
母にとっての最後の軽自動車、N-WGNを売った営業のRさんは、キャラが立っている。初登場はかなり芝居がかっていて、劇団出身なのかと本気で思ったくらいだった。
なぜ芝居がかっていたのかと言うと、納期遅延の連絡がスムーズじゃなかったからだ。去年の夏に注文、秋に納期の予定が冬となり、とうとう年を越してしまった。電動パーキングブレーキの不具合による生産停止のせいである。1月に納期予定と聞かされていたものの、1月になっても何の連絡もない。そんなディーラーの対応の悪さに母は怒りをあらわにし、説明をもとめて店へ行くと言い出した。ことの次第によっては、他社のにする!と息巻いていた。

だが、Rさんのクレーム対応の鮮やかさに次第に怒りの矛を収めることとなる。長く担当してくれていた営業の人が退職したことを知らされ、引き継ぎに漏れがあったことを丁重に謝罪された。また、こんな不手際があったのだから、引き留めるわけにはいかない。キャンセルされても仕方がないと思っています、と大胆にも引いた発言をしてくる。そして、どうしようか迷っている母に対し、ゆっくり考えてもらっていいです。来月にでもお返事を聞かせてくださいと、余裕の発言できっちり話をまとめ上げていた。
Rさんの言動は、神妙さの中にもどこか憎めないコミカルなところがあった。会ってすぐ話題にしたのは姓名である。たまたま同じ姓名であることをネタにして、母の怒りを解きほぐすきっかけとしていた。謝罪がある程度落ち着くと、コミカルさが神妙さを押しのけて、次第にRさんのキャラ全体を覆っていくようになる。
しばし雑談したのち、和やかで穏やかなムードに包まれて母と私はディーラーを後にした。いいように転がされたのかもしれない。
さまざまな逡巡はあったようだが、2月の再訪の時には「引き続きよろしくお願いします」と母は言った
ディーラーへ行くたび、Rさんは「お母さ~ん!」といった感じで、駆け寄ってくるようになった。愛想の良さ全快といったところか。
私に対してもお世辞を欠かさない。1月の初登場の時には、私の乗る車の車名(A3)をしつこく聞き出すと、のけぞるようにして驚いていた。私は恐縮気味に「いやいや、アコードのほうがまったくもって高級ですよ」とあくまで冷静だった。だってホントのことだから。

(HPより拝借)
Rさんの芝居がかったキャラは母へのアピールであることに、後日あらためて気づかされた。書類を取りに私一人で行ったとき、対応がとても素だったのだ。私の車も初めて見たのに、あの時の驚きはどこへやらのさっぱりさである。
そりゃそうだよなぁと思った。時間は閉店間際、場所も暗めなディーラーの駐車場であって、明るい店内という「舞台」ではない。それにあの時は、「謝罪」という一世一代の大芝居を打たなければならなかったのだ。そろそろ普通に戻るよね。
しかし、4月12日の納車の時はやっぱり芝居がかっていた。ある意味、今の時代の納車は晴れがましい式典みたいなものなので、芝居にも磨きがかかろうというものだ。
1時間半の時間制限の中で、書類のやり取り、車の説明、運転の練習まで詰め込んだ。運転の練習は当日私がお願いした。スマートキーでのエンジンのかけ方や、電動パーキングブレーキの使い方に不安を感じている母の助手席に、私が最初に乗るのが何となく恐ろしかったせいもある。Rさん自身も、一抹の不安があったのだろう、快く運転に付き合ってくれた。
10分以上走らせて店に戻ると、さすがに時間オーバーになっていた。次のお客さんが待っているのに、申しわけない気がする。なのに、Rさんは最後にやっぱり祝盃は上げたい!と言い出した。お店の奥にしつらえた納車用のスペース(狭々しい、まるで楽屋のよう笑)であわただしく乾杯し、お花のバスケットをいただいた。グラスの中身はぶどうを加工したフランス産のノンアルコール飲料とのことだか、りんごジュースみたいな味がした。
乾杯の前に、Rさんがわりと長めの挨拶をした。そのなかに「○○さん(母のこと)には6台買ってもらいたかったけど、danslemidiさん(私のこと)に今後アコードを買ってもらうということで」とさりげなくアピールしていた。
はて、何で6台なんだろうと帰り道、母と話した。例え3年で乗り換えるとしても少なくともこれから3×6=18年はかかるよね?
帰宅してから、突然6台の意味がひらめいた。
父2台…アコードとLife
弟2台…フィットとフリード
母1台…N-WGN
と5台乗り継いできたので、次の6台目を私に、ということだったのだ。
しかし、本来ならばそこにまぼろしの私の1台が入り、母で6台目となるはずだった。父がLife、弟がフィットを買う時に、私もホンダ車を買うから計3台で一気に安くしてもらおうと持ちかけたことがあった。なのにすっかり忘れて、ふらりとインプレッサ(スバルのハッチバック)を契約してしまった。
結果2台となったので、あとで弟からは散々嫌みを言われた。
そうよねぇ、20年くらい経ったら私も大分穏やかになっているだろうから、今度こそフィットを買ってもいいよね。
Posted at 2020/04/20 16:56:28 | |
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