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並平のブログ一覧

2007年08月17日 イイね!

なんとなく

なんとなくDVD観ていました。


それで、なんとなく、名前を変えてしまいました。
(これまでは、色気がない、と、褒められる名前でした)


これがもし、「優駿」を観ていたら、「オラシオン★小沢」になっていたと思います。

もしくは、「魔界転生」と観ていたら、「小沢風太郎」になっていたでしょう。


Posted at 2007/08/17 02:18:39 | コメント(7) | トラックバック(0) | 映画・DVD | 日記
2007年08月16日 イイね!

ゆかりの地

お盆ですので、お墓参りをしてきました。

亭主のほうのお墓に行き、墓石に彫られた鬼籍の文字を見るたび、思うんです。

この記録以前にも、この一族はずっと遠い過去から繋がってきているはず。

ご先祖様は、どこからいつ、北海道へやってきたのだろう? と。

主人に聞いても、「知らない。石川県の輪島、、とかって聞いたような。あれ? それはおっかさんの方だったかな・・」と、はっきりしない。

私は別にいいのだけど、もし息子たちがいつか、こういう疑問を携えた時、教えてあげられないのは、残念ではないのかな? いいのかな?

自分は自分。自分の今と未来を大切にしたらいい。
それが一番大切だとは思うのですが、私は儒教的教えの寺小屋育ち世代なので、やはりご先祖様のことを尊敬するのが良いと思うんですよね。
自分の命の根元なんだし。
人は過去によってできているんだし。

尊敬するには、ある程度は知らないと具体的に尊敬できないので、少しは知っておけたらいいと思うのです。


私の実家の方は、わりとその辺が明らかなんです。
特に、父方の家は、しっかり記録が残っています。

富山からの移民だったそうですが、移住前のご本家とは今でもつき合いがあり、数年に1度はこっちのご本家の伯父が出向き、家系図に北海道移民組の変更・追加部分(誰が嫁いだ。嫁いできた。生まれた。没した。云々)を書き込んで来ています。

きっと、ある年、私の名前も(意外にも嫁いだ、と)除籍されているんでしょう。(笑)


明治30年に家を出て北海道を新天地としてから、富山の系譜と北海道の系譜の二股に別れて枝を伸ばし、続いているんですね。

きっと壮観だろうなぁ。1度見てみたいな。
伯父さん、コピーでも取ってきてくれたらいいのに。


お友達のいんどあさんが、北海道弁について道産子の方々にアンケートを依頼されてまして。
その時も思ったんです。

北海道に複数ある方言は、たぶん、出身地によるところが多いのだろう。
言葉と同様に、お国の生活文化も受け継がれていて然るべき。

そう考えると、この北海道にはかなり多種多様な、お国特徴があるはずだと思うのですが、、。
意外と、多種多様でもないように思えます。

移民団といっても、新十津川のような千人規模のものから数百規模までがほとんどだったと思います。
札幌市の西区八軒や二十四軒は、その名の通りの軒数だったわけなんですよね?

一集落を作っても、長い年月のうちに、出身地の生活文化や言葉が、現代北海道に吸収されるのは難しいことではなかったと思います。

では、今の北海道のスタンダードとは、いったい何か? あるのならば、何が由来か?
どこか大きな集落のそれが、主流となったのか? それとも、どこかとどこかのものが融合され、形成されたのか?

謎は尽きません。

だいたい、私の実家の出自が富山だと分かっていながら、「富山らしい生活様式なり精神はこれだ!」と、教えられた記憶もありません。

気質的に、辛抱強い人種だったとは言われていますが・・。

もしかしたら、海を渡って新たな地で生きるか死ぬか、という人生を選んだ時に、過去は踏襲しないことにしたのか、、。気になるなぁ。


司馬遼太郎さんの「北海道の諸道」にも書かれているのですが、

東京・深川の人々が移住した現・深川市は、以前は「東京・深川」に似ていたそうです。
玄関先に朝顔やひまわりが咲いていて、なんとも粋な風情があったのだそうです。
田園風景の中で異質な雰囲気があったと、、。
(今、玄関先の花など珍しいことではありませんが)

釧路市の鳥取地区。
ここも鳥取の人々が移住した地域ですが、今となっては、それらしい面影は伺えません。
移住からしばらく後は、鳥取らしさが息づいていたのでしょうね。


新十津川でも、大和から受け継ぐ生活文化は、少し残っているようなことが、「北海道の諸道」には書かれていました。
「茶がゆは、ないけれど、馴れずしはある。そして大和の時同様、宗旨は神道」と。

今でも、馴れずしはあるのでしょうか・・。


北海道の地名は移住者たちの出身地であったり、人名であったりいろいろです。(でも、アイヌ語地名由来が一番多いのでしょうかね)

月形は、福岡藩士の月形某という人の苗字が由来だそうです。
(司馬遼氏によると)

十勝の池田町も旧鳥取藩主の池田侯爵が農場地主となっていて、池田駅ができるとき、土地を寄進したことから池田駅と名付けられ、池田町になった、、、はず。。。


同じ池田町には高島という地域がありますが、これも高島ナントカ氏が大きな農場を持っていて、そのまま地名になったものです。

この2つの大農場で働く多数の従業員(土地の郷土資料には小作人と書かれています)は、やはり本州のどこかから移住させたそうです。

帯広市に中島町とか中島通という地名がありますが、これは中島みゆきの御祖父様が市に私地を寄進したことで、そう名付けられた、、と聞いたことがあります。


開墾以外の理由で、北海道に土着した人って、どのくらいの割合だったのでしょうかね。

厚田村出身の作家、子母澤寛さんの祖父は徳川の御家人で、徳川瓦解の後は彰義隊に加わり、負けて榎本艦隊で北海道入りして、五稜郭戦争で戦った人だそうです!
(私の好きな話し!)

晩年は毎晩、生粋の江戸弁で、江戸の話しや戦の話し、将軍様の話を、孫に話していたとか・・。
(子母澤寛が「新選組始末記」を書いたゆえん、でしょうね)



北海道の市町村、地域。それぞれに、いろんな由来やドラマがあるのだと思います。
それぞれ独自の生活文化を携えて集落・地域を作り、それらがパッチワークのように繋ぎ合わされてできたのが、北海道なんだと思います。

ひとくくりの大きな大地「北海道」ではなく、もっと小さな視点で、小さな地域・集落に近寄ってこそ、北海道の素顔とゆかりが見えてきそうな気がしています。


話は逸れますが、静内に移住した淡路島の人々の話は、映画「北の零年」などでは伺い知れません。多分・・。池澤夏樹著「静かな大地」朝日新聞社刊のほうがリアリティあって100倍良いと思います。




この記事は、てっくり返す?とっくり返す? について書いています。
Posted at 2007/08/16 02:28:26 | コメント(6) | トラックバック(0) | Thinking | 日記
2007年08月14日 イイね!

ひんやりする話し【長編】

この話はいつにも増して長いです。
しかも、キテレツです。

よほど暇がある方のみ、読んでください。


先日、スピリチュアルな同級生の話を書いた時、「根拠のあるものしか信じない。
そして、すべての事象に、科学的・物理学的・生物学的根拠はあるはずだ」
みたいなことを言った私ですが・・。

今思い出すと、ある一時期、私の周囲には妙な幽霊話が頻発していました。
友人たちが怖がっている中、私だけがそれを信じてはいませんでしたが。。

なぜなら、唯一、私だけ、その幽霊騒動を体験していなかったから。
なぜか、その騒動の現場に居合わせていなかったのです。

まず、最初の騒動。

私が高校3年の時のことです。

当時同じクラスだったY君とは仲が良くて、つき合っている、、
というような色気のあるものではなく、友情以上恋愛未満、みたいなカワイイ間柄でした。

下宿していたY君の部屋は女子禁制なのですが、土曜の午後などはこっそり入り込んで、
ノートを写させてもらったり。。。
昔の高校生は純情でしたからね。(笑)

そのY君が、ある日、学校で言うんです。

「最近、毎晩、変な事がおこるんだ。誰かが部屋をノックするんだけど、出てみたら誰も居ないし、足音もしない。最初、他の部屋のヤツのいたずらかな、、と思っていたけど、どうやら違う」と。

「きっと誰かのいたずらだって。足音も聞こえないようにしてるんだって」と、私。

「だから、怖いから、いたずらを実証したくて、ノックがしたらすぐにドアを開けているけど、やっぱり誰もいない。深夜が怖くて勉強できない」と、Y君はかなり参っている様子。
廊下を挟んで、同じクラスのT君の部屋もあるんですが、他の子たちの部屋では、それが起こらない。

それで、ある日、恐がりY君はT君やK君など、仲の良い同じ下宿の友達を部屋に招いて、一緒にいたんだそうです。

そうしたら、、、深夜1時過ぎ。。静寂の中で、
「トントン」

キターーーーーと、3人で飛び上がり、とっさにドアを開けたけれど、やっぱり誰もいない。

彼らの下宿では、「ここはヤバイ下宿だ」とウワサがウワサを呼び、皆が震撼していたそうです。
私は、たまに昼間Y君の部屋に遊びに行っても、それらしい気配は一切なかったし、全然、信じていませんでした。おおよそ、、気のせいだろう、、と。

部活と受験勉強で疲れていて、幻聴を聴いただけじゃないかと。3人、まとめて、幻聴を聴いただけなのだと、、そう思っていました。

そんなこんなで、Y君はノックの恐怖と戦いながらも、なんとか卒業することになりましたが、
幽霊騒動のせいか、、浪人しました。でも、翌年は合格してました。



次の騒動は、私の短大1年から2年の終わりに掛けての頃です。

当時仲の良かったA子はアパートで一人暮らし。
その部屋は同級生たちのたまり場的場所で、週末は皆が集まって朝まで飲んで騒ぎます。
騒ぎたいわけじゃなくて、ただ話して笑っていると、それが騒ぎになってしまっていて、
よく隣の部屋から苦情の壁打ち「ドンドン」が聞こえてきました。

何時間もいつものメンバーで、よくもそんなに楽しかったものだと今でも感心します。

その部屋でも、怪しい事が起こり始めました。
突然深夜に「ピンポーン」とチャイムが鳴るけれども、出てみると誰もいない。
2階にあるA子の部屋は、自室のベランダから階段が見え、来客があったら絶対に分かるはずだし、階段を上がる音でも気付くはずなんです。でも、突然、チャイムが鳴る。

数人が溜まっている時でも、A子1人の時でも、突然チャイムは鳴る。

大勢で集まっている時などは、突然「ピンポーン」と鳴ると、全員が顔を見合わせ、、恐る恐るドアを開け、そして、やっぱり誰もいないから全員で絶叫。
すると隣の部屋から、「うるさいぞー」と抗議の壁叩きが来ていたそうで。(笑)

当然、「A子の部屋は、なんかある。出る」と騒ぎになる。
A子も、「引っ越す」と半泣きです。

でも、「怪現象があるから引っ越したい」と言っても、A子の実家でも納得しない。(そりゃそうだ)
A子は怪現象に怯えながら、我慢していましたが、次第にそれはなくなっていったようです。


その一方で、新たな場所で、怪現象が起こり始めていました。

それは、当時私がつき合っていた男子。

「夜中にピンポーンって鳴るんだよ。でも、誰も居ないんだよ。ベランダ空けていたから、誰か来たら見えるはずなのに…。ほとんど毎晩だよ。こえぇよぉ。ノイローゼになりそうだよ」と、こちらも半泣き。

当事者になると、皆、本気で怖がりますね。

でも、私は結構彼の部屋に入り浸っていたのですが、それに遭遇したことはないので、
「同じアパートの住人に恨み買っていて、それで嫌がらせされてるんじゃないの? いつも麻雀やっててうるさいから」と、言っていました。

でも、「いや! 違う。この部屋はおかしい。いつもおまえが帰った後、遅い時間に鳴るんだって。怖いから今日は泊まっていってくれよぉ」と言い張る。
麻雀仲間も、1度それに遭遇してから寄りつかない。だからますます、怖い。

またもや、「引っ越してぇ~」の騒動です。
彼はその後しばらく怪現象と共存しながら耐えていましたが、1年もしないうちにその怪現象は止まりました。

やっぱり誰かの嫌がらせだったんだよ。。

そんなふうに、私の身近な人たちは、「深夜にチャイム」の恐怖に耐えていたのでした。


それから長い年月を経て、、短大時代の同級生たちと会った時、
「そういえば、A子の部屋って、怖かったよね」「あった。あった。怖かったね」と、そんな話題になったわけです。

そこで1人の同級生が、、「あれね、、ずっと思っていたんだけど、いつも小沢が帰った後で、あのチャイム鳴っていたと思わない? だから、最初のうちは、『あれ、小沢、最終地下鉄に遅れて戻ってきたんじゃない?』ってみんなで言っていたこともあったしょー」と。。

私も、意味が分からず、、「だから、なんなの??」。

そして誰かが笑いながら、「もしかして、幽体離脱ってやつ??」と。

それを聞いて皆、「帰りたくなくて、幽体離脱して戻ってきてたってこと~?」と、笑い飛ばしていたんですが。。。

その時、私はハッ、、としていました。
「今、気付いたけど、、その例、A子のところだけじゃないんだよね。実は、高校の時も。。●大のヤツとつき合っていた時も、、」と言うと、その場はシーン。。

まずいモノを見るような目で見られましたが、「あれが小沢の仕業だと分かっていれば、みんなあんなに怖がらなかったのに~」などと言われ、さらには、「その後、いろんな所で幽霊騒動起こしてたんじゃないの~?」と言われ、、。

でも、実際、どうなのでしょう??

一応、短大時の同級生たちは、「小沢の幽体離脱事件」として解決したようですが。。。
私には分かりません。実感がありません。

もし仮にそうだったとして、、そのピンポーンの時刻は、私が地下鉄に乗っていて薄ぼんやりしていたり、うたた寝しているような時間帯から、下宿に帰って完全熟睡、という時間帯までさまざまだったようです。
もちろん、そんな夢も見ていなかったし、意識もイメージの残像もありません。

実感がないから信じられないけど、、、

でも、「もっとみんなと一緒に楽しんでいたい」と思いながらも、毎度毎度外泊許可をもらうこともできないから、あきらめて宴たけなわで帰っていたわけです。

純粋な乙女の心情が、時空を越えて、宴の場や好きな人のもとへ飛んでいても、、、、おかしくはない??


いや、、やっぱ、おかしいよ。。(笑)


学生時代という、自由だけれど、門限や制限がある日々でのみ、起こっていた怪しい現象です。

社会人になって一人暮らしを始めたら、会社を終えたらその日は完全に自由だし、そのうち車を買ったら地下鉄の時間制限を気にしないでいつでも移動できるようになって、ますます自由になれたし。
もう、幽体離脱は必要なくなったのでしょうね。

たしかに、私が社会人になった頃から、彼氏の部屋でもA子の部屋でもチャイム現象は起こらなくなっていました。

・・・やっぱり、そうだったのかなぁ。。
今さら、どうでもいいことだけど。

でも、もし今でもそれができるなら、、、どこでもドアみたいで、、ちょっといいな。
眠っている時に、その時会いたい人のところまで行けちゃうんだもの。
だけど、ダメだな。ドアまでは行けても、誰かに会えたりできるわけじゃないみたいだし。

だいたい、、もう、深夜でも平気でチャイム鳴らせるような分別のない年頃じゃないしね。

大人になって常識も分別も備わってきているから、無意識でもそれはもうできないだろうな。
Posted at 2007/08/14 00:57:42 | コメント(7) | トラックバック(0) | sweet memories | 日記
2007年08月13日 イイね!

もののふに、差し入れです

もののふに、差し入れですお盆に働いている、侍に差し入れです。

ラムネ味のチューハイって、、、。w



でも、【侍】用なので、侍らしい味がすることでしょう。

小沢的には、銘刀の誉れ【虎鉄】と名付けたい。




今朝ほど、先日取材したある会社の社長様から、暑さを吹き飛ばす、熱いメールをいただきました。

-------------------------------------------------------------

世の中、一部しか見えないものに、全ての評価がくだります。
しかし、継続するとその評価や結果は、一連の継続の結果になります。
いいことばかりではないですが、信念の継続は、形を残します。
頑張ってください。

-------------------------------------------------------------


たしかに、1部に対して、すべての評価が下りますね。

これまで、【評価】というものに無頓着だった私。
自分が良いと思えば、それで良い、、という考え方だったのですが、改めて【評価】というものが、世間に横たわっていることを知りました。

それでも、評価は気にせず、影響や効果を気にしながら、歩みを進めていくと思います。

しかしながら、【地道な継続】は、してゆくと思います。
ナンの切り札も持たない私は、ただ、継続するしか方法はありませんから。。


会っていきなり、「そんなありきたりの考え、とてもプロとは思えない」と、私に苦言を呈した方がこの期に及んで励ましてくれる、精一杯の誠意を感じるので、とても有難く、うれしく思います。


1度斬った相手に、情を傾ける。
この侍魂も、また沁みる。






Posted at 2007/08/13 17:07:56 | コメント(6) | トラックバック(0) | | 日記
2007年08月13日 イイね!

差し入れです

差し入れですお盆に働いている、甘党の方に、差し入れです。

<Happyプッチンプリン>400グラム、昨日、ジャスコに山積みされてました。

あるんじゃ~ん。


今日は私も仕事をしています。

今さら言うことでもありませんが、暑いです。
私がそう言うと、「釧路の暑さなんか、なんぼのもんじゃい」と思われるでしょうが、
釧路の人間にとっては、釧路圏だって暑いです。

午前のうちに30度越えています。

釧路の30度は湿度が高い分、十勝の34度よりも不快指数高いです。


本当は今日、十勝で勝毎花火大会見に行こうと思っていたのですが、昼までに仕事が終わらなかったので、行けません。だから、子供たちにブーブー文句言われながら、やっと今、取り急ぎの原稿アップしました。


今年は入場券を入手できなかったので、行くとしたら早く行って自由席を確保するしか術はなく、、。今朝までは、早く行こうとする気力も努力もあったのですが、やっぱりダメでした。。


見苦しいので間違っても写真などアップできませんが、、
現在の我が家、、あられもない姿で生きております。

我慢できず、エアコン除湿していますが、それでも暑い。室温30度です。
でも、湿度が55%なので、まだなんとか我慢できます。
(除湿で我慢しようとする頑張りを、評価してください)

2階の室温は34度。湿度は65%。さっき亭主の部屋で写真データをダウンロードしていたら、気が遠くなりかけました。

子供たちは、先ほど、「キャッチボールしてくる」と一瞬出ていきましたが、
「外にいたら、死ぬわ。かーちゃん」と、速効で戻ってきました。根性無しです。 

そして、エアコン下でDSやっています。
自転車こいで、プール(15キロ先。W)にでも行ったらいいのに。

次男なんか、パンツ(電車のブリーフ)だけです。ハダカです。そのパンツも、時々脱いでいます。でも、なぜか靴下履いていたりします。(阿呆な子なので)
長男もハーフパンツに上半身裸体です。(細くて白い胸板が痛々しいです)

私も、、そこまではいきませんが、似たようなものです。

宅急便やクリーニング屋さんが来たら、何か着て出て行かなくてはなりません。。



全国的に暑い折り、暑い暑いと、暑苦しい文章を、ダラダラ長々書く罪をお許しください。


Posted at 2007/08/13 16:47:22 | コメント(4) | トラックバック(0) | スイーツ | 日記

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