偏頭痛に昨日は悩まされブログをサボったバーンスタインです(笑)
なんか書かないとダメだ~という強迫観念めいたものが最近(^^;)
ちょっとペース、落とします。
昨日は終戦記念日でした。
72年前の8月15日「大日本帝国」は連合国のポツダム宣言受諾を昭和天皇の「玉音放送」を放送することで「無条件降伏」の意思をあらわした訳です。
ただ正式な我が国の「降伏」は同年9月2日にアメリカの戦艦「ミズーリ」の甲板で外務大臣・重光葵、参謀総長・梅津美治郎が降伏文書にサインしたことにより正式な「無条件降伏」が発効したことになります。
8月15日から9月2日までは謂わば「停戦状態」だったわけですね。
同盟国ドイツ・イタリアは既に降伏、連合国軍は日本に対し全面無条件降伏をするよう様々な外交チャンネルと通して接触するわけですが、「本土決戦」を主張する陸軍や海軍右派の声もあり、我が国はそれを黙殺、その結果連合国側は「日本に降伏の意思無し」とみなし8月6日の広島、9日の長崎への原爆投下、そして同日のソ連参戦という結果を招きました。
8月6日の広島への原爆(「当時は新型爆弾と言われたそうですが)投下は直ぐに「御前会議」(天皇を中心に首相や陸相、海相、外相などで構成される当時の国家意思最高決定機関)で報告されたようです。
陸軍は「戦争継続」「本土決戦」を主張し、会議の結論は出ず、その結果9日には長崎への投下、ソ連が満州へ侵攻を開始する等、最早にっちもさっちもいかない状態に追い込まれます。
(このあたりは映画「日本の一番長い日」をご覧頂ければわかりやすいと思います。ただし、私見ですが相当「美化」されている部分があると思っています。特にリメイク版)
結局、8月10日未明の御前会議にて昭和天皇の「御聖断」を仰ぐ形で「ポツダム宣言受託」が裁可され我が国は降伏を決定、8月15日の玉音放送にて受託する旨を発表することとなります。
軍の一部はそれでも「本土決戦」を主張し「一億総玉砕」を主張しました。
もしもそれが現実のものとなっていたら・・・・・
竹槍で「米英と闘う」と市民達が言っていたのは有名ですが、恐らく第三、第四の原爆が投下され、一般市民の死者はとんでもないことになっていたでしょうし「日本」という国の形さえも変わっていたのかもしれません。
この「竹槍」を思い出したのはニュース映像で現在の緊張する北朝鮮のICBMのグアムへ向けての発射を報じているとき北朝鮮市民へのインタビューを聞いたときでした。
インタビューを受けていたのはご婦人でしたが「仮にアメリカが我が国を攻撃しようとも私は夫とともに台所の包丁を取り出して闘う。米帝やその傀儡を殲滅する」と言っていたのです。
これを見た私は失笑しましたが、ふと戦前の我が国でも「竹槍で鬼畜米英を撃ちして止まん」と言っていた我が国の事を重ねたのです。
我が国は軍人、軍属は勿論のこと一般市民まで多くの犠牲者を出し昭和天皇の「聖断」により終戦を迎えました。
語弊がありますが軍人やそれに協力する軍属は闘うことが職業で、戦争で死んでもそれは名誉なのかもしれません。しかし最も被害を被るのはただ国の言うことを聞いて、それを信じ込まされ死んでいった「市井の人々」です。
軍人・軍属、そしてただ「日本」という国に生まれ、市井で暮らしていたのに「戦争」の犠牲になった方々の魂に哀悼の誠を捧げる日でした。
さて、そんな8月15日でしたが戦史物、半藤一利氏や阿川弘之氏、実松譲氏あたりを読もうかと思ったのですが、一昨日からの偏頭痛がまだ少し残っていて、なんだかそれらを読む気力が湧きませんでした。
ならばいっその事、車を題材(または物語の重要なファクターを占める)にした小説(と言ってもノンフィクションでは無く)を読もうと思い立ちました。
「自動車」が題材だったり物語のメインストリームとなっている小説では五木寛之さんの「雨の日は車をみがいて」とか梶山季之さんの「黒の試走車」、宗田理さんの「日米自動車戦争」、池井戸潤さんの「空飛ぶタイヤ」あたりが有名でしょうか。
そんな中、私が手に取ったのは齋藤純氏の「黒のコサージュ」です。
この物語の登場人物の1人「社長」は中古の外車専門ディーラーの他、様々な会社を経営していましたが、末期のガンに冒されており、その事業の殆どを整理し病院で残った時間を「好き勝手に生きる」と宣言しているのですが、何故か会社の全てが整理される中、外車ディーラーの営業マンだった主人公だけが会社に残されます。
「社長」に呼ばれた「主人公」はある依頼をされます。
その依頼とはかつてその会社が売った車達の「今」はどうなっているのかを調査せよというものでした。
この小説は「サスペンス」仕立てなのですが、主人公は警察官でも無く、スパイでも無く「一介の車屋の営業マン」ですから喧嘩が強いわけもなく、異常なキレ者でも無く、飛び道具が出てくるわけでも無く「普通の人」です(笑)
女の子に酒場で声かけてフラれたり、手練のカメラマンにせっかく撮った写真を取られたり、謎の人間達にある依頼を多額の金で依頼されてビビったり(笑)
非常に人間的な主人公で共感が持てます。
さて、その物語に登場する6台の車。
「サーブ96・V4」「カルマン・ギア」「マセラティ・ビトゥルボ」「ファセル・ヴェガ」「ジャガーMarkⅡ・3.8」が社長からその「今」を調査せよ」と命じられた5台。
もう1台は主人公が「足代わりに使え」という事で唯一、ディーラーを閉めるときに引き取り手が無かった「シトロエン・2CV」。
この本に出逢ったのは高校2年生位のときだったと思います。
「カルマン・ギヤ」や「マセラティ・ビトゥルボ」「ジャガーMarkⅡ」「シトロエン2CV」の存在は知っていたものの他の3台の存在は未知の車でした。
(サーブという会社は知っていても「96・V4」なんて車は知らなかったですし「ファセル・ヴェガ」に至ってはその存在すら知りませんでした)
この「黒のコサージュ」に出会って「齋藤純」という作家の存在を知り、彼の著作を読み漁った思い出もあります。
そのどれもこれもが面白く、全てはフィクションなのですが、車を重要なファクターとした物は勿論、それがバイクであったり、自転車であったり、はたまた彼の地元、岩手の偉人達を絡めた物があったり・・・
一度、余りにも本が大量になってしまい処分したことがあるのですが「黒のコサージュ」だけは取っておきました。
(今にして思えば齋藤氏の著作を全てとっておくべきだったと後悔しています。BOOK-OFF等、たまに行った際にはチェックしているのですが中々出会えなくて・・・涙)
「カルマン」や「マセラティ」等を知っていると言っても「頭の中でボディを思い浮かべる」事が出来る程度で、自分には全く縁のない車だと思っていましたので、その車達を調べるということもしていませんでした。
今日、久方ぶりに「黒のコサージュ」を手に取り、その車達がどのような車だったのか?という困った癖がまたもや頭を擡げてきまして(笑)
「カルマン・ギア」(Wikipediaより)
カルマンギア(Karmann Ghia)とは、ドイツのフォルクスワーゲンが製造・販売した自動車。大衆車であるタイプ1(ビートル)をベースとして開発されたスポーティカーである。
ありゃ、ビートル・ベースだったのか(汗)
名前の由来である「カルマン」は「カルマン社」へボディ艤装を依頼したことが由来な事は知っていました。
しかしその「カルマン・ギア」が様々なボディタイプやエンジンを搭載していたことは今日初めて知りました。
私が「カルマン・ギア」として頭の中に持っていた車

このモデルは「タイプⅠ」と呼ばれ、ビートルのタイプⅠをベースに開発された車両とのこと。
これのオープンモデルとかそこそこ前は街中で結構見たような気がするのですが、最近見ないなぁ。
知らなかった「カルマン・ギア」
「タイプⅢ」

おお!この車は知らなかったぞ(笑)
なんだか今見ても新鮮味を感じるデザインです。
私は「エンスー」ではありませんが旧車の中で大好きな車の1つに「日野・コンテッサ」(二代目)があります。
それこそコンクールデレガンスや旧車のミーティング等でしか見ることが出来ない車ですが、なんとなくそのコンテッサに似ているような美しいデザインだと思いました。
そしたら「カルマン」も「コンテッサ」もイタリアデザインなのですね。
カルマンは「カロッツェリア・ギア」が原デザイン、「コンテッサ」はジョバンニ・ミケロッティ。
やっぱりイタリア人のデザインセンスって昔から培われたものなんですね~(^^)
「日野・コンテッサ」(二代目)
両車ともRRドライブという点も似ていますね。
コンテッサはちょっと離れたところにある墓石屋さんの駐車場にナンバー付きでよく停まっていたのですが、数年前から見なくなってしまいました。売っちゃったのかなぁ・・・それともガレージ保管にして出さなくなっちゃったのか・・・
もう一つ、知らなかった「カルマン・ギア」
「タイプTC」

こちらはVWのブラジル法人独自モデルとして開発・発表されたようです。
こちらも流麗で美しいボディラインですね。
こちらはなんだか「いすゞ 117クーペ」に似ているなぁと思いました。
と思ったら「117クーペ」のデザインも「カルマン」と同じイタリア「カロッツェリア・ギア」でなんとデザイナーはあの「ジョルジェット・ジュジャーロ」だったのですね(^^;)
「いすゞ 117クーペ」(初期型、所謂ハンドメイド・モデル)

こちらも今見ても古さを感じさせないいいデザインですね。
話を「カルマンTC」に戻しますとこのモデルは「プアマンズ・ポルシェ(Poor-man's Porsche:貧乏人のポルシェ)」と呼ばれたそうです。
私の中で「プアマンズ・ポルシェ」というと真っ先に思い浮かぶのは「RX-7(FC型」なのですが、あっちは「ポルシェ944」に似ていたからでしたね。
「車」という存在はその車を気に入って買っているであろう人が殆どで例えば「ポルシェに似ているから買う」という人はほんの僅かだと思いますから「プアマンズ・○○」なんて失礼な言い回しですよね(^^;)
まぁ、そんな事は置いておいて、いきなりの一台目から知らない存在があった事を知ったぞ(笑)
「マセラティ・ビトゥルボ」は角目四灯のセダンで性能も凄いセダンという認識でした。
それも内装なんか木目がふんだんに使用され、シートも「いかにも」物の良さそうな本革シートというイメージ。
ところがこの「ビトゥルボ」もクーペの方が先にデビューした車だったんですね。
マセラティ・ビトゥルボ

こちらも「如何にもイタリア車」というデザインですね。
子供の頃「ビトゥルボ」というのは「造語」か「何かの意味のある車名」だと思っていたのですが「ツインターボ=TWIN TURBO」のドイツ語表記「バイターボ=BITURBO」の意味と知ったのは大学生になってからでした(笑)
(AMGのメルセデスのサイドに「BITURBO」とエンブレムが付いていたりしますね。昔見た「Kompressor」表記がターボだと思っていたのですが、こちらは「スーパーチャージャー」の事だと今回知った事は内緒笑)
内装もその時代の国産から見たら豪華・・・・

ウッドハンドルにアナログ時計等今の高級車達に通じるものを感じます。
この車、舘ひろしさん主演の「免許を取ろう!」(だったかな?)で劇中の舘さんが、免許がないのにこの車の宣伝に起用されるというコミカルな展開を思い出しました(^^)
今見てもこの車には「色気」を感じます。
マセラティと言えば作家の「北方謙三」さんが真っ先に思い浮かぶのですが、やっぱり彼のように「遊ば」ないとイタ車は似合わないなぁ・・・
私は一生、「イタ車」には縁が無さそう(笑)
「ジャガー・MarkⅡ」というと丸目四灯の長大ながらもシャープなボディ、そしてモスグリーンという勝手なイメージが出来上がっていた車です。
↓これ

ところがこれは「MarkX」というモデルだったんですね(汗)
(なんか「MarkⅡ」とか「MarkX」とか国産の某セダンみたいだなぁ・・・と思ったら由来にやはり関係してました(笑)まぁ、今回は話が脱線しちゃうので端折ります笑)
「ジャガーMarkⅡ」という車はこの車でした。

あーこっちか!という感じでした(^^;)昔、これのプラモを造った記憶が蘇りました(笑)
今改めて見ると荘厳さと流れるようなボディラインが素晴らしく融合したデザインですね。
私の勝手なイメージですが「ウィンストン・チャーチル元英国首相」や「吉田茂元首相」が乗っていそうな感じ(笑)
(チャーチルは知りませんが、吉田翁はメルセデスでしたね。そのお孫さんの「現財務大臣」も車好きだとか)
やった、頭の中が修正されたぞ(笑)
シトロエン2CVは「ルパン三世」の何かの作品で観た記憶が強烈で(笑)
それと、この「黒いコサージュ」を読んで「2CV」の読みが「にーしーぶい」では無くて「ドゥ・シ・ヴォ」な事も知って当時の車好きの友人たちに「このドゥ・シ・ヴォは」なんてカッコつけて呼んでいた記憶も蘇ってきました(笑)
(あの頃は徳大寺さんの本を呼んで「メルツェデス」とか「ジャギュワー」とか「ポーシェ」なんて呼んで喜んでいたなぁ笑)
シトロエン2CV

「2CV」の意味は「2馬力」という意味だそうで、実際には2馬力という訳では無いようですが、その愛らしいエクステリアとちっちゃいエンジン、なんだか「元祖ファニー・カー」的ですね。
ただ、この車はファニー・カーでは無くちゃんとした「実用性」から来たエクステリアだそうですが(^^)
この小説の中で、主人公は近場の移動には「2CV」を使いますが、長距離移動には使っていません。小説の中では「12馬力の非力なエンジン」と書かれていますから主人公も長距離移動には使わなかった(使えなかった?)のでしょう。
私見ですが、モータリゼーション勃興期において大きな役割を果たしたのは「VWビートル」「MINI」、そしてこの「2CV」だったのではないかと思っています。
安くて頑丈、維持費も低廉で実用性も十分。ボディも大きすぎないがちゃんと大人4人乗ることが出来るという点ではこの3車、生い立ちの経緯やメカニズムの違いこそあれ似てるなぁと思ったのです。
(それと「ビートル」がカブトムシなら「2CV」は「でんでん虫」だなぁなんて笑)
ここまでの車達はイメージとは違っているのもありましたが(笑)概ね、その存在を知っていた車。
残りの2台。
「サーブ96 V4」と「ファセル・ヴェガ」はその存在すら知らない車達です。
小説中では「96・V4」は「ボディはゴキブリというあだ名で、ボディ下には雪国のスウェーデンで雪に突っ込んでも脱出しやすいように、ソリのようになっているんだ。だから暑い日本の夏ではすぐにオーバーヒートする」と書かれ「ファセル・ヴェガ」は「フランスの高級車として販売され、その威容はアメリカ車やドイツ車とはまた違った存在感を醸し出していた。」と書かれています。
この本を久しぶりに読んで、この謎の2車を調べる良い機会になりました。
まずは「サーブ 96・V4」
勿論「サーブ」という車はちょこっとは知ってました。
イグニッションスイッチの位置が変な位置にあったり、メルセデスやボルボのようにヘッドライトワイパーが付いていたりという意味では(笑)
車名も「サーブ900」とか「サーブ9000」という名前でした。
何故か子供の頃、「サーブ9000」がとてもカッコよく見えて親父にせがんで見に行ったことがありました。
その時の強烈な印象が「イグニッションスイッチの位置」でした(笑)
その後、大人になってからは「9-5」とか「9-3」なんてのもありましたね。
正直、ボルボより乗ってみたい車でしたが破綻→身売り→破綻→身売り→SAABブランド(自動車)消滅(涙)
(飛行機はちゃんとありますよ)
確か1度目の破綻のとき、当時の正規代理店だったピーシーアイが「ほぼ投げ売り」と言ってもいい条件で新車を売っているのを見てちょっと悩んだ事もありました(^^;)
そんな「サーブ」は知っていても「96・V4」という車の存在は全く知りませんでした。
今回、このブログを書くに当たってその車のエクステリアやメカニカルな部分を知った次第です。
「サーブ 96・V4」

そんな「ゴキブリ」なんてあだ名を付けられるほど酷いデザインでは無いですね(^^)
いや、逆に「ゴキブリ」のような形なら「超・流線型」の車を指すだろと勝手に思った次第で(笑)
ただ、この「色」。「コックローチ・ブラウン」というそうです。
そこから来たのかな?(^^;)
ちょっとグリル中央が「アルファ」っぽいですけど「パクった」とまでは言えないですよね。
それと「ヘッドランプワイパー」はこの車にも搭載されていたようですが・・・

「扇形円運動」じゃなくて「真横運動」(笑)
これは私的「変態メカニズム」に認定してもいいなぁ(^^)
車名にある「V4」は「V型4気筒」という意味のようです。
最初は2ストエンジンを積んでいたのが排ガス規制のクリアが難しくなり、フォードからV型4気筒エンジンを供給され、それを積んだとのこと。
てか「V型4気筒」もバイクならまだしも、「車」だと結構「変態」なんですけど(笑)
(三菱のかつてあった「V6・1,600CCエンジン」も「変態」ですね笑)
この「サーブ96」は20年間も造られたそうです。
なんかエクステリアの雰囲気といい、その長寿っぷりといいなんだか「いすゞ・フローリアン」を思い起こさせました(^^)
さて、最後の車。
「車名は勿論、メーカー名すら知らない」ファセル・ヴェガ。
一体、どんな車だったのでしょう。
ファセルはもともとは家具メーカーだったそうです。
第二次大戦終了後、フランスの自動車メーカーのボディ生産を請け負うようになり「ファセル・メタロン社」となりましたが、戦後復興に伴いその数が減少、空いた工場を利用して1954年から自社生産の車の販売を開始したメーカーとのこと。
当時のフランスにはブガッティやイスパノ(このメーカーも知らん笑)という高級車メーカーがしのぎを削っていたようで、ファセルもそこに参入。
Wikipediaを見るとファセル創業者のジャン・ダニノーは粋な人で税制や大戦の惨禍で衰退した「フランス製高級車」を復権させたいとの想いから「ファセル」を創業したそうです。
では、その「ファセル・ヴェガ」とはどういう車でしょう。
「ファセル・ヴェガHK500 クーペ」

おぉ!どの車にも似ていないスタイリング!そして堂々たる佇まい!
そして堂々たる体躯ながらエレガントさも感じさせるデザインです。
当時世界を席巻していたであろうアメリカ車やドイツ車には無いオリジナリティあるスタイリングですね(^^)
エンジンはクライスラー製V8を搭載し、
内装も木目「調」をふんだんに使用・・・ってこの時代にもう木目調の技術があったのかい!(驚)
家具メーカーだったファセルはそのノウハウを最大限に活かし金属板に木目を塗装していたそうです。すげぇなぁ・・・
(そういやトヨタ2000GTのウッドパネルもヤマハの楽器製造のノウハウが活かされたと何かで読んだことがあります。「本杢」と「木目調」の違いこそあれ、その成り立ちはなんだか共通するものを感じます。)
「ファセル・ヴェガ HK550 内装」
この豪華さは時代を超越してるじゃん・・・・・
このモデルを見て更に「ファセル・ヴェガ」に興味を持って他にもモデルは無いのか調べてみました。
「ファセル・ヴェガFVS」

このモデルが「ファセル」初の自動車です。
クロームを上品にあしらったこれまた「誰にも似ていない」素晴らしいスタイリングですね(^^)
上で紹介した「HK550」はこの「FVS」の後継モデルとのことです。
またセダンもありました。
「ファセル・ヴェガ エクサレンス」

なんか見ているだけでうっとり(笑)
同時代の「フィンテール」アメ車の数々や「縦目ベンツ」も魅力的ですが、ファセルが一番好きなスタイリングだなぁ(^^)
「ファセル・ヴェガ ファセルⅡ」

優雅だなぁ・・・美しいなぁ・・・
ファセルはこれら「ヴェガ(FVS→HK550→ファセルⅡ)」を対米輸出し、商業的成功を収めたようです。
そしてもっと大きな市場であった小型スポーツ車へ参画。
小説には登場しませんが、ついでなので(笑)そちらも。
「ファセル・ファセリア」

こちらも「兄貴分」である「ヴェガ」のデザインを受け継いだ独創的ながらエレガントなエクステリアです。
しかし、この「ファセリア」が「ファセル社」に暗雲をもたらすのです。
「ファセル」はエンジンを他車から供給してもらい、自社の車に搭載していた事は上でも書きましたが「ファセリア」では同社初の直列4気筒1,600CCオリジナルエンジンを開発し搭載したのですが、それの信頼度がとても低く、ピストンが吹っ飛んでボンネットを突き破るという事が頻発、一気に「ファセル・ブランド」は失墜したようです。
(ちょっと前の我が国の谷田部最高速アタック用のチューンド車や湾岸・首都高用のハイチューンド車でもよく聞きましたけど笑)
その後、ボルボやブリティッシュ・モーターのエンジンに切り替えましたが信用回復には至らず・・・
1964年、ファセルはたった10年の栄光と挫折の歴史に倒産という形で幕を閉じるのです。
惜しいなぁ・・・惜しすぎる(涙)
この後の大型・高級乗用車はドイツやアメリカ、イギリスの車が世界を席巻するわけですが、もしファセルが存続していたらどうなっていたのでしょう。
もしかしたら現在のドイツ御三家、アメリカのキャディラック、リンカーン、英国のジャガー、そして我が国のレクサスやインフィニティ、アキュラと覇を競う存在になっていたのかもしれません。
「ファセル・ヴェガ」を見て「これ(絶対高いだろうけど)いくら位出せば買えるんだろう?」ろ思い、中古車検索して見ましたがヒットせず。
やっぱり希少車ですからしょうがないですよね・・・
と思ったら4年前にイギリスのオークションにあの「リンゴ・スター」の愛車だった「ファセルⅡ」が出品されたそうです!
「ファセル・ヴェガ ファセルⅡ リンゴ・スターの愛した車」

やっぱりカッコいい・・・
で、当時の推定落札価格が「300,000GBP(約47,000,000JPY)から350,000GBP(約54,000,000JPY)」・・・
「ダメだ、こりゃ」(いかりや長介風笑)
まぁ、あの「リンゴ・スター」の愛車というプレミアーが付いているとしても高すぎる(^^;)
きっとリンゴ・スターも「ファセル」の魅力に取り憑かれたのでしょうね(^^)
私、ビートルズ信者では無いので「普通のオーナーが乗った」ファセルでいいので無いのかなぁと思って世界のサイトを探しまくりました(笑)
そうしたらありました。
去年、アメリカ・カルフォルニア州の街、カーメルで開催された「ボナムス・クワイルロッジ・オークション」に一台出品されていました!
その落札予想価格が・・・
159,000USD(約17,500,000JPY)~204,000USD(約22,500,000JPY)
・・・・・・・・
終了。
チーン(笑)
いくらで落札されたのかは不明ですが、こりゃ無理だぁ~\(^o^)/
相当、個体数が少ないことの証ですね。
「黒のコサージュ」、物語の内容は敢えて書きませんが車好きの方には読んで頂きたい一冊です(^^)
(また齋藤氏はクラシック音楽にも造詣が深いようで文中に「社長はベッドの上でシェーンベルグの「浄夜」を聴いていた」などという行もあり、その他の名曲も出てきます)
この本を今日てにとったお陰で「知ってるつもり」の車の新たな良さやモデルの存在を知ると同時に、間違って覚えていた車の頭の中の修正が出来(笑)、「未知」の車だった車の成り立ちやエクステリア、メカニズムを知ることが出来ました。
最近は「電子書籍」が相当シェアを伸ばしてきているようですが、紙媒体は場所を取りますけど「ページをワクワクしながら捲る」という良さがありますね(^^)
あーこれ読んだら他の齋藤氏の本も読みたいよ~・・・・・・
なんで捨てちゃったんだろ(涙)
次の通院のときBOOK-OFF覗いてこよう(^^)
本日も最後までお読み頂きありがとうございました。
また先日来、沢山の「イイね!」を頂き本当にありがとうございます\(^o^)/
皆様のお勧めの「自動車もの小説」がありましたらご教示頂けると幸いです(^^)
皆様Uターンは完了されたでしょうか?
完了された方々はお体をお休めください。
そしてこれからという方は道中、どうかお気をつけて。