はない。なのに、まさかそこに食いついてくるとは思いもしなかった。ましてや本当にそんな展開に持っていくなど想像すらしなかった。
いったい何を考えているのだろうか。
ラウルは眉をひそめて怪訝な眼差しを送るが、サイファはまるで意に介する様子もなく、すぐさま椅子から立ち上がって医務室を出て行こうとした。だが、扉に手を掛けたところで振り返って言う。
「そうそう、ユールベルだけはおまえに頼むよ。ラグランジェ家を狙っていた下衆な男に弄ばれてひどい目に遭ったらしい。だいぶ参っているみたいだから、様子を見てやってくれないか。おまえのたった一人の患者だろう?」
「精神科も心療内科も専門外だ」
ラウルは無愛想に答える。
「医師としてではなく個人としてでも何か出来ることはあるだろう。彼女が自分から心を開くのはおまえくらいだからな。とにかく頼んだぞ。講師楽だろう」
サイファは一方的にそう言うと、引き戸をガラリと開けた。
ラウルは机に手をついて勢いよく立ち上がる。
「待て、勝手なことばかり言うな」
「私は忙しいんだ。結婚詐欺師も探さなければならないしな」
サイファは僅かに振り返り、目を細めてラウルに視線を流すと、何か裏を含んだような妖艶なまでの笑みを浮かべた。外からの小さな風に、鮮やかな金の髪がさらりと揺れる。
彼が何を考えているのかわからない。
扉が静かに閉まった。
ラウルは何も言えないまま見送り、遠ざかる足音を聞きながら、顔をしかめて椅子に腰を下ろした。机に肘をついてうなだれた頭を支える。その視界の端には、薬棚にいくつも常備してある新品の包帯
Posted at 2015/07/14 11:11:45 | |
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