
良い車と聞いてどんな特徴を思い浮かべるだろうか。燃費の良い車、広い室内空間を持った車、A地点からB地点まで安楽に移動できる車など人によって様々な意見があると思われるが、私は目的地を作り出す車だと考えている。
一般的に車を使って旅行する時は、あらかじめ計画した場所に計画した通りの時間に行き、そして帰る。渋滞等で計画通りにならなくても大抵の場合はそのように試みるはずだ。しかし、この車に乗っている時は1秒でも長く走らせようと他にも行き先はないか色々考えを巡らせていることに気が付く。何故ここまで私の心を掴むのか、それを紐解く上で特徴を幾つか挙げてまとめていきたい。
まず目に見える所から述べると内外装が秀逸だ。
外装は先代モデルと比べるとやや淡泊なボディラインだが、美しいことには変わりなく、海辺の駐車場に止めているだけで自然と絵になる。内装はブラックレザー仕様なので一見地味に見える。しかしながら綺麗にまとめられたインパネは先代から継承され、室内に使われるスイッチ類等の装飾の質が高まっている点と、操作系の使い勝手において競合車種を凌ぐ点は高く評価したい。個人的には華やかなコニャックレザーやオイスターレザー仕様の方が好ましく思う。
ツーリングはセダンよりも大きな荷室が売りである。ただキャンプやスキー等のレジャーに興味がない私にとってそれは無駄に等しい。とはいえ、この端正なデザインを前に合理性だけで評価するのは野暮だろう。
さてここまで内外装について挙げてきたが、この車の大きな美点は何と言っても走行性能と快適性の高さだ。どんなに大雨や強風に見舞われようと、車内にいる限りはそれを微塵も感じさせず、ごく普通に走らせることができる。それに加え5,000mm近い全長がありながら、カーブでステアリングを切ると路面に食らいつき、殆どロールをせずスポーツカーの如く鮮やかに曲がってしまうのにも舌を巻く。また先代のMスポーツは足回りが岩石のように硬く、荒れた路面を通るとジェットコースターのような乗り心地に辟易させられたが、現行では目覚ましい発展を遂げて標準仕様の足回りと疑うくらい快適になった。
快適性の高さには上記の足回りの改善や車内への騒音の伝わりにくさだけでなく、たっぷりとしたサイズのシートやハンズオフ機能等の先進装備の採用も貢献している。特にハンズオフ機能は一般道では心もとない場面もあるが、高速道路では機能を使うと車が設定速度で車線を逸脱しないようステアリングの操舵を行ってくれるため、長距離移動では大変役に立つ。中にはこの装備について走りを重要視するメーカーの特徴を失わせると懸念する声もあるだろう。当初、私も同じように考えていたがそれは誤りだった。
何故なら運転していると走りこんでやろうと思うことがある一方、のんびり走りたいこともあるからだ。後者の気分だとクルーズコントロールやハンズオフを使ってトラックの後を延々とついていくのが理想的だが、その状況では静粛性とオーディオの音質の高さが際立つ。タイヤからのロードノイズ以外殆ど聞こえない車内でUSBに入っているPetit Rabbit'sの日常デコレーションを再生してみれば、現実世界から離れた特別な場所に身を置くようで普段より心に余裕が生まれていることに気付いた。
言いそびれていたが、搭載されている2L直4ディーゼルエンジンも素晴らしい。先代モデルよりも車外から聞こえるアイドリングの音が静かになったのは技術進歩を感じさせた。エンジンそのものの印象は1860kgもの車重を引っ張ることから取り立てて速くはないものの、高速域でも十分な出力とトルクがあり、不満には感じなかった。流石にガソリン車と比べれば実用的な感じは否めないが、ディーゼルとしてはエンジンが回るため、パドルシフトを使ってシフトを上げ下げする走りを積極的に行いたくなる。おまけに使用燃料も安価な軽油で燃費も良い。今回670km(都市部の道路を約100km+高速道路を約450km+郊外道路を約120km)を走行して16.7km/Lを記録した。恐らく高速道路や郊外道路を主に使う乗り方ならば20km/Lを超えてくるはずだ。
見て触って乗って楽しめるこの車はポルシェのように常に速く走るように訴えかける訳でもなく、メルセデス・Eクラスのように車が運転手を“指導”している訳でもない。そんな懐の深さも手伝って五月晴れの空のもと窓を開き海岸線を走ると底知れぬ心地良さに支配される。さらに航続距離も長いため旅先でガソリンスタンドの心配をせずに済むからついあてもなく行き先を考えてしまう。そんな目的地を作り出す車がとても気に入った。しかし、残念ながら私は1つ大きな問題を抱えている。この車の購入に必要な900人もの福沢諭吉が手元にいないことだ。