「暗く怖い場所の追想」THEME-SONG
【
ここまでのあらすじ】
同僚が主催するパーティーでYという女性の怒りを買ってしまった私は、なんとかそれを鎮めようと奔走を開始する。
しかし、実際にはそれほどチャンスがあるわけではない。
僅かにあるとすれば、それは同僚とYのいる部署がある、ビルの2階に顔を出す時。
私の所属する部門は6階にあったが、2階にはビルの受付や社用車のキー置き場も存在するため、それなりに足を運ぶ機会があった。
それに、私がパーティーでテンションを上げた娘は、ここの受付嬢の1人だった。
私「おつかれー。」
娘「あ、おつかれさまでーす!」
この娘、Aはとにかく人懐っこい雰囲気の持ち主で、話していると癒される。
猫と狐のハーフのようなルックスも愛くるしいが、恋人というよりは妹にしたいキャラクターだろうか。
別の受付嬢も交えて軽く談笑をしていると、そこにYが現れた。
Y「あ・・。」
私「あ、おつかれー。」
Y「・・おつかれさまでーす。」
こちらから声をかければ無視は出来ないようだ。
やや面食らった様子の彼女に対し、最初から遭遇の可能性を想定していた私に動揺は無い。
ちなみに、一応は私が目上なこともあり、YもAも敬語で接してくる。
打ち解けていないから、という理由も否定は出来ないが、打ち解けたからといって先輩社員にタメ口を使う娘はいない職場だった。
そんな彼女達を相手に、僅かな不平等も生じぬよう、慎重に振る舞う私。
同じ失敗を繰り返すわけには行かないのだ。
業務の途中だったこともあり、そこに長くは滞在しなかったが、手応えはあった。
「じゃあ、また週末にでも。」
主催でもないくせに、パーティーの開催予告と誘い紛いの言葉を吐いて去る私を、笑顔で見送る彼女達。
その中心には、少なからず心を開いてくれた様子の、Yの姿があった。
実際、その週末にもパーティーは開かれた。
当時の同僚は、それくらいホームパーティーにハマっていたのである。
予告どおり出席することになる私だったが、その前にもう1度Yと遭遇する場面があった。
女性社員の退社が多い夕刻の、通用口付近でのニアミスである。
このビルは屋外階段から続く来客用のエントランスが2階にあり、通用口は1階に位置する。
ここにビル内の全社員のタイムカードが設置されているため、出退社のタイミング次第では遭ってもおかしくないのだ。
しかし、多くの男性社員同様に退社時間が遅い私は、すっかりこの可能性を失念していた。
出社時の可能性さえ忘れていた理由については、後ほど触れることになるが。
では、この時の私は何故、夕刻に通用口に居たのか。
記憶は定かではないが、おそらく軽食の買い出しに出かけるか、逆に戻って来たところだったと思われる。
関連機関への出向から戻って間もなかった私が、自社という新環境でのライフスタイルを形成する中に、そんな行動パターンが加わったのが確かこの時期だった。
ここでYと交わした言葉と言えば、挨拶以上のものは無かったと記憶している。
ひょっとしたら週末のパーティーにも触れていたかもしれないが、今となっては憶えていない。
他に憶えているのは、Yと初めて2人きりになったのが、この時だったということだけである。
再び開催されたパーティーには、いくつか前回とは異なる点があった。
その内の1つは、最初のパーティーで私が萌えた娘、Aが来なかったことだ。
これは後で知ったのだが、この頃Aには恋人が出来、その関係が深まっていったらしい。
更に後で判った相手の男は、私が僅かな期間在籍した、社のサッカー部のメンバーだった。
私の参加回数が少なすぎることもあり接点は少なかったが、ケチの付け所の無い、社内でも将来を嘱望された人材だったという印象である。
そんな相手の詳細はどうでもいいのだが、とにかく交際の順調さを裏付けるかのように、その後の集まりでAの姿を見ることは無くなった。
他に異なった点と言えば、2人の女性が新規に参加して来たこと。
1人は既に登場済みの人物で、AやYと一緒に私が雑談をした、同じビルの受付嬢である。
もう1人は、私が勤めるビルと同市内にある、本社ビルに所属している女性。
正確には、社長秘書である。
他にも異なる点があったかもしれないが、少なくとも私が認識した変化は以上である。
女性に絡んだ変化にあらずんば変化にあらず。
こう取られても仕方の無い、ある意味すがすがしいまでの本能への忠実さだと我ながら思う。
ではこの時、誰かにこう問われたらどうだったろうか。
「新メンバーである彼女達に、君は萌えているか?」
残念ながら、答えは否だった。
肩書きに踊らされない自分を発見した瞬間である。
いずれにしろ、この2人とYを女性メンバーとしたパーティーは、今度こそ私にとって難なく終了した。
ならば反省点が無かったかと言えば、私はあったと思っている。
例えば初対面の社長秘書とは、あまり会話を交わすこともなく終わってしまった。
つまり他の女性2人に比べて、差を付けてしまったと言えなくもない。
しかし、社長秘書がそのことに気分を害したかと言えば、特にそのような形跡も無かったのだ。
何故ならパーティーを通して、彼女が私との会話を欲したと思われる場面など無かったのだから。
いや、私以外との会話でも大きく盛り上がっている様子は無かった。
そう。
彼女は我々に興味など湧かなかったのだ。
そして眼中に無いメンバーになど、どのように扱われようとも気にも留めない。
その他大勢に持ち上げられてまで、お姫様になりたいとは思わない。
退屈な道のりの果てに、心を奪ってくれる王子が1人、見つかればいい。
そんなタイプの人間に見えた。
そのことに気付いた私はと言えば、全く気分を害することもなく時が過ぎるのを待った。
ひょっとしたら彼女と同じかもしれない、冷めた心を強引なテンションで隠しながら。
こうしてYとの間に生じた亀裂の修復にも成功し、平和が戻ったかに思えた。
しかし運命の歯車は、大きな音を立てて我々を弄び始める。
同僚が、海を渡ったM県にある支店に異動となったのだ。
このように書くと良くないイメージに受け取れてしまうが、M県は同僚の故郷。
本人の長年の配属希望が叶ったというだけのことである。
空港の出発ロビーで彼を見送る、パーティーの参加メンバー達。
餞別と称して、巨大で死ぬほど部品点数の多い、Zガンダムのプラモデルを贈る私と先輩。
案の定、所持品検査で足止めを食う同僚。
プギャーする一同。
「休みになったら、みんなで遊びに行きますからね!」
お約束の口約束をするY。
当然ながら、この時の私には、これから起こる出来事を想像することさえ出来なかったのである。
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