
米国の神経科学者リサ・ジェノヴァ著の最新本。副題は「しっかり覚えて上手に忘れるための18章」。ベストセラー作家でもある彼女の軽妙な文章は、科学本とは思えないくらい面白く、一気に読み進めた。
記憶の形成は、情報を脳に入れる記銘化・情報同士を繋ぐ固定化・出来上がった情報群の貯蔵・情報を取り出す想起の4段階を踏む。固定化は脳の海馬で行われるが、貯蔵は脳の様々な部位に分散され、記憶専用の脳領域は存在しない。
長期記憶は、自転車の乗り方のようなマッスルメモリー、日本の首都は東京と言うような意味記憶、初めてのデート経験のようなエピソード記憶の3つの基本的タイプがある。
マッスルメモリーの固定化には繰り返し練習が必要だ。意味記憶は学校の勉強に多くあてはまる。反復(復習)が必要だが、一夜漬けより間隔をあけて復習する方が効果的。丸暗記より、情報を歌や語呂合わせ・興味のある事に結びつけることが有効などなど、学生時代にこの本があれば、、、
面白いのはエピソード記憶だ。特別なこと・感情に訴えられたことは忘れないが、退屈なこと・習慣的なことは忘れがちである。6歳くらいまでの幼児記憶がほとんどないのは、エピソードを描写する言語能力が限られているから。エピソード記憶はまるで伝言ゲームのようなもので、想起する(思い出す)度に変化し・再固定化され・再貯蔵される危険性をはらんでいる。たまに夫婦の間で昔の思い出に相違があり言い争いになることもあるが、至極当たり前のことなのである。
覚える能力は重要だが、忘れる能力も重要だ。ある事に注意を払うため(新しいパスワードを覚える)、憂鬱にならないようにするためには、不必要な記憶(古いパスワード)、不快やつらい記憶は邪魔であり、忘れる事が必要である。
私はもうすぐ69歳、ボケの心配が増えつつあるこの頃であり、記憶と老化の関係には非常に興味があった。認識すべきは、物覚えが悪くなったり、物忘れが多くなったりすることは記憶システムの老化であり、病気ではないと言う事。さらに、加齢によってマッスルメモリーは退化しないし(歳を取っても自転車の乗り方は忘れない。但し、体の衰えで乗れなくなる事はある)、意味記憶の貯蔵量は若い人より多いと言う嬉しい情報もあった。但し、意味記憶もエピソード記憶も想起(思い出し)はやや難しくなる。
高齢になると思い出にフィルターがかかるようになり、良い事は覚えておき、悪いことは忘れる傾向が強まる。別の何かで読んだが、良い事と悪い事の記憶の割合は大体7:3
になり、これが生きる力となるようだ。
記憶障害でも、アルツハイマーとなると病気である。脳内にアミロイドβと呼ばれるたんぱく質が蓄積し、ある閾値を超えると病的な障害を発生する。障害は海馬で始まるので新たな記憶が形成できない。だから数分前に起きたことさえ覚えていないし、同じ質問や話を繰り返す。人の名前のような固有名詞を思い出せないのは普通だが、時計のような普通名詞を思い出せないのもアルツハイマーの初期症状だ。アルツハイマーが進行すると次々と他の脳領域も侵食し、意味記憶障害を発し(鍵を何に使うか思い出せない)、気分や感情をコントロールする機能を失い(日常的に激しい怒りに襲われる)、マッスルメモリーを失い(トイレの使い方が分からない)、貯蔵された記憶も失う。米国では65歳以上の1/10、85歳以上の1/3が患者で、初期症状から末期までは平均8~10年かかるよう。
アルツハイマーを予防するには、正しい睡眠・運動・食事は勿論こと、ポジティブな考えを持つこと(老いぼれ→経験豊か)、新たな事に挑戦すること(新たな旅行先、新しい本・スポーツ、、、)なども有効。一方、思い出せないことを必死で思い出そうとしたり、思い出せないことを悔やんだりする必要はない。グーグルで検索したり、やる事リストを作ったりすればよいだけだ。
たとえアルツハイマーの末期になっても愛と慶びは理解できる。本書によって記憶や物忘れのメカニズムを正しく理解することで随分と気が楽になった。お勧めの一冊である。
Posted at 2024/09/25 06:18:43 | |
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