
まさかこんな風にハムレット状態になるとは夢にも思わなかった。
事故より三日後、朝起きると背中が筋肉痛のようになっていたが、普段どおり出勤。
夕方には首まわりにも違和感が感じられたので、帰宅後、近所の整形外科へ飛び込んだ。
【整形外科へ】
あれ?
先生が若くなっている!
後で話を聞くと、前の先生からクリニックを買い取ったとのこと。
それにしても、まるで学生さんのように若く見える。
いろいろ話をしていると、
「都内から茨城へ通っているときに、僕も自損しているんですよ。
大雨のなかスリップして、車は大破しました」
と事もなげに言う。
話の内容に強い衝撃を受けたのか、私の眉毛も自然と八の字になる。
なのにそれでも、好奇心から冷静に聞いてみた。
「なんの車ですか?」
「レヴォーグです」
「そうなんですか…」
大破だなんて…
それよりは、私のほうがマシなのかなと思ったりする。
いやいや、そんなことはないよね…
レントゲンをさまざまな角度から撮り、出た診断は
「骨こそは折れてないものの、重めのむち打ち症」とのこと。
そして、警察に提出する書類を渡された。
【警察へ】
翌日、警察へ電話をして書類の提出方法を訊くと、予想もしない反応が返ってきた。
①「医師の診断書をこちらへ提出するということは、物損事故から人身事故への切り替えになりますね」
物損?
人身?
②「提出は郵送は受け付けてません。こちらまで出頭してください」
わざわざ持参しろってこと?
③「物損でも、保険会社さんは同じように補償してくれると聞いてますよ」
なんのことやらさっぱり理解できなかった。
わかったのは、書類は郵送ではなく持参ということだけ。
冷静になって質問したいことを考えて、何度か電話をして確認した結果、
①物損事故か人身事故扱いかは、被害者側で選べる。現状は物損扱い。
事故当日は、物損扱いだったので簡単な実況見分が行われた。
医師の診断書は、物損扱いなら提出不要、人身扱いなら提出する。
②医師の診断書を提出して人身事故扱いにしたいのなら、警察署へ持参する。
その際、被害者と加害者がともに集合して、詳細な実況見分を行う
③これは保険会社に確認する
【保険会社へ】
加害者の加入する保険会社へ確認の連絡を入れる
「警察の人から、物損でも人身でも同じように補償してくれると聞いてますが、本当にそうなんですか」
「ほぼ同じですよ」
それ以降は、なんだかあんまりはっきりしない説明が返ってきた。
というか、かなり前のことなので詳しい内容は忘れてしまった…涙
でも、保険会社が損するような答え方ではなかったと思う。
そして、整形外科、警察、保険会社という三者の立場の違いに、しばらく翻弄されることになる。
その間に、加害者から謝りの電話もかかってきた。
・事故に対する謝罪
・症状についてのいたわりの言葉
・保険はフルカバーにしてあるので遠慮なく使ってほしい
悪い人ではないと思った。
そしてまた迷う。
人身か物損か、それが問題だ!
と、ハムレットよろしく、暇さえあればつぶやいていたように思う。
ある時は、
医療費のお金さえ補償してくれればいいのだから、物損でいいのではないか。
その翌日には、
でも、やっぱり人身のほうがいいのではないか、と考えもコロッと変わる。
事故に遭ったことのある友達に相談しても、
<友人1>
私の事故より半年前に事故に遭っているが、本人そのものが車にぶつけられているので、問答無用の人身事故扱い。
<友人2>
若い頃、しょっちゅう事故に遭っていた友達。試しに訊いてみると「忘れた」の一言。私が、「ベンツにぶつけられて、車、交換してたよね?」とダメ押しで訊いてみても、「ああ、そんなことあったね」とほぼ忘却の彼方。
相談する人がマジでいない!
困り果てて、リハビリの先生に尋ねてみることにした。
答えは
「人身事故扱いのほうがいいです」と極めて明瞭だった。
商売柄もあるとは思うけど。
理由は
・物損だと示談扱いになるので、医療費と見舞金込みで事前に一括で支払われる。
もし治療が長引いたりなどして医療費が不足したら、そこから(もしくは自腹で)支払わなくてはならない。
・人身だと治療を終えるまで補償される。
加害者は点数を引かれるだけ。ただ、加害者の持っている点数が少ないと免停になる可能性もあるが、それは仕方がない。
示談にしたが故に損をしている人もたくさんいると聞いて驚いた。
ああ、やっぱり人身にしよう
帰宅して念のため、ネットでも調べ出す。
ここでようやくネットが登場というのもおかしな話なのだが、ネットは情報が偏っているのではないかという気持ちが強くて、なんとなく躊躇(ちゅうちょ)していたのだ。
調べてみると、案の定、人身を強く推していた。
3週間後の週末の午後、詳細な実況見分に立ち会う
修理を終えたN-WGNで向かうことにした。
事故以来、chérieちゃんに乗るのは必要最低限になった。
そして運転中には、またぶつけられるのではないかと怖くなって何度となくバックミラーを見るクセがついてしまった。
なので、本当はN-WGNに乗るのは怖くてたまらなかった。
でも、仕方ない。
注意に注意を重ねながら、ハンドルを握る。
早めに着いてロビーで座って待っていると、加害者が小走りにやってきて、あらためて謝罪と体調を気遣う言葉をもらった。
あれから毎日のようにリハビリには通っているものの、腰の調子はあんまりよくなかったので、立ち上がらず座ったまま対応した。
そのうち警察官2名がやってきて簡単な挨拶の後、それぞれ事故現場へ向かうことになった。
暖かい雨の降るなか、現場検証がはじまる。
道路を通行止めにして、それぞれの証言を元にして事故現場を特定する。
メジャーで長さを測ったり、道路にチョークで書き込んだりの繰り返し。
道路の脇で傘をさしながら、私は静かにじっと見つめていた。
そう、怒りの感情はなかった。
しかし、
証言があいまいで当てにならないことが明らかになる。
「もしかしたら、ドライブレコーダーってあります?」
唐突に若手の警察官に訊かれる。
「はい、ついてますよ」
と答えながら、ハッとする。
そうだよ、ドライブレコーダー着いてるじゃん!
なにやってたんだろう、私ったら
警察官とともに離れたところに停めたN-WGNへ向かう。
操作方法がわからないので、取り付けてくれたディーラーへ電話し、警察官と直接話してもらった。
先輩格の警察官もやってきて、3人でドラレコの記録映像を見ていく。
すると、事故のきっかけになるシーンが流れ出す。
それを見ている私はあの時を思い出し、恐怖心が湧いたがその心にスッとふたをした。
「これはひどいね」と先輩格の警察官がつぶやいた。
二人の警察官は、ドライブレコーダーの映像と音を元に場所を再び特定しだす。
すると、道路のもっと手前の場所から始まっていたことがわかった。
そうだよね、この辺りだよねと、事故直後の頃はそう思っていた。
しかし、簡単な実況見分が始まると、加害者の証言に押し切られるような形でもっと先の場所で起きたと認めてしまった。
記憶もあいまいだから、そこまで強く言うこともできなかった。
パニックの時の記憶なんて、曖昧でいい加減なものなのだと身に沁みてわかった。
「それでは先に署へ戻ってください」と言われ、私一人、現場を後にした。
再びロビーで待つものの、いつまでたっても帰ってこない。
本を持ってきて正解だった。
本にも飽きて退屈しだした頃に、警察官だけが戻ってきた。
今度は供述調書を作成すると言う。
刑事記録として、検察庁へ提出するらしい。
警察の実況見分では、事故現場で位置関係を確認して図面に落とし込んだ「交通事故現場見取図」を作った上で、事故現場の状況を説明した「実況見分調書」を作ります。その後当事者に話を聞いて「供述調書」などを作成し、これらを合わせて「刑事記録」といいます。(ネットより)
ここで加害者に対して刑を重くしたいかどうかを訊かれた。
検察官に情状酌量をお願いしたいかどうかということらしい。
私は、
「加害者には丁寧に謝罪されたし、深く反省されているし、悪い人ではないと思うので、ぜひ情状酌量をお願いしたいと思います」とはっきりと伝えた。
警察官は「検察の人が決めるので、私達にどうこうできることではないですが」と言いつつ、その欄と思しきところにチェックを入れていた。
この日、費やした時間は2時間半。
長かった…
帰宅したら、ぐったりだった…
<その3へ続く>
*事故については、プライバシーの観点から詳細な描写は避けました。
同様に写真の掲載も控えます。
すべての処理や治療は終了した段階で投稿しています。