
記憶に残る出来事というのは、大抵これまでに体験したことのないものや予想と大きくかけ離れていたものだ。それが良い内容か悪い内容かはともかく、後々振り返るとその時のことが鮮やかに蘇ってくる。
前に7年落ちのF54ミニクラブマンクーパーDに乗る機会があったのだが、これは記憶に残る車だと断言できる。ミニはどの車種も外観は(車体の寸法を除いて)60年前から殆ど変わっておらず、このクラブマンも全く古く見えない。それにマルーン色のボディカラーは独特な雰囲気があってクラブマンによく似合っている。ただ劣化してひび割れが生じたボンネットのストライプや日焼けしたユニオンフラッグを模したサイドミラーには年月の経過を感じざるを得なかった。私がこの車を選ぶのならこういった類のものは付けたくない。
また内装も外観と同様に個性的で、中央に配置されたディスプレイの縁にはオーディオのボリュームを上げたり、エアコンの温度を調整するとそれに従って照明が変わる仕掛けが備わっている。この光り方はジュークボックスのようで遊び心があるし、何よりも直感的で分かりやすいので、他メーカーでも採用して欲しいと思った。また内装に使われている素材はプラスチックが多いものの、上述したディスプレイの採用やスイッチ類にメッキ加飾を施すなどしているおかげか安物な印象が少ないのも評価できる。
さらにメーター類は現行のBMWでは失われた潜水艦の艦内照明と同じ色であり、夜間の視認性は抜群だ。
ただ特徴的な内外装だけがこの車の魅力ではない。車体全体が比較的四角くて四隅が分かりやすく、Aピラーも立ち気味のため、視界が良い。さらにハッチバックを延長したワゴンのような形状をしており、荷室空間も車両の大きさ以上に広く感じられるのも良い。
しかし大きな短所がいくつか見受けられる。まずは騒音の大きさだ。アイドリング時にはディーゼルの音が車内からでもはっきり分かるし、走行中の騒音もF55ミニよりは小さいものの、決して静かとは言い難い。特に高速域では風切り音とロードノイズのコンサート会場と化し、場所によっては音量をかなり上げないとナビの音声やオーディオが聞き取れない程だ。またサスペンションは路面の情報を直接伝える設定で、継ぎ目や凹凸を通過した際に突き上げを強く感じさせる。そのため、同乗者がいれば不平を言われかねないだろう。さらに雨天では50km/h程度でもハイドロプレーニングが度々発生し、その都度ステアリングがとられて車体が明後日の方向に向こうとした。簡単に言えばあまり静かではないし、揺れも大きいし、悪天候時の走行には注意が必要な車ということになる。
だが山坂道を走るとそんな不満も霧散する。ヘッドライトをハイビームで照らしていてもまだ暗闇が残る道路で予想以上にきついカーブに出くわした際、少々速度が出ていたのにも関わらず、舵を切るといとも容易くクリアしてしまい度肝を抜いた。かつてローバーミニやクロスオーバーでラリーに参戦していたが、その精神がこのクラブマンにも宿っているのだろう。またアクセルペダルはオルガン式でペダルの配置も悪くない。加えてトランスミッションはやや引っ張り気味な変速を行う面はあるものの、搭載されるディーゼルエンジンは力に溢れ、勾配をものともしない点や音と振動が大きい割には疲れにくい点も気に入った。この車で当初は隣の県に行くはずだったがあまりに面白く、つい2つ県を跨ぎ約200km程余計に走行してしまった。
そんなクラブマンは現在生産終了しており、在庫か中古でしか手に入れられなくなっている。
中古価格がこなれているものがあるため、FFに成り下がり醜悪な見た目になったBMW・1シリーズや出来損ないのメルセデス・Aクラスを選ぶ位なら余程賢明な選択と思える。
例えるならこの車は何を仕出かすか分からない悪友のような存在であり、だからこそこのように文章に起こせるのだと感じさせた。