憑依(のりうつ)る

彼は今でも自分でクルマをコントロールしているつもりらしい。自分が思い通りにクルマを動かしていると思っている。自分が導かれるままにステアリングを操作し、アクセルペダルを踏まされているとは気づいていないようだ。

今日も自分の意思で夜明け間近の海岸線の道路へ来たと思っている。全く分かっていない。走りたいのは彼ではないのだ。

白み始めた東の空。まだ暗い道路をゆっくりと行き来する。長い直線には障害物もなければ、グリップを危うくするようなコンタミネーションもない。

昨日の強風もおさまったようだ。

直線道路の始点に止まると一旦エンジンをストップして消灯し自らの気配を消す。

遥か前方の地平線、さらにその先を探る。空はわずかに明るくなってきたが、反対側からやってくる者がいれば分かるはずだ。

周囲の気配をうかがう。自分以外に動くものは全くいない。

今だ、、、

再びエンジンを始動して冷気を吸い込む。ライトを光らせて存在を誇示すると、路面を蹴る。

一瞬路面を捉えきれなくなるが、4輪全てが路面を掴むと前方の闇に吸い込まれるように加速した。彼は例によってハンドルにしがみついてのけぞっている。制限速度をわずかに超えただけでこの有様だ。もう十分だろう。明るさを増してくる道路を静かに往復して呼吸を整えクールダウンしていく。