隊長(甲斐犬、♂、当時12歳8ヶ月)は昨年に腎不全が発覚。
移植するしか完治は絶対に有り得ないこの病。
血液検査にて発覚後10日続けての皮下点滴を経て
今では健康なワンコとほぼほぼ同じような生活をしている。
以下は全て私見です。
所詮はネットに散らばる嘘や誤りの一つかもしれません。
・皮下点滴
腎臓病の発覚は
何らかの血液検査のついでとか
愛犬が飲食を拒みおかしいな?
と思う所から概ね始まるかと思います。
対処法としては皮下点滴か静脈点滴を選択する事に。
(病院によっては透析療法も可能なようですね。)
処置時間も短くコスト面でも圧倒的に有利な皮下点滴。
その上在宅処置も可能。
時が経った今〜改めてネットを閲覧していると
この皮下点滴に翻弄されたワンコも多そうです。
隊長も夜中や明け方にムクッと起き出しては
苦悶の表情を浮かべ
本当に苦しそうに呼吸をする時が有りました。
医療知識はなくても重篤状態と即座に判断するレベルの呼吸の荒さ。
今思えば肺水腫だったのかな?
(であればあの苦しげな様子も理解出来るけど…水はどこに消えたのか?)
飲食を拒み脱水症状にあるワンコに対して水分を補給する事。
これが皮下点滴の主たる目的。
(栄養剤がたっぷり?…それはたぶん静脈点滴の最大の利点と認識)
腎不全だけではなく各臓器の機能低下や併発など。
病を患うワンコには身体的または精神的に更にストレスを掛け
致命的なリスクを背負わせる一面も有りそうに思える。
(ネットでは点滴開始と共に悪化…そんな感じの記載も散見される。)
皮下点滴それ自体よりもその後の経過には特に注意したい。
隊長の溺れたかのような荒い呼吸を思い返す時
点滴をすれば大丈夫かな?という楽観論よりは
リスク覚悟で…な気構えでいた方が良いのかなと素人意見。
一方で皮下点滴がストレスになることは無いと断定した意見も。
どうもこのあたりも異論百出でなかなか面倒なり。。。
因みに皮下点滴を否定しているわけではありません。
隊長も10日間連続して皮下点滴を投与して頂き今が有ると感じます。
ただ皮下点滴も万能薬ではなくリスクも覚悟する必要が有るのかな?
と振り返っては感じる次第。
さっぱり伝わらないかもですが
見かけた下記の文章に共感する。
転載ここから-----------------------------------------------------------------------------------------
脱水をしてるんで水分を入れなければいけないけれど体がもう受付なくなってたんでしょうね。
結局、医療の限界というか命の限界だったんだと思います。
私もその時、初めて「食べない、飲まない=点滴で輸液すれば大丈夫」ということが成り立たないことがあるんだということを知りました。
転載ここまで-----------------------------------------------------------------------------------------
また皮下点滴後の様子について。
点滴の回数なのか?容態の安定なのか?
時が経つに連れて
点滴直後の背中のコブは直ぐに消えて無くなるようになった。
過呼吸?のような荒い呼吸もしなくなった。
ことも付け加えておきます。
そして新たなるお悩みへ…
・専門家で異なる判断そして迷い
今まで敢えて書かなかったこと。
実は腎臓病が発覚してから数ヶ月が経った頃
前隊長がお世話になった近所の動物病院の先生と行き合う。
現隊長と散歩中だったゆえに軽い立ち話。
これまでの経過と現状(食欲や食事量の回復、通院点滴)を伝えると…
隊長の様子を伺いつつこの先生から飛び出した言葉。
「私ならもう何もしないよ。」
????
?エッ?
????
「なぜですか?」
「点滴を続ける理由が無いから」
????
?エッ?
????
その返答を聞いて以来とても迷う。
迷いながらも他院での点滴を継続。
今も迷いの中に有りつつも…皮下点滴の主たる目的。
脱水症状のワンコへの水分補給。
言葉通りに理解すると…
自力で飲食できないワンコへの緊急避難処置とも取れる。
発覚当初は吐き気を催す時があり
点滴と共に吐き止めも投与して頂ける利点もあったが
半年経過した時点で吐き気も治まったので
既に吐き止めは投与していなかったりする。
(今も吐き気を催す事なく安定している様子)
しかも今では自力で食事をし水も飲む。
栄養から水分まで自力補給が可能なのに
その上で水分補給が主たる目的の皮下点滴を継続する事に
なんの意味が有るんだろう?とふと疑問が湧く。
食事量が回復しても
衰えゆく腎機能では必要な水分量の維持等が困難な為
定期的な皮下点滴はやはり必要…との意見も。
獣医学も科学だと思うのだが
どうしてこうも相反する意見が同時に存在するのか?
普遍性の無い科学って…それ科学?と愚痴りたくもなる。
げんにただの愚痴ではあるけれど、、、
ただリアルワールドで出会った先生お二人ともに
「腎不全は病気だけど老衰でもあり避けられないし完治もない。」
これは共通認識。
病気ならば→治るものなら治ってほしい(個人的願い)
老衰ならば→受け入れる事も必要かな?(個人的死生観)
というのでなかなか腎臓病は面倒でもある。
ネットでも類似した事例での質疑応答が過去ログで見られた。
「今も通院点滴を提案する」先生も
「私なら何もしないよ。」の先生も
どちらも正しく…
最終的な判断は結局の所隊員とその家族の死生観に帰すべき問題でもあるようだ。
我が家では腎臓病を老衰的側面から捉え
自宅ホスピスとして終末期を共に生きる
という意見に覆りつつある。
全てを諦めたわけでも命を粗末にするのでもなく。
散歩で出会うオーナー様に「何の為に点滴?」
と問われた事は一度や二度ではなく…
お腹が空けばクンクン匂いを嗅ぐ仕草で食事をねだり
かつその日その日で選り好みをし
でも食べたい物を食べ満足すると食べ飽きたであろうフードを平らげる。
ある時までは自発的に診療室に入っていたけれど
いつ頃からか抵抗し嫌がるようになった。
病に対してどこまでも徹底抗戦の覚悟だったけれども…
あるがままを受け入れるべきなんかな?とも思いもする。
ネットでも様々議論され、また相反する情報も飛び交い益々迷う。
オーナー様には情報に惑わされず後悔のない判断をただ願います。
これまでの経緯と近況
・「とある甲斐犬の闘病記〜経緯〜」
・「とある甲斐犬の闘病記〜点滴〜」
・「とある甲斐犬の闘病記〜飲み薬〜」
・「とある甲斐犬の闘病記〜食べ物〜」
・「とある甲斐犬の闘病記〜その後〜」
・「とある甲斐犬の闘病記〜薬の服用〜」
・「とある甲斐犬の闘病記〜ステージの進行〜」
・「とある甲斐犬の闘病記〜発覚から12ヶ月目を迎え〜」
・「とある甲斐犬の闘病記〜発覚から一年を迎え〜」
・「とある甲斐犬の闘病記〜点滴についての雑感〜」
・「とある甲斐犬の闘病記〜最終ステージ通告からの半年を乗り越えて〜」
・「とある甲斐犬の闘病記〜最終ステージ通告から1年が経過したです〜」
・「とある甲斐犬の闘病記〜腎臓病発覚から二年目を迎え〜」
・「とある甲斐犬の闘病記〜腎臓病発覚から3年4ヶ月&16歳の誕生日を控え〜」