真をやっているという。
いずれもフィルムカメラである。これで鉄道風景写真とは、よほどの腕っこきとみてまちがいないだろう。
フィルムカメラなら自分も持っている。
「キャノン
FT QL」という50年前のカメラで、
以前ブログでも紹介した。
持ってると、つい自慢したくなるのが人の性(さが)である。
すると、その型番を口にしただけで、
(知っている)
というふうに彼がコクリうなずくのが最初信じられなかった。
「光学露出計があるやつです」
はあ?そんなのないと思うけど。
だいたい、そんな昔にどうやって露出なんて計るのか。
「電池が入ってるはずですが」
ええっ!?電池なんて入れるトコあったっけ?
いや、ないと思うケド。
「ファインダーをのぞくと、露出計の針が」
「ちょっとまってくれ!」
なぜこの男はみずから所有もしていない半世紀まえのカメラのスペックを、まるでいまここにあるかのように説明できるのか。
ひょっとすると、私はとんでもない人と出遭ってしまったのではあるまいか。
たしかめる術(すべ)はある。
じつはその古いカメラを私はこの旅に持ってきているのだ。
ただ、車においてある。
車までたいした距離じゃない。
私は彼に荷物番をたのむと、カメラをとりにテクテク歩き出した。
ついでに、私より1時間前からここにこうして寒風のなか立っているこの男に、あったかい缶コーヒーでも買ってきてやろう。
* * * * *
「保存状態が悪かったから、青サビでてて見せるの恥ずかしいんやケド」
前置きしながら私はカメラを取り出す。
そのカメラを手にした瞬間、
「ああ、やっぱり。なるほど」
と彼はひとり合点した。
なにがやっぱりなんだろう。
「サビが出てますが、片方に偏ってますよね」

(拙ブログ『オールド・カメラが語りだす』より)
たしかに言われてみれば、左にサビがでてるが、右にはない。
でもそれって、カメラケース内の保存状態、位置によるんじゃないの?
「錆びがでてるのは、ここに電池があるからです」
「オウッ!?」
「おそらく電池の錆びが表面に浮きでているのでしょう」
なんだこの男。名探偵か!?
ためしにファインダーをのぞいてみると、彼のいうとおりカビのむこうに針がみえる。
気づく、気づかないというより、すまん、おれコレごみだと思ってた。
* * * * *
そこに私の背中をこづくものがある。
なんと、カメラと三脚が風で倒れてきたのだ。
「マズイ、まずい!」
ふたりであたふたする。彼はあわてる必要はないはずだが、先刻荷物番を頼んだ義理をいまでも感じてるらしい。
もちろん、わたしが悪い。しかし、風がこれほど強いとは。あらかじめ一段縮めて立てていたのに、さらに縮めてガードレールと同じ高さにした
(3枚上の中判カメラの写真の奥に、ガードレールの高さにあわせた三脚がシッカリうつっている)。その間にも、中身のない私のリュックが風で飛ばされる。
そこで我に返る。
腕時計をみると、午前11時19分。
小淵沢発が同21分。
列車が来るぞ!
「やばい、ヤバイ!」
二人で大慌てでカメラにもどる。
どうやら小1時間ほど話しこんでいたらしい。
すぐそこで踏み切りが鳴り出す。風のせいで遠くで鳴っているかのようにきこえる。
やがてちいさな列車があらわれ、しずかに眼前をゆく。
『
冬の小海線・大曲 ~Inside~』
おお~ッ。撮ったあとに、思わずため息がもれる。
なんと雄大な景色か。こういうのを撮りたかったんだ。
彼はというと、中判で撮ったあと、ニコンFで「レバーを巻いてパシャリ、レバーを巻いてパシャリ」をすごい早ワザで繰り返し、去り行ゆく列車にギリギリまで追いすがっていた。
あざやかな手並みである。
なにかに似てるなーと思ったら、思い出した。西部劇の早撃ちガンマンだ。あれに似ているのだ。
さて、私にはもう一枚撮りたい写真がある。
上の写真が「大曲(おおまがり)の「内側」から撮った写真とすると、こんどは逆に、レールの外側からの撮影である。
ところが、かんじんの撮影場所がわからない。
彼にきいてみると心当たりがあるらしく、
「あそこで撮ってた人を昔みた」
という場所までテクテク歩いていく。たいした距離ではない。すぐそこなのだ。
ちなみに彼はここでの撮影が今回二度目になる。
場所だけ確認すると、また戻って彼に、
「まちがいない。あそこだ」
ただし、その「第二の撮影地」にいくには車を回さねばならない。踏み切りがないためだ。まさか線路を越えるわけにはいかない。
車を回すから一緒にいこうと誘うと、彼は、
「でも、カイコマが」
といって口ごもった。甲斐駒ケ岳の略である。そう、上の写真でもっとも高くそびえてるのが甲斐駒ケ岳なのだが、雲に隠れている。雲が晴れるまで粘りたいというのが、かれの今回の旅の主題なのだ。
ここでお別れだ。
車まで歩いていく。
その移動中、ふと気づいてまた三脚をおろしてしばらく待つほどに、下り列車をファインダーに収める。
「
冬の小海線・富士山入り」

こんなところで富士山みえるなんて、下調べでは出てなかったぞ。
もしかして新発見?
いやいや、つまらない写真だからみんな撮らないだけだろう。
でもいちおうここに上げておこう。
つい、遊んでしまった。
車をぐるっとまわして5分もかからない。
おお、ここだ、ここだ!
適当男さんが撮ったのとおなじ場所をみつけた!

おおまがり、という地名の由来がここだとつぶさにわかる。
やがて、そのときがやってくる。
それはしずかにやってくる。
『
冬の小海線・大曲 ~Outside~』
おおっ!

なんというスケールだろう。
目の前を走る気動車と、背景の雄大な甲斐駒ケ岳。
この圧倒的な距離感。
こんなスゴい景色が見られるなんて。
ここまで遠かったが、やはりここへ来て本当によかった。
撮影を終えてふと見ると、
なんだ、アイツがいるぞ。
なーんだ、さっき自分がいた場所がまるみえじゃないか。

「おーい!」と大声で呼ぶが、声が風にちぎれてとどかない。
しょうがないなー。
また戻るかー。
また車をグルッと回して元いた場所へ。
テクテク歩いていくと、途中バッタリあった。
「お?なんだ、上がるの?」
「カイコマがー」
「とうとう出なかったねー」
「いや、またここへ来る理由ができた(キリッ」
ポジティブなやつだなー。
で、なんでこんな道端で撮影機材ひろげてんの?
「八ヶ岳がみえたから」
「どこーッ!?」
「八ヶ岳」という山はない。今見えてる白いのが「赤岳」。
という説明を彼ははじめる。それを私は寒さでガタガタふるえながらきいている。
(さっきの撮影地は風が無くてポカポカ暖かだったが、ここに戻ると風がきつくて極寒に逆戻りするのである)
彼は山屋である。だから山にくわしい。
新年も谷川岳連峰で迎えたという。
山登ったり鉄道撮ったり、なんて男だ。

(↑「つらら」を発見しておもわずロックオン。この写真だけレンズをかえて。中望遠で。)
「アルファロメオですか。いいですねえ」
私の車をみるなり、彼はほめた。ふふん、お世辞でもいい気分である。ていうか、これを言われたくて、自分は愛車でウロウロ旅してるのかもしれない。
彼は東京・中野区在住。車なんて所有できる土地柄ではない。電車できたという。なんと、日帰りである。
そうなのだ。よく考えれば、ここ小淵沢から中野まで中央本線で一本。泊まりがけなんかじゃない。
どうかんがえても、和歌山きた私のほうがはるか遠くからやってきたことになる。
いままでの旅をふりかえり、しばし万感の想いにひたる。
本当の別れのさいに、彼とガッチリ握手をかわした。
妙な感じだ。じつは彼は会ったとき無口な男にみえた。それが、カメラの話を皮切りに、まるで旧来からの友人のようにおたがいにしゃべり、気がつけば意気投合していた。そんな男といま握手をかわしている。
「また、どこかで会おう!」
と彼はいった。
私はふしぎな感じがした。この広い世界で、中野区と和歌山市のふたりが次の撮影地で出遭う確率は、いったいどれくらいだろう。
ところがかれはそんなことはおかまいなしに、
「きっと、遭う」
といい、こんど遭うときのために「顔をおぼえておくから」
と私の顔をのぞきこんだ。
…彼と別れてからそのあと、私はずっと考えつづけた。
いったい彼の真意はなんだったのだろう。あいつは俺ががしらないなにかを、真実を、その48年にわたる人生のなかでこたえを見つけ、すでに確信にかえてるにちがいないのだ。
でなければ、人はあんな確信に満ちた顔で再会を口にしたりはしない。
私はこんどかれに遭うそのときまでに、こたえを用意しなければならないようだ。
どっと私の胸中に風がふいた。
私の旅は、いつも風がふいている。
さあ、家に帰ろう!
* * * * *
以上で今回の旅のお話はおしまいです。
ありがとうございました。
またお会いしましょう。
* * * * *
*39,569km → *40,638km
*1,069km
(自分用メモ)
・1月1日東名・清水インター下り口で4万km達成。
・針テラスのガソリンスタンドはわりと安値。