
TTで培った空力的知見もあらかた RS3にFixして反映してきた感がありますので、ここからは新しいことに挑戦してみます。
これまでそれほど手を出してこなかった、しかし極めれば絶大な空力性能向上を見込めるフロア周りの空力についてです。
一口にフロアの空力といっても、車高を下げてベンチュリ効果を少しでも得るとか、フロアをフラットにしたり翼型フィンをぶら下げたりで整流するとか、サイドスカートを延長するとか、色々なやり方があると思います。
今回は、
・純正のスタイルや乗り心地を崩さない=車高調などサスのジオメトリーは変えない
・ディーラー入庫や車検に影響させない=フロアをボードで塞いだり最低地上高に影響するフィンを付けない
を前提にして、
サイドスカートあたりの改良を推進します。
まずはサイドスカートを拡大することが空力に与える影響についておさらいします。
レースカーなどでボディ横方向に突き出たサイドスカートはアンダーフロアの気流とボディサイドの気流の分断範囲を広げて、フロアの負圧域の物理的拡大とサイドからアンダーフロアへの巻き込み流入を防ぎます。
これにより、フロアでのダウンフォースと、ディフューザーから流出する流れを綺麗に保つことが見込まれます。
一方、このような効果を期待するには、フロア下面の地上高を車検ギリギリの90 mm程度にすることが重要で、私の中では現実的ではありません。
参考にムーンクラフトさんのアンダーフロアの空力に関するブログを引用します。
https://www.mooncraft.jp/blogstaff/aerodynamic/cfd-diffuser/
市販のサイドスカートでは、ワイドボディ化しない限りは延長幅をそこまで広くできず、また下方向に延長してトンネル効果を発生させることは当然難しいため、効果は気流の分断が精々で、巻き込みの強力な防止や、負圧域の拡大に対しては大きな影響を出せないのが現実です。

図 マクストンデザインのRS3向けサイドスカート。見た目はしっかり引き締まります。
つまり、市販車の範疇でフロアや後流への効果によるダウンフォース向上・抵抗低減を機能として担保したサイドスカートにするためには、気流そのもので仮想的なサイドスカート、F1で言うようなボルテックス・シールをなんとか作る他ありません。
ボルテックス・シールは、負圧源になりかつ流れの方向を制御する渦をあえて作り出し、そいつに邪魔な流れを吸い出してもらうことで、グラウンドエフェクトを車体の見た目以上に持たせることがコンセプトです。

図 F1 2021 アストンマーティンのサイドボードエッジのスリット。ボディ上面から下ってきた高圧気流をエッジで外方向に跳ね上げるようにして、この画面内では車体前方から見て時計回りの渦を作ります。
今回はこれと同等のことをRS3でやってみました!
パッと見の見た目はこれです!

…何をした??となるかと思いますが、フロントドアの後端から前方にかけて、サイドスカート下面に4つのVGが等間隔で並べてあります。
前端部のEZ lipからは多少遠ざけて、タイヤウェイクが弱まり、かつサイドの流れと合流してある程度流れが綺麗になるであろうところがVGの先頭になります。
このVGはエーモンの雨滴型VGですが、これの前方(太い側)を15°くらい外側に向けて配置しています。
一見すると、フロア内に流れ込みそうな配置ですが、原理を理解するとそうでないことが分かります。
ここからはラフスケッチも交えて説明します。
一般に、VGは主流に対して本体後方部で起こる微小な剥離渦を使い、その時点で主流の境界層高さくらいまでの範囲で垂直方向にエネルギー交換を促進して、表面近傍にかけての流速の低下の特性を変えることが主な機能です。
言い換えれば、境界層を混ぜ混ぜすることで、表面に近づくほど遅くなる空気の流れを可能な限りどこでも均質にしてやるための装置です。
したがって、飛行機の翼など、それ単体で渦度(流れの方向を変える影響力)が大きいものに比べ、流れの向きそのものへの影響は非常に小さいです。

図 様々な形状の物体と流れの相互作用のイメージ図
このため、翼のような形状のフィンであれば、今回のRS3のサイドスカートに対しては外へ外へと流れを偏向するような向きに取り付けるのがセオリーですが、
VGであれば後方の剥離渦の流れの特性に基づいた向きでの設置が好ましいと言えます。
ここで、VGを主流に対して斜めに取り付けた場合の、後方の剥離渦や流れの特徴をまとめます。流れと先にぶつかる側の面では正圧、ぶつからない側の面では剥離により負圧が生じます。VG自体は高さが低いので、主流は正圧側から、負圧側へとVGを乗り越えながら進みます。
この時、VGを左右方向に登りおりする流れが生じ、後方に抜けた際に主流方向を回転軸とする螺旋流れが生じます。

図 迎角のあるときのエーモンVG周りの流れのイメージ図

図 RS3のサイドスカート周りの渦イメージ
今回の設置方法ではこれを上下逆さまにして、先頭側がボディ外側に向くようにサイドスカートの裏に取り付けるので、この螺旋流れは渦の下側では車体に対して外向きに、上側では内向きに流れる渦になります。したがって、アンダーフロアの流れを引き出しながら、サイドスカートを上から押さえつける流れを生み出します。
また、連続して縦列させることで渦にエネルギーを切らさず供給でき、最終的に強い渦を形成できます。
これにより、アンダーフロア流をリアタイヤの外側に向かうアウトウォッシュへと変化させ、リアタイヤ正面にぶつかる流れによる空気抵抗を大幅に減らしつつ、ディフューザーへの乱流も大幅に低減します。思想的には、F1 2021のメルセデスのマシンに近いと考えています。

図 メルセデス F1 W12のサイドボード。こちらではボードのエッジを斜め前方に向いた波形にすることで、ボルテックスシール効果を得ている。
翼型の方が効率が良くない?と思われる方もいらっしゃると思うので、その場合の取り付け方についてもコメントします。
先程のコメントの通り、翼型の場合はそれそのもので形状に応じた渦度を持つため、流れの偏向と同時に誘導渦を生じます。
飛行機に多少詳しい方ならわかるかもしれませんが、誘導渦とは飛行機の翼の端部から飛び出して後方へ引きずられる形で表れる渦で、飛行機にとっては翼面を上から押さえつける流れになり、揚力の減少を伴う誘導抵抗を生じる厄介者です。

図 雲により可視化された飛行機の誘導渦。機体メーカー各社は翼端の形状を工夫して、この渦が主翼に与える影響を軽減している。
一方、レースカーのVGのように、翼面そのものが小さければ影響はほとんどなく、むしろ強力な誘導渦でボルテックスシールを形成できます。

図 レッドブル RB16Bのサイドボード上の翼型VG群。
こちらを選択する場合は、上図のRB16Bのようにサイドスカート上面に設置し、翼型と合わせてVG前方を車体内側に向けた状態にするのが好ましいです。
どちらを取るかは、ボディ周りの流れを他の部分でどのように処理しているかによりますが、一般的に渦の軸が地面に近い方がシール性が高いこともあり、私はサイドスカート裏を設置位置として選択しました。
さて、ここまで長々と蘊蓄を垂れてきましたが、ここからは効果の程をお伝えしていきます。
まず明らかな走行フィーリングの変化としては、コースティング時に段違いに減速しにくくなったことです。
想定以上に車が前に滑っていく感覚です。
かといって、コーナリング時にグリップしにくくなったことはなく、むしろしっとりと路面に張り付く感覚が強くなった印象です。
特にリア側の張り付きは顕著で、同じコーナーを一定の速度で旋回する時で比較してステアリングの舵角も小さくなりました。
トルクスプリッターがさらに効率的に機能しているものと思います。
燃費に至っても当然向上しており、いつもの第三京浜の都筑-港北の上下平均は、これまでのチューニングでは平均で17 km/l (オートモード、80 km/hクルコン、エアコンなし)だったのが、18.0 km/lを達成するにまで至りました。
ダウンフォースによる転がり抵抗増加を鑑みても、かなりの向上があると考えられる結果です。
今後も引き続き、他のデバイスを含め流れの可視化に向けて色々と準備を進めてまいりますので、お楽しみに!