
昨年、日本でも初の女性首相が誕生したが、今から半世紀近く前、先進国で初めて英国に女性首相が誕生した。英国経済を立て直し、その強い外交姿勢から鉄の女と呼ばれたサッチャーを再評価した本が発刊された。ヨーロッパ国際関係史、イギリス政治を専門とする明治学院大学法学部教授、池本大輔の近著、サッチャー「鉄の女」の実像を紹介する。
サッチャーは歴代首相を排出したエリートとは異なり、零細な食料品店の娘として生まれ、奨学金を得てオックスフォード大学に進んだ。弁論団体で頭角を現し、保守党の学生組織の会長に就任したが、戦後間もない当時、つつましい生まれの女性が国会議員院になることは容易ではなかった。一般企業に就職した後、労働党に敗れた保守党の立て直しのために公認候補に選ばれ、昼は仕事をしながら選挙に挑んだ。敗れはしたものの、エネルギッシュな選挙活動にその評価は高まった。彼女のキャリアプランに理解のある経営者のデニスと結婚、保守党が大勝した58年の選挙で下院入りを果たした。
労働党に敗れた64年以降、財務・経済を担当する保守党のスポークスマンとなったサッチャーは労働党政権の経済政策批判で名を上げ、エネルギー・運輸・教育など様々な問題を担当した。その美貌も注目を集めたが、勤勉な姿勢や知識の豊富さ故、男性に煙たがられる存在でもあったよう。
70年に保守党が勝利、サッチャーは教育科学大臣として初入閣したが、74年に下野した。当時のサッチャーには金持ちの夫と結婚した成金の女性政治家というイメージがあったが、党首選に名乗りを上げ、貧しい家庭の出身でありながらハードワークによって成功した実力主義者としてイメージチェンジに成功、初の女性党首となった。
日本が高度経済成長を遂げていた1970年代、英国は階級社会から平等社会へと流れを進める一方、国営企業の非効率な経営、度重なる労働ストライキなどにより英国病と呼ばれた経済危機に瀕していた。79年に政権を取り戻した保守党は、国営企業の民営化、公営住宅の売却、金融規制緩和(サッチャーは必ずしも積極的に推進したとは言い難い)などにより経済を立て直したと評価されたが、後には住宅価格の高騰に代表されるインフレ、製造業の衰退を招いたとも言われている。外交面ではフォークランド紛争での英国勝利、共産主義に対する強い姿勢などから鉄の女と評された。
サッチャーは女性初の首相となる事でキャリア志向の女性のロールモデルとなる一方で、家庭を重視する保守党の立場に沿う形で、女性の社会進出を助ける公的子育て支援に消極的な姿勢はフェミニスト等の評判を悪くした。日本初の女性首相となった高市はサッチャーを尊敬していると聞くが、ハードワークな点は似通っているかも知れない。この先どのような評価を得るか興味深いところである。
Posted at 2026/05/26 09:43:18 | |
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