結構色々な方から、「境界層を吸い込む?!」、「そんなことほんとに起こるの?」、「うちの車でも使える?!」などのお声を頂くので、改めて技術背景と、RS3でボディ表面の結露を利用して可視化した結果をお示しつつ、DIYでの空力設計に必要な考え方をお伝えできればと思います。
そもそも境界層とは、分子同士の引き合う力に由来する、俗に言う空気の粘り気が引き起こす現象です。
ざっくり言うと、この引き合う力による粘り気があるおかげで、空気の分子は物体のごく表面をなめらかに滑ることができなくなります。
こちらも以前のブログにてざっくり解説しましたので、引用しておきます。
https://minkara.carview.co.jp/smart/userid/3142035/blog/47958704/
この境界層ですが、剥離を起こしにくくしたいのであれば、層の厚み方向のエネルギー交換を促してあげればよいわけですね。
例えば、物体表面の温度と気温を上昇させると、分子一つ一つの速度が上昇し、分子同士が衝突する機会も増えます。これにより、速度の違う空気分子同士もぶつかりやすくなりため、境界層は厚く(見かけ上、空気がサラサラに)速度変化もなだらかになり、剥離もしにくくなります。
また、巷で話題のボルテックスジェネレータも、作り出した渦の持つ流れが層の厚み方向のエネルギー交換を促進することを意図しています。
どちらにも共通するのは、層の厚み方向のエネルギー交換の促進を図っているという点で、このような挙動は車体周りの気流全体で言えば摩擦抵抗を増やすことにつながります。
しかしながら、層流を敢えて早めに乱流に遷移させることで、多少の摩擦抵抗の上昇を許容しながら、より高速域での剥離による圧力抵抗の発生を低減することができ、高速走行時の抵抗や車体後方の剥離渦による姿勢不安定を低減できるわけです。
流れそのものの名前的に、層流=摩擦が小さくて綺麗、乱流=摩擦が大きくてきたない、みたいな感覚を持ってしまいますが、層流の境界層がこのような不安定な効果をもたらすなら、正直剥離のポイント含む流れ管理が簡単な乱流の方が扱いやすいので上記のようなVGの設置をしたくなるし、もっと言えばそもそも層流境界層なんか無い方が(極めて薄い方が)良いよね?っていう発想に至るわけです。
そうして生まれたのが、境界層吸い込み技術です。
以前のブログで紹介した通り、境界層吸い込み技術自体はもともとは航空工学での翼面の境界層制御技術の一つです。
https://minkara.carview.co.jp/smart/userid/3142035/blog/47997646/
物体表面の境界層を何かしらの圧力差で吸い込み、吸い込み領域の後方では再度薄い境界層にして、剥離しにくくかつ摩擦抵抗も小さい流れを作るのがコンセプトです。
これができると、車であればリアスポイラーなどの効率を最大化でき、最後方での不安定な剥離も極めて小さくすることにつながります。
一方、一般車では飛行機のエンジンなどのようにアクティブに吸い込む力を供給することは難しいので、自然に生じる圧力差でパッシブに機能する吸い込み経路を作り上げる必要があります。
以前のTTでは、リアゲートのサイドとCピラーのチリの隙間を吸気口、リアゲートとリアバンパーの隙間を排気口とみなし、境界層の表面近傍の低流速域(高静圧)と、車体の真後ろの剥離渦=ウェイク領域(低静圧)の圧力差で空気を抜くようにしました。
この経路の途中に存在する他のチリは、圧力差を抜いてしまうので、全て塞ぐのがポイントでした。
TTでこのように経路を定めたのは、ルーフをなだらかに下ってくる流れとサイドからリアウィンドウ上に入り込んでくる流れをうまくバランスさせ、リアスポイラーの機能を強めすぎずバランスさせる必要があったからです。
おそらく、ルーフエンドとテールゲートの隙間からの吸気としてしまうと、左右からの流れの安定化による姿勢安定ができず、リアスポイラー下面の流速のみが上昇してダウンフォースだけが強まり、乗り心地と性能の両立の点では難しい方向に行ったことでしょう。
一方のRS3では、ルーフエンドとリアゲートのチリの隙間を吸入口、リアゲートとリアバンパーの隙間を排気口と定めています。
RS3は比較的なだらかとはいえ、切り立った後端のハッチバックスタイルであることには間違いないです。
故に、ボディ後方の剥離渦はサイド流由来のものよりもルーフエンドやボディ下面からからの流れによるものの影響が大きくなると予想されます。
それをメーカー側も当然理解していると考えられ、後期型ではリアディフューザーそのものがアンダーボディ流と後方ウェイク領域の圧力差の利用を想定した上下二分割構造になっております。
したがって、メーカーが想定した流れをうまくアシストするように、地面に対して水平な面の気流を整えることが、ボディ後方での効率的な整流とウェイク低減、それによるリアリフトの低減とボディ全体でのダウンフォース傾向創出に繋がると考えられます。
ゆえに、このようにハッチのサイドの隙間を全て塞ぎ、テールゲートの下端に集約して排出する設計となったわけです。

これが機能することで、後方のウェイクに適度なエネルギーを供給でき、アンダーボディ流とテールレンズ高さ以上の領域の流れとがボディ真後ろで剥離渦として混ざることを防ぎます。すると、ボディの直後からだいぶ後方までの広い範囲で、上下面由来の流れ同士がやや上方に向かいながら滑らかに合流できるようになり、低抵抗かつダウンフォース傾向の創出に繋がります。
想定した流れが生まれたかは、例えば結露した状態で80 km/h走行させると見ることのできる水滴の流跡線などで確認できます。
写真一枚目は、その条件で走行したときのルーフを後方から写したものです。
ルーフ全体で水滴が綺麗に後方に流れておりますね。アンテナ後方では渦の生成の証拠となる巻き込み流れがみてとれます。
このことからも、ルーフ後端までに剥離は起きていない様子がわかります。
二枚目はルーフ後端とエッジスポイラーのチリ(吸入口)全域を写したものです。
通常であれば、ルーフ後端からの水滴がエッジスポイラー側にジャンプして、スポイラー上にも大きめの水滴の流れた跡が残るはずです。今回は吸入がうまく作用しており、そのような大きな水滴は全てチリに吸い込まれ、後ろには新しい流れが生まれたことがわかります。
また、AP製スポイラーの下側では局所的に結露が全て解消されており、翼型がうまく作用して高速流が生じ、結露が全て流れ去ったことを意味します。
ただ、ちょっと難しいところが、純正スポイラーの前半には流れ始めるような跡がない点です。
これは、流れが吸い込み口に向かって局所的に小さく逆行したであろうことを意味しています。
その後のAPスポイラー手前では結露が消えているため、この部分で再表面の流れの逆行は終了して高速流に戻ったと考えられます。より高速走行して主流が早くなれば逆行もしにくくなりますが、排出口側の負圧が大きいと吸い込み力も高まりますので、ここはいかなる速度でもAPスポイラーの直前には逆行が終了するように設計を詰めたいところですね。
具体的には、純正スポイラー前縁に境界層くらいの高さまでのガーニーフラップを置いて流れを堰き止め、静圧を高めつつ後方からの逆流をシャットアウトする手法なんかが、パッと思いつきます。
三枚目はテールゲート下端のチリ(排出口)を写したものです。
細かい液滴がチリからゆっくりとバンパー後方に向かって流れた様子と、同時に後方から巻き上がってテールゲート表面に付着する大きな液滴がない様子がわかり、排出機能も発揮されたことが分かります。
総じて、今回の境界層吸い込みは一定の目論見通りには機能したと考えられますが、流れの逆行問題の部分はリアスポイラーの効率の安定化の面でもう少し改善の余地ありというところですね。
さて、この境界層吸い込みも含め、これまで色々なデバイスを試して全て効果があることを確認してきました。
ここでお伝えしたい重要なポイントは、むやみやたらに色々な箇所に空力デバイス、例えばVGやカナードを着けるなどはしてはいけないというところです。
例えば、今回の吸い込み機構ですが、これを支えるのは流入側と流出側の圧力勾配なので、機能させるためにはある程度の大きさの後方剥離渦と負圧域を用意してあげないといけません。例えば、ボディサイドのVG配置ですが、敢えてテールランプ下部〜リアバンパー上部の領域には設置していません。
この領域はテールの丸みによる剥離と再付着により、水平方向に回転する大きめのウェイクが生じます。
この辺りにウェイクによる大きめの負圧があるが故に、テールゲート下端からの吸い出しや、リアディフューザーの吸い出しが、斜め上方に機能してくれます。

逆にここにVGを設置し、ウェイクを小さくして負圧を低減してしまうと、機能させたいメインの空力デバイスの効果が小さくなり、全体のバランスを崩すことにつながります。
また、ルーフのアンテナ近傍にもVGは設置しておりません。

VGは単体であれば境界層内でエネルギーを均質化してくれますが、それは動圧が大きく静圧が小さい渦を境界層内に作ることになり、表面近傍での静圧は小さくなります。
すると、境界層吸い込みにおける吸入側の駆動力は低下することにつながります。
境界層内の流速が平均化されて主流よりも遅くなるため、境界層吸い込みだけの場合よりも遅い流れがルーフスポイラーに到達し、効率の低下も予想されます。剥離後の領域に吸い込み点を設けるなら別ですが、RS3はTTのようにルーフが絞り込まれているわけではなく、極端な剥離もしないので、今回のようにルーフスポイラーと境界層吸い込みを合わせる場合にこのエリアでのVGは不要と考るに至ります。
一方、先ほどの流跡線解析の結果から、吸入口直後での逆流や流速低下が想定される場所については、車速に応じた空力効果の変化をタフトなどで可視化しつつ、ガーニーフラップ設置など対策が必要かどうかを見極めたいところです。

DIYといえど、空力設計は単体の効果に飛びつくのではなく、どこに何を設置するとどのような流れが生じ、全体でどのように相乗効果(あるいは相殺)を発揮するかを考えることが重要ということで、今回のブログの結びとさせて頂きます!
・自分の車にも境界層吸い込みを使ってみたい!
・空力で乗り心地や操舵性を改善したい!
・こんなデバイスを着けたらどうなるかを予想したい!
という方のお手伝いもしますので、気軽にコメントいただけると嬉しいです!