初代1995年式 1800cc Sスペシャル
93700km+3600km=97300km
最終回.「人馬一体・ボクも幸せになれた」
━━★ ちょっとしか乗らなかったが・・・
結論から記すと、ユーノス・ロードスターはもう手元に無い。クルマが壊れたからとか、飽きたということではなく、私の健康面の理由により、惜しむべくして別れる事にした。
所有期間は1年10ヶ月、その間の走行距離は3600キロ程度と少なかったのだが、このクルマのコンセプト「人馬一体」「誰もが、幸せになる」を享受できたのは言うまでもない。最終回は散々語られてきたウンチクやレポートを交え、個人的な想いも含めて総括としたい。
━━★ 20年越しの想い
ユーノス・ロードスターと私の出会いは割とタイムリーだった。シカゴ・ショーにデビューし日本国内で発売となった1989年、カーグラフィックTVでロードスターが紹介されたのを見たのが最初だった。雨のサイクルスポーツセンターを走るミアータMX-5と、松任谷正隆氏・田辺憲一氏・松本葉氏がロードスターを評価よりも先に日本製ライトウェイトスポーツ(以下LWS)の誕生をとても歓迎されていたのが印象的で、免許も無い原付バイクで走り回っていた高校生のボクでさえ、このクルマの魅力が伝わってきたものだった。
1989年は日本車のヴィンテージ・イヤーだったのはご承知のとおり。1991年頃から私たちの世代は免許を取り始めて、中古車や新車を買い始めた。直ぐにロードスターを買った人はいなかったけれど、皆が就職して社会人になって数年経った90年代中頃から後半は、私の周りにロードスターを買った人が増え始めた。
女性はオートマチックのVスペシャルを乗ってたし、20世紀を超えてもNB、2代目ロードスターが好きで乗っている知り合いも何人かいた。ところが3代目NC型になった2005年以降は、旧型を含めてロードスターを購入した人にお目にかかっていない。世相と時の流れを感じる。今思えば、初代ユーノス・ロードスターの時代は華があった。どんな人にも受け入れられて、二人しか乗れない、荷物が積めないといったネガティブな要素は二の次だった。今はミーティングのクルマ談義で、私のロードスターを見つけると「前乗っていたよ!」「私は予約に行ったんだ」といった先輩オーナー達の会話が繰り広げられる。
皆が乗っていたのに私は買わなかった。勿論、ロードスターには好印象を抱いていたし、クルマの運転が好きなので欲しいには欲しかった。しかし、荷物を積んで遠くに出かける楽しみや、買い物を楽しめるクルマ、ステーションワゴンやハッチバックにプライオリティがあった。だからどうしてもファーストカーには成り得なかったのである。
━━★ スポーツカーって
スポーツカーって定義は本当に難しい。個人の定義づけだったら話は早い。F1とか競技専用車は話が突飛だけれど、公道を走れて買えるクルマに絞ったとしてもピンキリだから、今回はライトウェイトスポーツカーカテゴリーで話したいと思う。
オープン2シーターで私の感性にスマッシュヒットしたのはアルファロメオのスパイダー・デュエット。映画「卒業」でダスティン・ホフマンが駆ったのを憶えている。他にフィアット850スパイダーも好みで、もうお気づきだろうが、低いフォルムに前後オーバーハングの長い、ドライバーの腰から下がクルマ、みたいな、子供が絵を描くような分かりやすいシルエットで、速さや強さを誇示しない、ほのぼのとドライブするようなオープンスポーツが好きだ。
━━★ ロードスターのフォロワー達
長い間LWSの冬の時代から、89年にマツダがロードスターを登場させるや、忽ち世界で歓迎されると、これはイケると踏んだヨーロッパメーカーから続々と対抗馬を出してきた。
復活MGからはF、ポルシェ・ボクスター、BMW・Z3、メルセデスはSLK、アウディ・TTロードスター、フィアット・バルケッタ、ロータスはエリーゼを登場させた。日本からもスズキやダイハツがオープン2シーターをモーターショーに登場させるや、結局発売には漕ぎ着けなかった。後にトヨタMR2の後継としてMR-Sを登場させたが、いかんせんスタイルが不評だった。
この中でフィアット・バルケッタだけは格別で、これほどハートにズキンとくるクルマも滅多に無い。バルケッタが手元にあったなら、スポーツ走行なんてどうでもいい。カフェでエスプレッソを飲みながらバルケッタを鑑賞できたら素敵だと思っていた。
MGFも好きだった。MGBの印象が強い復活MGは古典路線からポップで明るかった。デリケートながら逸品と言われるKユニットは買うなら最初で最後の気がした。パープルのMGFを買ったら、ポールスミスを着てブリティッシュロックをオーディオにセットするつもりだった。
スポーツカーの金字塔、ポルシェ・ボクスターはやはり出費を覚悟するもので2003年に購入を検討したけれど頓挫。今思えば勢い任せで買った方がよかった。
輸入車が沢山売れた90年代後半はそれもよかっただろう。異文化体験をさせてくれる輸入車もよかったが、当時のクルマが今、市場に残っているのはほんの僅かでしかない。輸入車は悲しいかな日本で長く価値が続かないので、短命に終わる環境なのだ。そこにきてマツダが世界に誇るロードスターは、大してカネもかからず手軽に楽しめる。そのサイクルが続いているところがまたすばらしい。それに気づいた私は、MPVの買い取り価格とずる換えできる範疇で、ロードスターを探したのだった。
━━★ じゃぁ、ロードスター乗りましょかね
ネットで個体の良さそうなSスペシャルを見つけ、一宮市の中古車屋へ買うつもりで見に行く。ガレージの奥には店主の所有車であろうN360とライフが!いいカンジの店である。お目当てのロードスターは洗車されており、オープンにした状態でお出迎えの姿勢だった。指二本を引っ掛けるドアノブを引くと「バクッ」とドアが開く。背中を丸めて室内に体をおさめ、エンジンをスタートさせる。好きになれないファミリアのエンジン音は変わらず、オープンゆえの遮音の殆ど無いコクピットは記憶を呼び覚ます。「懐かしいじゃないか」ユーノスは所有こそしなかったものの、借りたり乗せてもらったりはよくあった。カタログ写真どおりに手が加えられていない目の前の個体はシンプルゆえにヘタりや寂れた感じはなく、当時の輝きを放っているように見えた。
車検や登録を済ませて自分のクルマになると、遠慮なしで運転できるわけだが、走り回ったりデートに使ったりするわけではなかった。実用には三菱アイがあったので、乗らないと月ぎめ駐車場にカバーをかけたまま、月に一度位、バッテリー維持のためにアイドリングをするのがやっとの事で、走り出すとすればイベントやミーティングに連れ出すことくらいだった。私の歳で、このご時世ならまぁ合点がいくかもしれない。
今の若い人を助手席に乗せたら、もういいから降ろしてくれといわれるかもしれない。何故ならユーノス・ロードスターは現代のクルマからはかけ離れている。ウルサイ、狭い、乗り心地が悪い、3拍子である。男女問わず、せっかくのプライベート空間をわざわざ台無しにすることはないとオープンにはしないはず。昔、フィアット500にワカゾーを乗せたときは「面白い「」「カワイイ!」と言ってくれたが、まだまだ中途半端に古いクルマなのである。
よその人がどうこうしようがいい。どっちみち自分のために購入したクルマなのだから、大人になって子供の頃のホビーを買いあさるように、ユーノス・ロードスターも同じことなのである。
━━★ 1995年式、走行距離92000キロ、1800Sスペシャルのインプレッション。
2008年になって乗っても走って楽しいクルマだ。サイズ、パワー、レスポンス、乗り心地、実用性も不満が無い。厳しくジャッジするなら現行型NCの方がよいのだが、何せユーノスはヴィンテージカーだ。エアバッグもESPも、ABSすらない。リトラクタブルヘッドライトなんてもうお目にかかれない。
大事なのはこういうクルマの選択肢がなくなっている事だ。ドイツ勢は車格が上がり、ロータス・エリーゼは玄人志向だ。MR-SやS2000も終わった。現実的にはNCロードスターしかないのだが、少量生産のツケもあって300万円近い。可能性があるのは中国合弁に入ったMGだが期待は出来ない。
機密性はびっくりするほど低い。幌を下げて窓を閉めていても、バイクの2ストオイルの臭いが車内に入ってくる。エンジンをかけていなくても室内に乗り込んだときに、外の音がよく聞こえるので、窓が開けっ放しじゃないかと勘違いするほど。
走りはさすがにスポーツカー専用設計だけの事はある。思えば新型エランは競争の舞台にも立てなかった。流用部品も多く、割り切りも絶妙だったと思う。特に私のSスペシャルは吹け上がりが軽く、駆動系とのレスポンスに優れていた。シリーズ2になって1600CC時代を取り戻していると思う。とにかく走りが気持ちよい。クルマとの一体感はスポーツセダンやハッチでは味わえない。ボディは軽くて軽快。無理なく能動的に動くアスリートの脚、前後ダブルウィシュボーンにパワープラントフレーム、制約の多い中で基本的ディメンションが良かったのがこのクルマの名誉だと思う。
イマドキ驚くのは回転数の高さ。100キロ巡航、5速で4000回転近く回っている。軽自動車並みだ。おかげで長距離クルージングは常に鼻息荒い。今1800CCといえばメルセデスEクラス・ワゴンを引っ張る排気量である。
ユーノスの新車を乗ったことがないので、ヤレは図れないのだけれども、現代のクルマからすればヘナヘナブルブルだ。
しかし腰から下は、腐ってもビルシュタインだった。路面追従性は勿論のこと、パワースライドの姿勢変化への対応も思ったようになるのである。まだ、基本の「キ」から始められるクルマなのだ。ただ、速度域がそんなに高くない条件での話だ。今となっては山道でデミオにも先を譲らなければいけないかもしれない。
大人二人の小旅行もまだいけるかもしれない。NAユーノスのトランクはスペアタイヤが鎮座しており、デコボコしているからスーツケースではなく、ボストンバッグを推奨する。
以上が私の簡単なインプレッションだ。冒頭で記したように、せっかくロードスターを所有したのに、クルマを楽しむ状態ではなかったから申し訳なく思っている。また元気になったら、もう一台のアイがあるうちに所有してみるかもしれない。やはり初代NAユーノスにこだわろうか、NAがまだ市場にゴロゴロしていること事態凄いことだと思うし、いい巡りあわせならNBでもNCでも構わない。
━━★ しあわせ運ぶロードスター
因みに、この95年式Sスペシャルはオークション代行の買取屋さんに数万円で買い取ってもらい、数ヵ月後に陸運局で現在登録状況紹介を申請したところ、横浜の業者さんに移ったところで輸出抹消中だった。正直、エコカー補助金に差し出せば25万円のインセンティブが入る。スイフトなんてどうだろう?と思ったりもしたが、このクルマのヒストリーを考えるとそれもどうかと思っていた。このヴィンテージカーが海外へ渡るのだ。スクラップにされる運命かもしれないが、クルマ需要のあるところに行って欲しい、と親心が働いてしまうものである。
国境を越えてこのクルマ、楽しい!と思ってくれたら、とても嬉しいではないか。
2010/12/31