
みん友のノリビーさんが、2026年7月13日に亡くなりました。
みんカラを通じて知り合い、その後は実際にお会いして、車を通じてたくさんの時間を一緒に過ごしてきた大切な仲間であり大好きな先輩でした😢
これまでのたくさんの思い出と楽しい時間に感謝するとともに、心よりご冥福をお祈りいたします。
ノリビーさんが亡くなったことを知ったのは、7月25日でした。
旅行を計画していたグループLINEに、ご遺族の方から連絡をいただきました。
7月13日にノリビーさんが亡くなられたこと。
葬儀などはすでに近親者で執り行われた後とのことでした。
あまりにも突然のことで、ご遺族さまも驚きと動揺の中でのご連絡でした。
私たち仲間もまた同じです。
追悼のグループラインが立ち上がり、皆様の思いや写真のやりとりをしました。
その後、ノリビーさんと特に親しく、普段から連絡を取り合ったり、実際に会う機会も多かった仲間たちから、亡くなる前の様子をいろいろと聞きました。
ノリビーさんは6月末で定年を迎えたばかりでした。
長い会社員生活を終え、これからのセカンドライフを楽しみにしていました。
次に乗る車も支払い済みで納車を待っている最中でした。
亡くなるわずか5日前の7月8日にも、仲間と次期車についてLINEでやり取りをしていました。
現在乗っていた車についても、定年したら仲間のつながりのある車屋さんへ修理に持っていくという話をしていたそうです。
そんな話をしていた人が、まさか数日後に亡くなるなんて、誰が想像できたでしょう。
今年12月には、長年介護されていたお父さまを見送ったばかりだったそうです。
妹さんも2月と近い時期に亡くされていたと聞きました。
また、定年前から体調があまりすぐれない様子もあったようです。
特に親しくしていた仲間の中には、
「もっと無理にでも病院へ行くように言えばよかった」と、とても悔やんでいる人もいます。
詳しいことは私たちにも分かりませんが、何かしらのご病気や、突然の体の異変があったようです。
ほんの数日前まで次の車の話をしていた。
6月末に定年を迎え、これからのセカンドライフを楽しみにしていた。
それだけに、あまりにも突然のことでした。
9人で秋田へ向かうことに
そして2026年8月22日。
昔からの車仲間9人で、秋田までノリビーさんのお墓参りに行ってきました。
今回集まったのは、
しーちゃんSさん
たけサンヨンさん
あい1030さん
よしsanさん
のろさん
ネギ味噌さん
ナマハゲさん
J1L29さん
そして私、銀-GIN-
昔からのメンバーもいれば、その後の交流から仲間になったメンバーもいます。
そして今回、所用のため残念ながら一緒に行くことができませんでしたが、よだかの星さんも、チューニング合宿の初期メンバーでした。
あい1030さん、よしsanさん、のろさんの3人は、特にノリビーさんと仲が良く、普段から連絡を取り合い、実際に会う機会も多かったメンバーです。
そして、昔からこのメンバーの中心にいる、隊長と、副隊長のたけさん。
私たちの間では、昔から変わらず「隊長」「副隊長」です。
ナマハゲさんは、昔から私をチューニング仲間に入れてくれようと、いろいろ動いてくれた人。
ネギ味噌さんは、私を最初のベンツチューニング合宿へ誘ってくれた人でもあります。
そしてJ1L29さん。
最初の合宿当時はまだ知り合っていませんでしたが、その後ナマハゲさんから紹介していただき、今では旅行となると毎回のように参加する紳士です。
初めてお会いしたころはAMG GT(4dr)。
その後はBMW8グランクーペやS(223)、ポルシェと、、、
そして今回のお墓参りには、フェラーリエンジンを搭載したマセラティのSUVで参加💕
ノリビーさんのお墓へ
今回のお墓参りは、以前からノリビーさんと特に親しくしていた仲間たちがご遺族と連絡を取り、許可をいただいたうえで伺いました。
もともとはその仲間たちでお墓参りを予定していたところ、私たちも一緒に行かせていただくことになりました。
この場を作ってくれた仲間たちには、本当に感謝しています。
お墓の場所についてもご遺族から教えていただいていたのですが……
これがなかなか見つからない(笑)
みんなで探しながら、
「この辺のはずなんだけどなぁ」
と歩き回り、ようやくノリビーさんのお墓を見つけることができました。
まずは、お供えしてあったお花を新しいものに取り換えました。
そしてお線香を焚いて、みんなで手を合わせました。
7月13日に亡くなってから、まだ四十九日前。
こうして実際にお墓の前に立っても、まだノリビーさんが亡くなったということを、どこか信じられない気持ちがありました。
そして、ノリビーさんが大好きだったハイボールも用意しました。
せっかくみんなで来たんだから、
ノリビーさんにも一杯。
大好きだったハイボールを飲んでいただきました。
みんなで手を合わせながら、それぞれがノリビーさんに思い思いの言葉をかけました。
何を話したのかは、それぞれノリビーさんとの間だけの話。
「今までありがとう」
だったかもしれないし、
「早すぎるよ」
だったかもしれない。
きっとみんな、それぞれに伝えたいことがあったと思います。
ノリビーさんはオフ会が大好きな人でした。
これだけ昔の仲間が9人も集まって秋田まで来たのですから、
「なんだ、みんな来たのか」
と、きっと近くにいたんじゃないかな。
そんなことを思いながら、お参りさせていただきました。
しばらくみんなでノリビーさんとの時間を過ごしたあと、帰る前にはお供えしたものなどをきちんと片付けました。
飲んでいただいたハイボールもそのままにはせず、周りをきれいにして帰り支度。
「じゃあ、そろそろ行くね」
そんな気持ちで、ノリビーさんのお墓をあとにしました。
お墓参りを終え、みんなで車を走らせている途中。
先頭を走っていたナマハゲさんがハザードを点けました。
そして車列が停車。
そこは、ノリビーさんの自宅前でした。
みんなで1分ほど停車しました。
私にとっては以前、ノリビーさん本人から、
「家はあそこだよ」
と教えてもらった場所でもあります。
あのときは本人が一緒にいた。
今回は、その家の前に仲間たちだけが並んでいました。

今回の秋田では、隊長とも久しぶりにお会いすることができました。
私が現在乗っているR172 SLK200。
実はこのSLK、以前隊長が所有していた車で、その後私が譲っていただいたものです。
SLKを譲っていただいたとき以来の再会でした。
今のSLKを見た隊長から、
「えー! あのSLK?」
と驚かれました(笑)
下品に弄ってごめんなさい🙇♂️💦
あのころから仲間の間で知られていたSLK。
今では私なりにいろいろ手を入れながら、大切に乗っています。
そして今回、そのSLKでノリビーさんのお墓参りに来ました。
考えてみれば、このSLKもまた、昔から続く車仲間とのつながりの中で私のところへやってきた一台です。

ここからは、私とノリビーさんの思い出
お墓参りを終えてから、昔の写真やみんカラの記録を見返してみました。
すると、
「あんなこともあったな」
「こんなこともしてもらったな」
と、いろいろなことを思い出してきました。
最初は「みん友」
ノリビーさんとは、最初から直接会っていたわけではありません。
きっかけは、みんカラ。
いわゆる「みん友」でした。
その後、実際に会うようになった大きなきっかけが、青森で行ったベンツチューニング合宿です。

当時、ベンツのチューニングを通じて集まった仲間たちで、合宿に行きました。
「ケビンハウス」と呼んでいた一棟貸しのログハウス。
そこへチューニング仲間が集まりました。
私は当時W204のC200。
M271エンジンについていろいろ試している時期で、W204組は3台。
ほかにもA250、A45、GLA45などが集まりました。
さらにC63も加わり、いろいろなベンツが集まった、まさにチューニング合宿でした。
ノリビーさんは当時A180。
すでに自分のA180でいろいろ試した後でした。
つまり、自分の車のためだけに参加したわけではありません。
「みんなで合宿するなら」
という感じで駆けつけてくれました。
しかも現地集合ではありません。
関東組が待ち合わせしていたサービスエリアまで来て、そこから一緒に走ってくれました。
ほかの東北組は、もう少し先のパーキングで待ち構えていました。
合宿中、ノリビーさんから、
「運転してみな」
と言われ、A180を運転させてもらったことがあります。
私は当時W204 C200に乗っていましたから、ノーマルのA180がどういう車なのかもよく知りません。
そのため運転してみても、
「ノーマルからどれだけ変わったのか?」
までは正直分かりませんでした(笑)
でもノリビーさんは、
「めちゃくちゃ速くなった」
「すごく走りやすくなった」
と、楽しそうにいろいろ話してくれました。
私は当時も今も、車の「走り」に関しては詳しくありません。
「へぇ~、すごいなぁ」
と感心するばかりでした。
この合宿では、集まったベンツを使っていろいろなことを試しました。
A45では、新しいデータを書き込んでみたものの、車両につなぐと、
「カッチン、カッチン……」
有名なあの音が鳴り、エンジンを始動することができません。
データを元に戻すと普通にエンジンがかかる。
そのため、この日はA45の新しいデータを実際に走らせて試すことはできませんでした。
そしてA250。
こちらは大成功。
登り勾配のテストコースで200km/hを達成。
テンションMAXでした🎉🎉
さらに面白かったのが「音」の変化。
A45と同じような仕様にすると、エンジン始動時の音まで変わりました。
バブリングもするようになりました。
もちろんマフラー自体はA250純正なので、音量は小さい。
それでも、
「確かにバブってる!」
という音がする。
小さいながらも格好いい排気音になっていました。
翌日はM271組
翌日はW204、M271組3台でいろいろ試しました。
こちらは無事成功。
メーターのC63化についてもいろいろと試して、交換可能なところまで進みました。
そして私のW204には、もう一つ問題がありました。
自作テールとVediamo
当時の私は、自作テールランプなんてものを作っていました。
中古のテールランプを購入。
中身をくり抜いて、パテで内部を作り直す。
そこへLEDを埋め込み、流れるウインカーまで仕込みました。
LEDについては、また別の新潟の師匠にLINEでいろいろ教えてもらいながら製作。
かなり時間をかけた、当時の自信作でした。
ただし問題が一つ。
LED化したため、車両側では電球のエラーが出ます。
そこで当時の私は何をしたか。
トランクの中で本物の電球を光らせていました(笑)
車両には、
「ほら、ちゃんと電球ついているでしょ?」
と思ってもらうためです。
今考えるとなかなかのお祭り仕様です(笑)
それを合宿で、
「これは直そう」
ということになり、Vediamoを使って車両側をLED仕様へ書き換えてもらいました。
私にとっては、
「え? パソコンでそんなことまでできるの?」
という世界でした。
この経験があり、後日私のPCへVediamoやXENTRYを導入することになりました。
今でも自分の車をXENTRYで診断したり、Vediamoを使ったりしていますが、その原点はこの合宿にあります。
ちなみに、このときの自作テールは「テール製作への道のり」として、みんカラの整備手帳に11回に分けて残しています。
W204を売却する前には別の社外テールへ交換。
さすがにメンテナンスの必要な自作テールは引き継ぎませんでした。
その後、今のSLKへ
その後も、ベンツを通じた仲間との交流は続いていきました。
そしてあるとき、隊長が所有していたR172 SLK200を手放すことになり、私が譲っていただくことになりました。
それが、今の私の愛車です。
W204からSLKへ。
車は変わりましたが、振り返ってみると、このSLKもケビンハウスでみんなと過ごしたころから続く、仲間とのつながりの中で私のところへやってきた車なんですよね。
雪の横手へ
※すみません下記、記憶が混同していました。実際には2回横手へ仕事で行っていて、2回の記憶が混ざっています💦
写真を整理してみると、2020年2月11日。
仕事で急きょ秋田県へ行くことになりました。
向かっている途中で、
「あれ? ノリビーさんの家の近くじゃない?」
と気付きました。
妻も休みだったので助手席に乗せて夜に出発。
横手市に到着したのは明け方前でした。
たまたま見つけたホテルで仮眠。
すぐに爆睡、朝、シャワーだけ浴びて、私一人仕事へ。
仕事を終えて外へ出ると、
ノリビーさんが待っていてくれました。
A180で来てくれていました。
そこから先導してもらいます。
雪の積もった横手の道を、ノリビーさんのA180はスイスイ。
後ろを走る私の社用車はツルツル(笑)
途中で妻の話になり、
「ホテルに置いてきた」
と伝えると、ノリビーさんもかなり衝撃を受けたようです(笑)
結局、妻を迎えに行き、その後はA180に同乗させて頂きました。
横手市内をいろいろ案内してもらいました。
駅近くにかまくらが並んでいるところ。
おすすめのパン屋さん。
秋田のお菓子。
お昼には十文字ラーメンをご馳走になりました🍜

途中、
「あそこが勤めている会社だよ」
「家はあそこ」
と教えてくれた記憶もあります。
そして最後に連れて行ってもらったのが、
今回も立ち寄った『秋田ふるさと村』。
いぶりがっこ、きりたんぽ、お菓子など。
勧められるがまま、お土産をたんまり購入(笑)
夕方まで遊んでもらい、ふるさと村でお別れしました。
※↑2回の記憶が混じってしまっています💦
今回のお墓参りの際、このときの話をしたところ、「奥さんをホテルに置いてきた話」を仲間たちはすでに知っていました(笑)
どうやらノリビーさん、この話をみんなにしていたようです。
自分にとって思い出だった出来事を、ノリビーさんも覚えていて、仲間に話してくれていた。
それがちょっと嬉しかったです。
仲間との旅行

その後も、何度か旅行をしました。
福島へ行ったときには、ノリビーさんも一緒でした。
そして、この福島旅行には今でも忘れられない出来事があります。
それが、
「ネギ味噌事件」の瞬間です(笑)
現在みんカラで「ネギ味噌」と名乗っている仲間も、もちろん最初からこの名前だったわけではありません。
福島旅行の途中、とある出来事がありました。
詳しい内容は以前のブログにも書いたような気がしますが、とにかくあのときは笑いました。
元になったお方には大変失礼で申し訳ないのですが、その場にいたみんなにとって忘れられない出来事になりました。
そして面白いことに……
その「ネギ味噌事件」の中心人物ではなかった人が、なぜかその後「ネギ味噌」という名前になりました(笑)
どうしてそうなったのか。
時間が経った今となっては、その流れまで含めて私たち仲間の思い出です。
車のことだけではなく、こういうくだらないことでみんなで大笑いしたことも、今となっては本当に懐かしい。
もちろん、あのときもノリビーさんは大笑いしてました。
SNSでの交流
ノリビーさんは2021年9月以降、みんカラの更新をされていませんでした。
その後はほかのSNSへ活動の場を移されていて、みんカラ上では私も連絡を取ることがなくなっていました。
私自身、移行先のSNSを見る頻度が少なかったため、以前ほどノリビーさんの活動を見ることもありませんでした。
亡くなった後、あらためてノリビーさんの過去の投稿を見返しました。
そして私も、今まで見ていなかった投稿に「いいね」を押しました。
そのとき気付きました。
私がたまに投稿していたもの。
よく見ると、
ノリビーさんが「いいね」を押してくれていました。
私はあまり見に行っていなかったのに、ノリビーさんは私の投稿を見てくれていたんですね。
亡くなってから気付くなんて……。
ノリビーさん、ありがとう。
秋田で起きた不思議な出来事
今回のお墓参りでは、もう一つ忘れられないことがありました。
秋田へ向かい、以前ノリビーさんに連れて行ってもらった秋田ふるさと村の近くまで来たころ。
私のSLKで、突然ブレーキのオートホールドが使えなくなりました。
翌日、お墓へ向かっている途中。
COMANDに「システムを終了します」という表示が何度も一瞬だけ出る。
ウインカーを出すと、いつもの一定のリズムにならない。
時々カチカチという音が飛んで鳴らなくなってリズムを刻んでいるよう。
「あれ? なんか車がおかしいぞ?」
ウインカーを入れ直したりしながら走りました。
そして帰り道。
今度はメーターパネルが一瞬、
「ピカッ」と光る。
これが数十回以上。
本当に一瞬なので全部が光っていたのかは分かりません。
ただ、青いハイビームのランプは確実に一緒に光っていました。
でも前を走る車を見ても、実際にヘッドライトがハイビームになっているようには見えませんでした。
後ろを走っていた仲間に聞いても、
「ウインカーがおかしかったことには気付かなかった」
とのこと。
ところが帰り道では、すべての症状がピタッと止まりました。
その後は一度も起きない。
翌日も何も起きませんでした。
もちろん、これは車の不具合があるかも知れません。
後日XENTRYをつないで、エラーをちゃんと調べてみます(笑)
電圧なのか。
CAN通信なのか。
でも、それとは別の話として。
ノリビーさんにゆかりのある場所へ向かっているときだけ、今まで経験したことのないことが次々と起きる。
まだ四十九日前でした。
ノリビーさんはオフ会が大好きでした。
最初のベンツチューニング合宿のときだって、自分のためだけの合宿ではないのに駆けつけてくれた。
しかも関東組の待ち合わせ場所まで来て、途中から一緒に走ってくれた人です。
だから今回も、
「おっ、みんな来たな」
「俺も一緒に行くよ」
と、どこかから合流してくれたのかな。
「ありがとう」
「こっちだよ」
そんなことを言っていたのかな。
そんなふうにも思っています。
ノリビーさん、ありがとう
みんカラで知り合った一人の「みん友」。
そこから実際に会うようになって。
ベンツチューニング合宿に駆けつけてくれて。
A180を、「運転してみな」と乗せてくれて。
横手へ行けば、仕事先まで迎えに来てくれて。
雪の横手を案内してくれて。
十文字ラーメンをご馳走してくれて。
秋田ふるさと村へ連れて行ってくれて。
みんなで旅行をして、くだらないことで大笑いして。
私があまり見ていなかったSNSでも、私の投稿には「いいね」を残してくれていました。
まだまだ一緒に遊べると思っていました。
6月末に定年したばかり。
これからセカンドライフを楽しむはずだった。
次の車だって考えていた。
本当に、早すぎます。
そういえば……
私はノリビーさんも、ノリピーも大好きです(笑)
こんなことを書いたら、「一緒にするな!」って怒られるかな(笑)
ノリビーさん。
今まで本当にありがとうございました。
8月22日。
あの日は、きっとみんなと一緒に走っていたんですよね。
またいつか、どこかのオフ会で。
でも今度は、SLKの電装系にイタズラするのはやめてください(笑)
ノリビーさん、ありがとう。
またね。