朝のニュースで、長岡市に投下された模擬原子爆弾の話が取り上げられ、そういえば夏の旅行で行ったばかりだったと思い出す。
元はと言えば、夏の旅行で山形の鶴岡市を訪れた帰り道に泊まった長岡市の、戦災資料館で観た資料映像の中に出てきたので気になって調べてみたら、長岡市街から割と近くに碑があったので行ってみたものだ。
場所は長岡市左近町、信濃川の支流、太田川にかかる永代橋のたもと、土手の途中にある。
本当の着弾地点は土手の下の畑の中だったらしい。
模擬原子爆弾とは。
大戦末期、米軍がプルトニウム型熱核爆弾「ファットマン」を模して製造した模擬爆弾のことだ。実弾と区別するため黄色く塗られており、その形状からパンプキンの異名がある。
詳しくはココあたりを読んでいただくとして、総重量10,000ポンド(4.5t)、模擬弾とはいえTNT火薬5,000ポンド(2.25t)と通常爆弾の10倍の炸薬量で、事実、当時米軍が運用する爆弾では、原爆を除く最大の爆弾だった。
模擬原子爆弾投下の目的は、原爆投下のためのデータ収集、予行演習などという説が一般的である(他にもB29搭乗員の戦意高揚や本番の投下の欺瞞などの説がある)。日本全国49カ所も投下されており、東京の八重洲や保谷などにも投下された。
長岡市が狙われた理由については当時、原爆投下候補地の一つとして新潟市が計画されており、その予行のために、長岡市にあった津上安宅製作所を目標に、このパンプキンの投下が1945年7月20日に計画されたものだ。
しかし当日の長岡は天候が悪く視界不良で、目標の津上安宅製作所を視界に捉えられず、信濃川と橋の位置関係が似ていた左近付近の畑の中に誤って投下されたものという。
このあたりの経緯は、小倉に投下されるはずの「ファットマン」が視界不良で急遽、長崎に投下されたのとよく似ている。
しかし目標を外したとはいえ、炸薬量2t以上の大型爆弾であり、爆風で2戸倒壊、4人死亡、左近付近の全民家のガラス窓が割れるなど大きな被害を受けた。
結局、この時期に視界が悪いことと、位置がB29の航続距離ギリギリであることが懸念されて、最終的には新潟市が原爆投下の目標地点の候補から外されることになった。
この一件により、皮肉にも新潟市は広島や長崎を見舞った惨禍を逃れたことになる。
このあたりの風景は当時もあまり変わらないはず。
さて、腹が減ったので少し走った先の栃尾で油揚げ定食を食す。
このサイズだと厚揚げに見えるが、ちゃんと芯まで揚がったカリフワの油揚げ。ホッピーが飲みたいが、クルマの旅は辛い。
ブログ一覧 | 旅行/地域
Posted at
2019/09/02 22:34:26