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福岡のたかさんのブログ一覧

2018年10月14日 イイね!

お賽銭について考える


フォトアルバムという機能を使ったことがなかったので、試しに今まで授かった御朱印をまとめてみました。

諏訪大社含め25社も回ってたんですね。

夜勤明けの調整ミスということで神社は回れずお賽銭について調べてみました。

いろんなホームページを調べても書いてることがバラバラでこれが正解というのがない。

お賽銭の意味合いとしては共通してることがあるのでそこだけ抑えとけばいいかなと。

初詣なんかでみなさんお賽銭を投げ入れお願い事をすると思います。

こういう1連の作法をするとお賽銭は願い事を聞いてもらうための料金と思いがちですがその認識が違うようです。

お賽銭は古くは米など農産物を納めていて貨幣になったのは鎌倉時代あたりからだとか。

そしてお賽銭は願い事聞いてもらうためでなく、それまであった事象に対しての感謝の気持ちを表すもののようです。

例えば農家なら、今年も豊作でありがとうごさいました。と感謝をお賽銭で示し、来年もよろしくお願いしますと願い事をするという流れ。

先にお礼次に願い事というのが本来の流れのようです。


次に金額です。
これも正しい金額というのはありません。

ただご縁がありますように5円玉は意味がないということ。

前述のお礼の気持ちと解釈すれば5円程度ご利益しかなかったということになります。

こればっかりは昔からやってきたことなんで今更直せといっても無理です。

それならば5円玉に価値を見出せばいいかなと。

5円玉の表のデザイン。

これは稲穂が農業、穴の回りのギザギザが歯車で工業、稲穂の下にある線が水で水産業を表してるそうです。

そして裏の双葉が民主主義の発展を願ってるということなので、この5円に国の全ての産業の発展に感謝してると思えばいいと思います。

ただ自分はこんなことを考えずに、それこそ家族や友達と一緒に行ってお参りして、おみくじ引いて大吉だ小吉だとか言ってワイワイ楽しむのが1番重要だと思ってます。

この喜びの力が1番のパワーで神様に献上し国や民を潤してくれるんじゃないかなと。

それが古くからある憩いの場、神社の役割なんじゃないかなと。


さて、次はどこを回ろうかな?
Posted at 2018/10/14 23:47:47 | コメント(1) | トラックバック(0) | 神社 | 日記
2018年10月14日 イイね!

行き着く先は神功皇后


最初は御朱印帳を埋めたいがためにやった神社巡り。

何の気なしに始めに行った宮地嶽神社は神功皇后が三韓征伐のために出航の安全を祈願にしたのが由来でした。

それから様々な神社を訪れましたが福岡県を初めとする北部九州、下関にある神社はほとんどが神功皇后が縁とする神社。

この土地の神社を巡るということは神功皇后の足跡を辿ることになるのかもしれません。

それが面白くないかと言われたら面白い。

その足跡を辿ることで土地の地名が分かったりします。

どうしても土地の名前なんて固有名詞で深くは考えない。

「なんでここはこんな名前がついたの?」

なんて普段考えないですよね。

しかしこの北九州という土地、調べてみると神功皇后由来でついた地名の多いこと。

前回の到津のように、津に船が着いた(到った)という意味で到津。

山に登って神功皇后が更に日が暮れると言ったことで更暮山が皿倉山になったり、お付きの武内宿禰が砂浜に並ぶ若い松を愛でたことから若松という土地になったりと調べるといくつでも出てきます。

じゃあこの神功皇后がどういう人なのかと調べると、西暦126~226年だったり246年だったりとバラバラ。

これは古事記と後に書かれた日本書紀とで違ってて、どちらにせよ弥生時代には違いなくて日本書紀ではこの時代に存在した卑弥呼と整合させたり、途中で暦を中国歴に合わせたり修正や加色をしたことで120年の誤差が生じて未だに研究中らしいです。

それは置いといて神功皇后、夫はヤマトタケルを父にもつ仲哀天皇、子供は八幡様として祀られる応神天皇。

仲哀天皇応神天皇ともにこれといった逸話もなく、神功皇后の逸話が多く残る女傑です。

神功皇后の足跡を辿ると、熊襲征伐(南九州平定)、三韓征伐、三韓征伐後と主に三つに分けることができます。


香椎宮は熊襲征伐の時期に訪れた場所です。

この時に占いをしていた神功皇后が神懸かりになり、海の向こうに金銀財宝に恵まれた国があるからそこを与えようとお告げします。

その時の神様が住吉さまで神功皇后が祀られてる神社には住吉さんも祀られてます。

しかしこの言葉を仲哀天皇は聞かずその二ヶ月後に急死。

ここから神功皇后やりたい放題。
熊襲征伐の後、応神天皇を宿した身体のままで三韓征伐に赴きます。

見事、新羅、百済、高句麗を平服させます。

帰国するまでは出産を遅らせるためお腹に石を巻きつけ冷やして遅らせるという暴挙。

そして福岡の宇美というところで応神天皇を出産。

その後は福岡の海岸線を船で伝い山口県に。



当然その後も畿内へ帰る途中も武勇伝があり、応神天皇の腹違いの兄たちの襲撃も払いのけ討ち取ったりと強さ爆発。

福岡の女は強いというのは、神功皇后からきてるのかなと最近思うようになりました。


というわけでこの福岡はどこの神社に行っても神功皇后の足跡を知らずに追ってるんですよね。


そんな神功皇后、弥生人の平均年齢が30歳なのに対し100歳まで生きたことになってます。

強いは女性やっぱり長生きするんですね。

Posted at 2018/10/14 03:11:00 | コメント(1) | トラックバック(0)

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「ついに先物市場でも軽油とガソリンの値段が逆転してしまったか。」
何シテル?   02/14 22:51
たかさん登録が多すぎて仕方なく福岡のたかさんで登録した福岡のたかさんと申します。 呼び方はたかさんでもかまいませんがTAKAだとTAKAみちのくみたいにな...

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