
島崎藤村が作詞した「椰子の実」という歌をご存じだろうか。
名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子の実一つ
故郷(ふるさと)の岸を 離れて
汝(なれ)はそも 波に幾月(いくつき)

(歌詞のきっかけとなった伊良湖岬と恋路ケ浜:HPより拝借)
私は福岡の小学校に通っていたとき、この歌を音楽の授業で習った。椰子の実が浜辺に流れついた情景がパッと思い浮かぶ、美しいメロディーの曲だと思った。
ところで、私が居住する県はいまだ緊急事態宣言が継続されている。平常時よりは幾分減ったとはいえ、他地域からの車は普通になだれ込んできている。そのことを非難する雰囲気は県内にはおそらくない。それぞれ事情もあるだろうし、むしろ我が県民が感染率の少ない県に立ち入り、ヒンシュクを買うよりはましだと私は思っている。
先々週の午後、国道バイパスを運転していた時、前を走っている赤い軽自動車に目が釘付けになった。あまりに珍しい香川ナンバーの車。まず讃岐うどんのイメージが脳裏をよぎり、そしてどうやって来たのかしらと思った。

(HPより拝借)
お隣の徳島からフェリーに乗ってやって来たのだろうか、それとも瀬戸大橋を渡って、岡山県の倉敷からずっと北上してきたのだろうか、と想像して少しばかり楽しんだ。とにかく四国からの車を見るのは本当に珍しいことなので、友達にわざわざ知らせるほどだった。

(瀬戸大橋:HPより拝借)
と思っていたら、香川をさらにしのぐ希少ナンバーに先日めぐり合った。
駅近くの幹線道路に、白昼堂々N-WGNを路駐させていたときのことである。(どうやらここは暗黙の了解の地らしい)銀行ATMの用事を済ませて15分ほどして戻ってくると、N-WGNを追い越そうとする車がいた。なにげなく見ると、「奄美」と表記された軽自動車だった。私にとっては初めて見るナンバーである。(同じ南西諸島でも、那覇ナンバーは数回見かけたことがある)どのようにしてたどりついたのだろうか。ちょっと調べてみると、フェリーを鹿児島で乗り継いで東京まで一気にやって来るルートと、鹿児島までフェリーに乗り、そこから陸路を進むルートがあるようだ。どのみち、はるか彼方からやってきた車であることに変わりはない。

(マルエーフェリーのHPより拝借)
こんな時期に、珍しいナンバーの車に出会えたことに感動すら覚えた。海を越えてはるばるやってきた車に、冒頭の「椰子の実」の歌が思い出された。
「椰子の実」の歌詞の最後にはこうある。
「いずれの日にか 国に帰らん」
その当時、5年以上同じ地域に住んだことがなかった私は、この歌詞に心が激しく揺さぶられた。「私にも帰れるふるさとってあるんやろか」と。
( 今は話せなくなってしまった福岡弁。懐かしい…)
私自身が「椰子の実」だったのかもしれない。
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Posted at
2020/05/19 14:16:44