「暗く怖い場所の追想」THEME-SONG
【
ここまでのあらすじ】
同僚とYの愛のキューピッドになるつもりだった私だったが、自分がYにロックオンされていることに気付いてしまう。
こうなれば、残された手段は出家のみである。
出家と言っても実際に僧となるわけではなく、精神的な意味合いのものである。
幸い、その時の私には世俗を離れる格好の動機があった。
その動機とは、初めて手を染め、のめり込みつつあったネットゲームである。
「俺、今は現実社会なんかに現(うつつ)を抜かしてる場合じゃないんだ・・。」
こんな妄言を抜かしつつ、いつ終わるとも知れない引きこもり生活へと突入した。
引きこもりと言っても会社を辞めはしなかったが、仕事と通勤の時間以外は、睡眠はおろか食事の時間さえ惜しんでヴァーチャル世界での生活に没頭したのだ。
初めて体験するオンラインのフィールドで他のプレイヤーと冒険を共にすることに比べれば、現世での出来事など、全てがちっぽけなものに感じられた。
このゲームに触れた者の多くがそうであったように、順調に廃人への階段を昇り始めた私。
しかし、ここで思わぬ伏兵が登場する。
「そうは問屋が卸さねえ。」と言わんばかりの勢いで私をリアルワールドに引きずり戻した男。
それこそが、先のパーティーで再会を果たした独身寮時代の後輩、Kである。
元々それほど交流があったわけではないのだが、何故か私に接触して来た。
「今度、T先輩の部屋で一杯やりませんか?」
同じく寮OBであるT先輩の名前を出され、私の中で絡まっていた糸が、少しだけ解けたような気がした。
私が寮を出てからも、T先輩とKは暫く寮に残っていた。
そこで私とは無関係に、2人の交流が深まったのではないだろうか。
一方、T先輩と私はKが入寮する以前から知った仲。
そう考えれば、Kが私を立てつつ3人で関係を深めようとしていてもおかしくはない。
こんな結論に達した私は、快くKの誘いに乗った。
当日、T先輩の部屋に到着すると、鍋を囲む3人の姿があった。
K、T先輩、そしてYである。
私の結論があっさりと否定された瞬間だったが、その時点ではそれ以上、何かを勘ぐることもなく輪に加わった。
それなりにプチパーティーが盛り上がった頃、Yがある提案をした。
「これから酸素さんの部屋に移動しましょう!」
私の部屋の常連みたいな言い方だが、ここまででYを自室に入れたことはない。
徒歩で5分程度の距離だから、行くのは簡単であるが。
同僚やT先輩の部屋に比べると、余り接客向きの部屋ではなかった。
2Kの間取りの内、居住スペースになっている部屋の真ん中には年季の入った万年床。
もう一方は、私が「夢とオモチャの領域(くに)」と呼んでいる部屋である。
プラモデルなどの二次元関連アイテムと、大物を含む車用のパーツ類が無造作に置かれているだけの空間だった。
興味の無い人間には物置にしか見えないだろう。
かと言って断るほどの理由も無かったため、反論することもなく自室へと向かった。
予想どおり、来訪者のルームウォッチングは早々に終了してしまった。
見るべきものに乏しいのだから無理もない。
解散でも良かった私だが、追い返すには少々早すぎるタイミングである。
手持ちぶさたな様子でたたずんでいるメンバーに、私はテレビゲームを勧めることにした。
2本しか持っていないソフトから私が選んだのは、同僚主催のパーティーでも稼働していたライトな
音楽ゲーム。
同僚の家で遊んでいる内に自分でも欲しくなってしまったもので、コアなゲーマー以外にも受けの良い作品だった。
このゲームには、他にも話題性があった。
ある新入社員が、主人公と瓜二つだったのだ。
そのため、両方を知る者が面白がるのもお約束となっていたが。
3人ともこのゲームの経験者だったこともあり、パーティーの時ほどは盛り上がらなかった。
更に、私は不穏な事実に気付いてしまう。
表面上は変わらないYの表情だったが、新人の話題が出る度に、その目に不機嫌な光が宿っていたのだ。
そうなると、残るのは私がハマっている真っ最中の
ネットゲームしかない。
だが、私は勧めるのを躊躇した。
ネットを介して大勢で遊ぶのには向いていたが、画面の前に雁首揃えて遊ぶ類のゲームではなかったことが一つ。
それに、出来ることなら私の使っているキャラクターを3人に見せたくなかった。
丁度その頃、最初に使っていた男性型に飽き、女性型のキャラクターを使い始めていたからだ。
ネカマという認識はなかったが、ゲーム内では女性風の振る舞いや言葉遣いも始めていた。
こんなことが堅い人間の多い職場に知れたら、普段の私が頑張って被っている猫達が絶滅してしまう。
私の口から、こんな台詞が飛び出したのも無理はないと言える。
「だ、誰か、一からキャラクターを作って遊んでみなよ^^^;;;;」
満場一致でYが選ばれ、自称「自らを模したキャラクター」でプレイを開始する。
そのゲームには、顔、体型や髪型、肌や髪の色に至るまで、細かく設定して自分の分身を作れる、という特徴があったのだ。
本名のままヴァーチャル世界の惑星に降り立つY。
早速、他のプレイヤーと合流しての冒険が開始される。
その中に1人、プレイそのものより周囲を笑わせることに情熱を燃やすタイプのプレイヤーがいた。
機転の利くYとの間で始まる、軽妙なチャット。
この2人のやりとりには、画面の前で観戦するT先輩とKも爆笑の連続である。
私に至っては、更に恋にも似た想いを募らせていた。
Yではなく、こんな魅力的なプレイヤーと出会える、素晴らしいネットゲームに。
プレイを切り上げて終了する間際、アクシデントが起こる。
私のキャラクターが、3人の目に留まってしまったのだ。
幸い、恐れていた類の突っ込みは入らなかったが。
安堵で胸を撫で下ろした私の視界に、満足気な笑みを浮かべるYの姿が映った。
ふと理由に思い当たり、先ほどまでとは異なる不安に駆られる私。
そのキャラクターは、黒ずくめのメイド風ファッションに身を包んだ女性型アンドロイドだったが。
ゲーム内で見かける女性キャラクターの多くが、極めて容姿端麗に作られていることに気付いていた私は、メイキングの際にちょっとしたアンチテーゼを盛り込んだのである。
身長は、どんな男性キャラクターにも引けを取らない長身に設定。
データ上の最大値である。
こうなれば横幅もMAXまで、と行きたいところだったが、プレイ中はずっと彼女を眺めることになる。
さすがに、ビヤ樽まがいの体型になるMAX数値には出来なかった。
大胆な肉付きを実現しつつも、キャラクターへの愛着を維持出来るギリギリの線で寸止め。
名前は、機動戦士ガンダムというアニメに出てくる敵ロボットに似せた。
具体的には、「
ドム」という機体にである。
あとはチャットで「ジオンの黒いスカート付きでえーっす☆」などとほざくだけ。
ゲーム内のガンダムファンからは、大抵の場面で大歓迎を受けることとなる。
そして完全なる偶然なのだが。
所詮はゲームのキャラクターなだけに、現実では考えにくいほどバストが大きかったり足が長かったりもするのだが。
そのキャラクターは、Yが自分を模して作ったキャラクターよりも、Yに似ていた。
私は恐ろしかった。
Yに気があるのに、奥手なせいで攻め手を欠いている男。
Yの目に、自分がそんな風に映っているのが手にとるように分かったからだ。
それにしても、偶然にしては出来すぎである。
私とYの間には、何か運命的なものが作用しているのだろうか。
だとするならば。
この後に私がとった行動は、どれも星の導きに背いたものだったと言えるかもしれない。
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