先日、某作業所の引渡しでこんなことがありました。
客先「品質管理項目として挙げられている機器の据付ボルトの締付確認とはどのように行ったのですか?まあ、要はトルクレンチを用いて締付しましたか?ということですが」
私「ダブルナットの締付をトルク管理、ですか?申し訳ありませんが過去にそのような施工管理記録を求められたことがなく、後学のためにも適切とされるトルク管理法をご教授頂きたいのですが」
客先「それは一般的なアンカーメーカーの値などを参考にして頂ければ(にっこり」
私「・・・?・・・はぁ」
僕も仕事柄、ダブルナットの施工に携わる機会は多いです。。
しかしながら、正しい施工が行われているケースは非常に少ないだろうと思われます。
ダブルナットとは、ねじ締結体の締付けを行うナットを上下に二つ組付けて、その二つを互いに締付けることで上下ナット間に軸力を発生させ(ロッキングと言います)てナットの緩みを防止する施工方法のことです。
ところが、このロッキングを「一つ目のナットを締めたら二つ目のナットを上から締付けて完了」と認識している人は非常に多く、現地でもそのように施工している状況をよく目にします。
こういった施工が行われた場合、ねじにはどのような力が作用するのかを考えてみましょう。
~~~その前にねじ締結を行う際に働く力のおさらい。~~~
固定の手段として用いられるねじは、緩みが生じると重大な事故に繋がってしまいます。
適切に締付けが行われているねじ締結体に対してボルトの軸方向に生じる引張力は、大部分が被締結物に生じる圧縮力を緩和する力として消費され、ボルトに直接作用する引張力は非常に小さくなります。
また、せん断方向に作用する力は締結体同士に働く摩擦力から、締結体同士の滑りが生じない限りはボルトにせん断力は作用しません。
ところが、ボルトが一度緩んでしまえばねじ締結体に働く全ての引張力やせん断力がボルトに作用し、容易に破断に至ります。
こうしたことから、ボルトの締付け力(軸力)は高く設定したいのですが、ボルトの強度を超えるような軸力は、これもまた破断に至るので適切でなければなりません。
ねじの締付けとは、適切な軸力をねじに与える作業であり、軸力を管理するということが、ねじの締付け管理の本義ということになります。
しかしながら、ねじの軸力を管理することは容易ではありません。
それは軸力を直接測定する手段が無いからです。
いくつかある軸力管理法の中で、ボルトに引張荷重を与えて締付けを行う方法(加力法)やボルトの伸びを測定して軸力を推定する(測伸法)は精度が高いですが、締結に必要な器具や装置の導入コストがかかり、器具を取付けるスペース等も必要で、締付け箇所によっては適用するのが困難です。
その点、トルクレンチを用いてねじの締付けを行うトルク法は、トルクレンチが用意できればそれだけで締付け管理を行えるので、最も簡便に行える方法と言えます。
ねじに作用する軸力と締付けトルクは、ねじ部に働く摩擦力とねじに働く引張力に加えてナット座面の摩擦力の総和で表され、締付けトルクTと軸力Fの関係は、
T={μs・d2/2・secα+μw・Dw/2+P/2・π}・F/1000
となります。
このとき、
T:締付けトルク[N・m]
μs:ねじ面間摩擦係数
d2:ねじ有効径[mm]
α:フランク角
μw:座面摩擦係数
Dw:座面等価直径[mm]
P:ねじピッチ[mm]
F:軸力[N]
これによると、ねじに働く軸力は締付けトルクのおよそ1割程度しか作用しておららず、5割は座面の摩擦力、4割はねじ部の摩擦力で消費されています。(無潤滑の場合)
このことからトルク法は簡便である代わりに、座面やねじ部の摩擦係数、すなわち表面処理や潤滑の有無に大きく左右されてしまうという特性を持っています。
~~~という訳で、ここまでねじ締結のおさらい。~~~
ではあらためてダブルナットの締付けを考えてみましょう。
ボルトと下ナット(ダブルナット1個目のナット)の締付け時にT1というトルクで締付けを行った場合、ボルト-下ナット間にはF1という軸力が発生します。

次に上ナット(ダブルナット2個目のナット)を回り止め目的としてT2というトルクで締付けを行うと、ボルト-上ナット間にF2という軸力が発生します。

この時、下ナットの軸力F1は消失します。
何故なら上ナットとボルト間に働く軸力F2の作用によってボルトが伸びることで下ナット-ボルト間のねじが離れてしまうからです。
そしてこの状態では、上ナット-下ナット間にロッキング力は発生していません。上記の通り下ナットのボルトとナットのねじが離れているからです。
下ナットは、言うなれば分厚いワッシャーのように上ナットとボルトに挟まれているだけとなっています。
下ナット締付け後に上ナットを締付ける施工とは、まさにこの状態のことであり、ダブルナットの意味が全く無い非常に危険なダブルナットの施工方法です。
ではこの時、ロッキング力が発生するまで締付けることはできないのでしょうか。
結論から言えばそれは可能です。
下ナットの締付けを行った後に、単に上ナットをロッキング力を発生するまで締付ければ良いのです。

ロッキング時の締付けトルクはT1よりもT2の方が大きくなります。
こういった締付け方法を、上ナット締付け法又は上ナット正転法と呼びます。この時、ボルトにはどういった力が作用しているでしょうか。
上ナット締付け法を縦軸を軸力(赤)と締付けトルク(緑)、横軸を締付け角で概略的に表したものです。

まず、①下ナットをボルトの降伏点の70%を目標として締付けを行い、②上ナットをロッキング力が発生するまで締付けていき、破線ロッキングポイントの位置で上下ナットをロッキングできたとします。
ところが、この時ボルトは降伏点を超えて塑性変形域に入ってしまっています。
最初の下ナットの締付け力を低めれば、降伏点内でもロッキング力を与えることができるかもしれませんが、②締付けを開始してから実際にロッキング力が付与されるまでどのくらいの締付け角が必要なのかはボルトや被締結体のばね定数、軸力が加わるボルトの有効長とナット厚さとの比率、ねじの寸法精度といった複数の要素が絡み、予測することが非常に困難です。すなわち軸力管理も非常に難しいということです。
また、図の通り、上ナット締付け時の②において、締付け角が増えると徐々に締付けトルクも上昇していく特性があり、ロッキング時にはさらに大きく上昇することにはなるのですが、作業者にとっても、どこでナット同士にロッキング力を付与できたのか判断し難い特性となります。
ダブルナットの締結にはもう一つの方法があります。それが下ナット逆転法です。
まず、下ナットをT1のトルクで締付けを行い、ボルト-下ナット間にF1の軸力を発生させます。
次に、上ナットをT2のトルクで締付けを行い、ボルト-上ナット間にF2の軸力を発生させます。
この次に、下ナットをT3のトルクで逆転させ、上ナット-下ナット間にロッキング力を発生させるという方法です。
同様に締付け角と軸力、締付けトルクを図で確認しましょう。

①下ナットの締付けをボルトの降伏点の70%の軸力を与える事を目標として行って、②上ナットの締付けを同トルクで行い、上ナットにボルトナット間の軸力がかかります。
この後③上ナットを固定した状態で、下ナットを逆転させることでロッキング力を付与するのですが、ボルトの軸力はT1=T2である限り、それ以上上昇することはありません。(厳密に言うと、ナットの厚み分だけボルトの伸びがキャンセルされるため軸力はいくらか低下する)
また、③下ナット逆転時はナット回転時ほぼ定トルクで、ロッキング力が付与されると同時に急激に締付けトルクが上昇するので、作業者にとってどこでロッキング力を付与したのか非常に分かりやすい特性を持ちます。
よって、下ナット逆転法の方が、施工性やボルトの軸力管理の観点から見ても望ましいダブルナットの施工法と考えられます。
この時最初に述べた通りですが、ねじの締付けトルクのうち、5割がナット座面摩擦、4割がねじ部摩擦、1割が軸力として働いているということでした。
すなわち、①T1で締付けを行い、②T2で締付け、③の下ナットはT3で戻す必要がありますが、この時下ナットは上ナットと被締結物とのそれぞれから座面摩擦力受けますので、それぞれの締付けトルクは、T1=T2=T かつ、 T3=1.5T ということになります。
以上のおさらい。
①下ナットを締付けた後に上ナットを同等のトルクで締付けて施工完了、とするのは正しいダブルナットの施工ではない。
②ダブルナットの軸力を負担しているのは上ナット。ボルト長や作業条件等の理由で3種の六角ナットを使う場合、絶対に上側に用いてはいけない。
③正しいダブルナットの施工方法は下ナット逆転法。締付けトルクは下ナット正転トルク=上ナット正転トルクの後に上ナットを固定して1.5倍のトルクで下ナット逆転。
厳密に言えば、下ナット逆転法と言えどもロッキング力を与える締付けトルクはばらつきの非常に大きなナット座面摩擦係数に大きく左右される数字であるため、1.5Tで締めれば良いというのは非常に乱暴かもしれません。
ですが、そこまで精密な締付け管理が要求される締結箇所にはダブルナットより信頼性の優れた他の緩み止め方法(緩み止め剤や専用ナット等)が用いられるべきです。もちろん、トルク法の締付管理精度そのものにも疑問を持つべきでしょう。
また、トルク管理を行うにしても、あまり一般的ではないスパナタイプのトルクレンチを用意する必要があります。さらに下ナットに3種ナットを用いた場合はスパナタイプでも測定は非常に困難だと思われます。
要するに、マヂ無理。
車にちなんだ話ですと
こんな報告もあったりします。
ねじの締付は適切でありたいものですね。
ちなみにこの件は、下手に食い下がっても色々と問題が生じることが予想されたため、担当者に対して当方が無知で申し訳御座いませんでしたと平謝りしたところ難を逃れることができました。というか有耶無耶となりました。
本当にそれでいいのか・・・