BMW Z4(E89-23i) 所有時、私は実用ユースのサブ車としてトヨタプログレ(後期型NC250)のディーラー認定中古車を購入し使用していました。
自然吸気直列6気筒エンジンを搭載するコンパクトなFRセダンであったプログレは、私のクルマに対する視野を拡げてくれたクルマでありました。
インプレ記事というよりもエッセイのようなものですが、プログレ所有時に書いた記事を以下に再掲載致します。
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モノにはそれに相応しい役割がある。
私の愛車についていえば、BMW-Z4は、「青空と一体となって気持ち良く走り抜ける」という役割、そして、トヨタプログレは、「静かに快適に乗員を移動させる」という役割、であったりするのだろう。
関東が梅雨入りした翌日の深夜のことだ。
私はプログレのハンドルを握りながら、雨の降る首都高湾岸線の路上を緩やかな速度で進んでいた。助手席には連れ合いが、後部座席には連れ合いのご両親がその身を力なく沈み込ませていた。
後部座席に座った義母が車窓からの夜景を眺めながら、「やはり日本はいいわね」と安堵した口調で呟いていた。その隣では、義父が静かに眠りこんでいた。
連れ合いとご両親、親子水入らず3人での5日間のタイ旅行は、出発前からの義父の体調不良により、観光らしきものを果たすことは全くできなかったことを、さきほど羽田空港で聞いたばかりだった。
帰国便が平日の夜ということで、送迎の予定はしていなかったのだが、当日は幸いなことに残業や酒席もなかったことから、会社からの帰宅後、プログレで羽田空港に急ぎ駆け付け、彼らをピックアップすることができた。
羽田空港の駐車場に端坐したプログレは、3つの小型キャリーバッグを広大なトランクルームに余裕で飲み込んでいた。そして、5ナンバーサイズながら、発売当時のクラウンロイヤルと同長のホイールベースを有するこのクルマは、十分すぎるほどのスペースと上品な革シートでもってご両親を後席へと迎え入れた。
羽田空港を離れた後、義父はリアシートで静かに目を閉じていたが、すぐに眠りに落ちたようだった。義父が目を覚まさないように、アクセルの踏み加減も、進路変更のハンドルさばきも丁寧に行った。
箱根の山道では頼りなさげにスキール音を鳴らせながら走っていたプログレであったが、このようなシチュエーションでは、正に水を得た魚のような働きぶりだ。雨が窓にあたる音とワイパーがその雨粒を拭う音が輪郭をもって常に聞こえているものの、6気筒エンジンは低い回転数を保ったまま沈黙したかのような静けさで遠く回転音を響かせている。ロードノイズや風切り音の車内への侵入も極めて僅かなものに抑え込まれていた。
5ナンバーサイズへのこだわりと、セルシオ・クラウン並の室内空間という、相矛盾する要請への挑戦は、結果的にこのクルマに対し、アルマイトの弁当箱を細長く伸ばしたようないびつなプロポーションを与えることになった。このクルマのキャッチコピーは「小さな高級車」であるが、このクルマのエクステリアから伺われるものは、当時のトヨタの「高級車」に関する知見の欠如と経験の浅さの露呈であろう。
一方で、前述したような車内の静粛性に加え、首都高の無数かつ硬質な路面の継ぎ目がもたらす振動を、15インチのありふれたタイヤで柔かく受け流すこのクルマのサスペンションの働きもまた実に見事なものである。事実、疲れ切った老人の睡眠を全く妨げることのないまま、雨の首都高と一般道を経て、ご両親を自宅まで快適に送り届けるという所期の役割を完璧に果たしたのだ。
私がプログレを買った最も大きな動機は、「連れ合いの年老いたご両親を快適に送迎したい」というものであったが、この雨の深夜に僕の少々不格好な銀色の相棒は見事にその役割を果たしてくれたものだ。
モノにはそれに相応しい役割がある。
人間だってそれぞれの役割を果たして生きているのだろう。
義父は、製造メーカーの技術者としていくつかの特許を取得しつつ、長年にわたり素晴らしい製品を開発してきました。そして、家庭人としては、奥様と協働しながら、連れ合いを含む3人のお嬢様を立派に育てあげ、晩年は闘病を続けながらも、何人もいる可愛い孫達から「じーじ」と慕われながら、優しい祖父の役割も果たしてきました。
そんな義父が、自らの役割を立派に果たし終え青空のかなたへと旅立って行ったのは、彼が初めてプログレに乗ったあの羽田空港の夜からわずか3週間後のことでした。
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Posted at 2025/11/23 16:46:42 |
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