「暗く怖い場所の追想」THEME-SONG
【
ここまでのあらすじ】
つい先日まで自分を嫌っていたYという女性と、何故かペアで機上の人となった私。
傍目には恋人同士のように映ったであろうことを否定出来ないが、私は全く気にしていなかった。
何故ならYの心は、これから向かう先に居る同僚のことで一杯。
私の心は、そんなとんでもない思い違いで満たされていたからだ。
Yに窓際の席を譲ると、備え付けのヘッドセットで音楽を聴きながら、機内誌に目を通す私。
飛行機が初めてというYの反応は予想どおり、自分が初めて窓際から機外を眺めた時と、瓜二つだった。
「あの時の自分の隣でも、空の旅“上級者”な年上の異性が微笑んでいたことだよなあ・・。」
自分を上級者に見立てて一人悦に入る、おめでたすぎる私。
Yにアピールしようなどという発想は皆無のくせに、そんな自分をクールだと勘違いして無責任な事を考えていた。
「好みの娘と同じ状況になってもテンション抑えて同じように振る舞えれば、あると思います!」
ひとしきり妄想に現を抜かすと、今度は夢の中へとダイヴ。
そう、気持ちよく寝てしまったのである。
どこを切っても最悪とは、このことだろう。
到着した同僚の家は、想像を超える歓迎ムードだった。
と言っても、歓迎されていたのは主にYの方である。
これは私の想像になるが。
おそらく同僚とその両親の間では、事前に次のような会話が交わされていたのではないだろうか。
同僚「今度、前の職場の友達2人が遊びに来るっちゃがー。」
両親「ハルバルこっただトコまで、御苦労なこって。どうせムサ苦しい、おっとご衆だんべ?」
同僚「なーんゆーとるっちゃね。レッキとした女も来るけぇ、粗相しとったらよいわんでぇ!」
両親「あんれまぁ!!したっけれ、2人は夫婦け?」
同僚「全然。てか、付き合ってすらねーじ。」
両親「・・・・(これは目出度い!酒じゃ!!宴の準備じゃあ~!!1)。」
同僚が同郷の人間と話す時に使う、M県の方言らしきものを再現しようとしたが上手く行かなかった。
とても反省している。
とにかく、その歓迎ぶりたるや、生半可なものでは無かった。
親戚だという男性は、後の県知事が盛大にPRすることになる地鶏を携えて登場。
「さっき締めてキタコレ!」
また再現に失敗したが、意味的には近いことを言って私を恐縮させた。
されど、とにかく私は脇役なのである。
その空気を到着時点から感じていた私は、自分を殺してYのサポートに移る。
同僚の母上が私とYの関係を気にしているように感じられたため、疑問の解消にも努めた。
母上「全くウチの子と来たら、落ち着く気が無くて困ってるんですよ。」
酸素「すみません。よく一緒に遊んでた、僕がそうだからかもしれません。」
母上「やっぱり酸素さんも、漫画とかお好きで?」
酸素「好きというか、ほぼ恋人です。漫画を見ると、仕事の疲れとか吹っ飛ぶので(キリッ」
一例として、こんな会話をしたことを憶えている。
なお、方言の再現は諦めた。
では、Yはどうだったろうか。
母上に気に入られたのだろうか、なにもそこまで、というレベルの社交辞令を浴びるY。
「松嶋菜々子に似たベッピンさんだから、モテるでしょう?」
言われてみれば雰囲気ゼロということもないが、何事にも程度というものがある。
そこまで似てたら私などではなく、反町隆史みたいな男と普段から空の旅三昧だろう。
Yが不在の場面では「もう誰でもいいから嫁に来て欲しいんですよ。」などとのたまう、母上のスーパーテクニックと呼んでしまえばそれまでだが。
私には、Yが有頂天になる姿が容易に想像出来た。
いや、Yをそこまで単純と思っているわけではない。
気は利く方なので、半分は社交辞令のお返しとして、盛り上がって見せるのではないかと思ったのだ。
しかし、私の予想は見事に外れることとなる。
そこで私が見たものは、盛り上がるどころか、妙に取り澄ました対応をするYの姿であった。
普段のYと言えば、お調子者で活発な属性を持つキャラクターなのだが。
今、私の前で同僚の母上と会話をするYは、むしろ逆。
お行儀よくちょこんと座り、おしとやかな人形のように振る舞う仕草は、どこか冷たさも感じさせた。
「んまっ!・・この娘ったら、お母様の前でなんたる態度?!」
まるで仲人のような感想を抱く私。
「大柄で体育会系のお前に、そーゆーの似合ってないし!!」
こんなことも思った。
そう。
鈍感な私も、この時ようやく感じ取ったのである。
Yの態度が母上に気に入られるためのものではなく、一定の距離を置くためのものだということを。
唐突に、そこまでのいくつかの場面が脳裏に甦った。
猛烈に嫌な予感がした。
宴が終わると、翌日の観光に備えて就寝である。
当然ながら、私とYの寝室は別に設けられていた。
「じゃあ、同僚とYの寝室が一緒?」
こんな質問が出るかもしれないが、常識的に考えれば分かることなので説明は省く。
何事もなく平和な朝が訪れた。
同僚が案内してくれるM県の観光名所は、いずれも素晴らしいものだった。
開き直ったようにツーショット写真を要求してくるYさえ居なければ、もっと晴れやかな気持ちで各場面をエンジョイ出来たと思う。
これはお世辞でも何でもなく、後日、再びY抜きで訪れたほどだ。
救いは、同僚の態度だった。
雰囲気を察知して落ち込んだりされたら、私は立つ瀬が無かったのだが。
序盤、Yの態度に想定外という表情をする場面はあったものの、基本的にケロっとしていた。
そう。
同僚もYに、特別な感情など無かったのだ。
同僚「Yと初めて会った時、なんか水陸両用っぽいなってオモタ。」
酸素「水陸両用ぉ??もしやガンダムハンマーとか受け止めて、何ともない感じ?!」
同僚「そうそう!・・でも、お嫁さんにするなら、ああいうコかな。」
ふいに、こんな同僚との会話が克明に思い出された。
ここまで聞いておきながら気付けなかった自分が、残念でならない。
出来るなら、時間を逆戻りさせたい。
そして、この時の同僚に言ってやりたい。
「ハイハイいい人いい人。」
翌日、私は熱を出して観光をキャンセルした。
効果の薄そうな演技などするターンではない。
計算でも何でもなく、高熱で立てなかった。
当時の私は、こうして年末年始に寝込むことが多かった。
張り詰めた気が緩む時期であることと、脂肪という備蓄が現在のようには多くない肉体だったことが理由だと思われる。
もはや母上も大きな期待はしていなかったようだが、同僚の家で一日を過ごす私に対し、2人きりで観光地を巡る同僚とY。
布団の中で「そんな目で俺を見ないでえええ!!」と思いながらYを見送ると、僅かな可能性に賭ける私。
好みかと言われると微妙だが、別にYを毛嫌いしていたわけではない。
もし宴の晩、Yと寝室が一緒だったら何も起こらなかったとは言い切れない。
それでも、Yと付き合っている自分、何かの間違いで別れた自分を想像すると、何故か憂鬱な気分になった。
Yの性格と社内恋愛というカテゴリが、私にとって非常に居心地の悪い化学反応を起こすような気がしてならなかった。
ノリだけで意気投合し、ひとたびテンションが下がれば自然消滅。
電話もメールも放置すれば済むこと。
お互いの家も知らない相手と何度か経験のある、こんな付き合いが心地よかったせいだろうか。
「まだ、暫くは自由でいたい。」
私の心は、こんな気持ちで支配されていたように思う。
そんな私を嘲笑うように、状況は何も変わらないまま帰還の時が来る。
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