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2024年03月23日 イイね!

3番目の愛車はコレだ!1988 Honda Accord Coupe LXi

先のブログに掲載する予定だった「ナンバーネタ」です。
あの時代のナンバーは「カメハメハ」でした。

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Photo courtesy of Wikipedia


「人と同じでは嫌!このままではつまらない」と思ってしまった馬鹿な私。
塗り絵感覚・プラモ用塗料でカメハメハを塗ってしまいました。
下の写真は「photoshop」による「再現」ですが、こんな感じ。
今でもこの方が絶対にお洒落だと思っている。

この違法行為、不思議なことに売却するまで一度も捕まることはなかった。
「若気の至り」とは言え、あまりにも無謀・怖いもの知らず。
真後ろに張り付いたHPDも「うん?」と思ってもスルーしてくれたのは奇跡。

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今、ハワイに移住することになったらこのナンバーにしたい。
「ホクレア号」が描かれたこのプレート、文字は見にくいけどお洒落♪
80年代の「カメハメハ」と比べると大分カラフル。
現行「レインボー」も2025年に次のデザインに変更予定とのこと。

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さて、本題の「3台目」です。
母と弟が免許取得、マニュアルのワンダーでは無理が発生。
絶好調のワンダーと泣く泣くお別れし、新車にアップグレード。

1988 Honda Accord Coupe LXi
発売されたばかりの新車のアコード・クーペ。
「Jade Green」のボディ色は日本仕様には設定の無かった色。
当時の「DX / LX / LXi 」の3グレードある中のトップグレード「LXi」。
MSRPは$14,925でしたが、この車両は未だに覚えている$18,000!

1989年モデルには本革シート仕様「SEi」が追加発売。
同じ緑系でも青味が強いグリーンになり、悔しい思いをしたのも覚えている。

D独自の「SPORT Package」でダウンサス+社外ホイールが装備されていた。
ホイールは復刻版として現在も発売されている「ENKEI 92」です。
それにしてもDは相当上乗せしたな。恐ろしいバブル時代・真っ只中。

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大学で知り合った、今日まで付き合いがある「私の姉さん」♪
「ハワイのあの頃が一番良かったなぁ…君は途中で来なくなっちゃったけど…」
未だに嫌味を言われてしまう、姉さんと学校帰りにタンタラスの丘でパチリ。

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シングルカムでしたが、2リッターのインジェクション仕様。
初めての「車載CDプレイヤー」も装備されており、快適だった。
18-9のガキにはあまりにも贅沢過ぎるクルマでした。

母、弟も乗るクルマだったので変更点はホイールのみ。
↑このホイールは「DP STAR」ガンメタをシャンパンゴールドに塗装。
明るいベージュ色の内装は汚れが目立つこと!フロアマットが直ぐに汚れた。

そして、最初は良かったけど「3人で1台」ということが当然、厳しくなる!
「ワンダーをキープすれば良かったのに!」と思っても後の祭り。
必然と「栄光のハワイ時代・最後のクルマ(4台目)」となります。

アコードで急に思い出した。
当時、知り合いが乗っていた印象深い1台のセダン。
写真が見つからなかったけど「KAMINARI」のデモカーそのまま!
色も白、ホイールも同じMOMO社製のコレでした。
「KAMINARI」のカタログから飛び出てきた彼のアコードはマニュアルだった。
地を這うようなルックスでカラカウア通りを駆ける姿はカッコ良かった。

まず、今日の時点で「KAMINARI」が存在していることが凄い。更にこのエアロは本日の時点で在庫もある!「フルキット価格$895」は当時と変わっていない!

日本でも80年代~90年代はエアロ全盛期の時代。
当時の日本メーカーはことごとく全滅、生き残りはほぼゼロ。


話しを戻します。
この「アコードクーペ」の影響で弟は完全にホンダ党になった。
帰国後に日本仕様のアコードクーペを購入→「KAMINARI仕様」へ。

手元にはリアの「LXi」エンブレムを外し、貼っていた「2.0Si」のエンブレム。
当時の日本仕様「アコード」か「プレリュード」のものだったと思う。

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最後までご覧頂きましてありがとうございました。
このシリーズ、あと19台ある…我ながら呆れる。

Posted at 2024/03/23 19:00:28 | コメント(0) | トラックバック(0) | 自己紹介 | 日記
2024年03月16日 イイね!

2番目の愛車はコレだ!1984 Honda Civic 1500S

2021年のみんカラ企画「最初の愛車はコレだ!」での投稿は以下の通り。
写真を見ているだけで車内の匂い、ハワイの暑さが甦ってくる。


高校生の分際では購入可価格と同じ位にお金を掛けても修理不可能だった。
今となっては苦い思い出しかない人生初のクルマ。

バブル時代・絶頂期、80年代のハワイは恐ろしく贅沢な時代だった。
シロッコをただ同然で下取りに出し、人生2番目の愛車はこちら。

1984 Honda Civic 1500S
3年落ちのD車、値段は確か$7,000位でした。
ハワイなのにエアコンレス、重ステ、くるくるハンドル。
グレード的には日本仕様の25R同様の1500cc・シングルカムのキャブ。
A/Tで免許を取り、マニュアルの運転は見よう見まねで習得。
当時の「現代のクルマ」だったのでシロッコとは雲泥の差。

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現在もハワイ在住、悪友のセカンドカーもワンダーシビックだった。
1985 Honda Civic DX (A/T) 黒樹脂バンパーをボディ同色シルバーに塗装。
この悪友のクルマ、後にハワイで一番有名なワンダーに変貌する。また追々。

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ワンダーが新車としてDに並んでいたこの時代。
ハワイでホンダ車を改造している人は誰も居なかった。

トヨタ・日産もしくはハワイの風景が似合う「VW」(ビートル・カルマンギア)もしくはお約束の「ミニ・トラック」が主流の時代。

ハワイに限って言えば、後に訪れる「爆発的・ホンダ車ブームの火付け役だった」と確信している。

アルバイトで必死に貯めた$500で念願のエアコンを装備した時は嬉しかった。
クルマの為のアルバイト、白から黒への色変更も確か$500だった。

◆ 車体・白部分を黒にオールペン(ミラーはシルバー)
◆「DOHC」じゃないのにフロント&サイドには「無限」のステッカー!
◆ 悪友のシルバー号から譲ってもらったゲインズ・フェンダートリム
◆ リアに社外サスを組み、フロントはトーションバーを一番低い位置に設定
◆ SS社製タコ足・触媒レスのストレート・Jackson Racing社製2本出しマフラー
(ハワイにはガス検がないので出来たこと…想像通り、うるさいクルマ)

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細かい部品を一時帰国する度にスーツケース一杯詰め込んでは税関でもめる。
↑写真、ハッチのカロッツェリアのアンテナはもう少しで没収されそうになった。

ハワイでは違法だった黄色いヘッドライトはイエローアイというシート。
「Si 純正ホイールカバー」(13インチ)も白に塗れば大きく見える。
フロントナンバーの装着義務も無し、突っ込みどころ満載の仕様。

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グレープフルーツの芳香剤の香りが甦り、大好きだったあの子を思い出す。
学校をサボり、オアフ島内を徘徊しているだけで楽しかった私の青春時代。

あまりにも馬鹿過ぎて、若かった。
タイムマシンであの頃に戻ることができたら多分、全く同じことを繰り返す。
リアハッチに貼ってあった1500Sのエンブレムだけは手元に残っている。

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まだ後20台ある…。
最後までご覧頂きましてありがとうございました。
Posted at 2024/03/16 16:30:15 | コメント(1) | トラックバック(0) | 自己紹介 | 日記

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